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2015年8月31日

特集1 やめよう、再稼働 薩摩川内市ルポ

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夕暮れ迫る薩摩川内市の中心街。両脇のアーケード下には貸店舗が多い

 九州電力川内原発一号機が八月中旬にも再稼働する予定です。政府は川内を皮切りに、再び全国の原発を動かそうとしています。福島第一原発事故からわずか四年で惨事を忘れ、震災前の日本に戻るのか。川内原発のある鹿児島県北西部の薩摩川内市を訪ねました。
(文・新井健治記者/写真・野田雅也)

 取材に訪れた金曜日の夜、川内駅前の中心街は閑散としていました。3号線沿いに立派なアーケードが続くものの、シャッターが閉じたままの店や貸店舗の看板ばかり。ところどころ目立つスナックのネオンが、侘びしさを感じさせます。
 薩摩川内市は、二〇〇四年に川内市と四町四村が合併してできました。一時は市域で一一万人近くいた人口も現在は約九万七〇〇〇人。高齢化と過疎化がすすみます。
 「原発ゼロをめざす鹿児島県民の会」筆頭代表で、同市在住の井上森雄さん(八〇)は「地元の商工会は『原発が再稼働すれば、店のシャッターも上がる』というが、神話にすぎない。郊外に大型店が進出したことと後継者不足が原因です」と指摘します。
 同市にはマリンスポーツで有名な甑島列島があります。再稼働に反対する井上勝博市議(共産)は「観光で自立した町づくりをすすめたいが、原発に依存しているため、市は本気になってとりくまない」と指摘。市は九電の交付金で道路や公民館、図書館などを建設。電力会社の地元懐柔策にはまり、原発抜きの街づくりの発想に乏しいのが現状です。

市民の過半数が反対

 薩摩川内市は市長をはじめ、市議二六人のうち二二人が原発推進派(共産、社民、無所属を除く)ですが、住民は違います。
 「何より子どもの命が大事。このまま再稼働をすすめたら、未来の人から“なんて身勝手な”と言われる」と怒るのは、四人の子どもがいる市内の主婦、外園聡美さん(四五)。市民団体「さよなら原発いのちの会」の会員です。
 同会は二〇一二年に、脱原発をめざす「金曜行動」を始めました。最初は九電前で、昨年からは川内駅前で毎週、続けています。三周年の七月一七日には、四〇人が集まりました。
 同会が昨年実施したアンケートでは、市民の八割が再稼働に反対。各種マスコミの調査でも反対が過半数です。しかし、九電を筆頭に原発関連企業の従業員が多い“原発城下町”では、うかつに発言できません。親族が原発反対を表明しただけで、会社を解雇された人もいました。
 親の介護で三年前に秋田県から越してきた武藤智子さん(五五)は「この街に来た時に感じたのは、原発の話は“タブー”だということ。触れないようにしているため、正確な情報もわからない。私は秋田にいたので、東日本大震災に関心がありましたが、いまだ一〇万人以上が避難している福島の状況を知らない人が多いみたいです」と言います。

「海が死ぬ」

 川内原発は一号機が一九八四年、二号機が翌年に稼働しました。「川内原発建設反対連絡協議会」は、一号機計画段階の一九七三年から運動しています。鳥原良子会長(六六)は「福島の問題が終わっていないのに、なぜ再稼働か。きちんとした避難計画も決まっていない。もし事故が起きたら、私たちは福島と同じように見捨てられる」と言います。
 市議会が原発誘致を決めた時、真っ先に反対したのが近隣の漁協でした。原発から約八キロの光瀬港の漁師は、「再稼働すれば、また海が死ぬ」と言います。
 川内原発は福島の事故を受け二〇一一年に停止、原子炉を冷却する温排水の流出も止まっています。一五歳から五〇年以上も船に乗る漁師は「原発が止まってから四年で海藻類が戻りつつあり、魚も寄って来るようになった」と言います。
 九電はホームページで、フジツボが原子炉の冷却管へ付着しないよう、取水した海水に塩素を注入していると説明しています。再稼働すれば、再び塩素が混ざった常温より七℃前後も高い温排水が排出され、生態系を壊します。
 原発が稼働する前は、山ほど採れたワカメやヒジキは壊滅状態になりました。「海は敏感だからな。月日貝やアサヒ蟹も揚がらなくなった。ここら辺の仲間はみな、原発には反対だよ」と言います。

海岸に建つテント

 昨年九月、原発から七〇〇メートルの久見崎海岸に、原発を監視し再稼働阻止の拠点となるテントが建ちました。全国から運動をささえる人たちが、周囲にテント持参で訪れ、一〇以上のカラフルな屋根が並びます。原発周辺施設を設計する大手エンジニアリング会社に勤めていた小川正治さん(七〇)は、交代を挟みながらここに一〇カ月もいます。
 自給自足のテント。灯りは太陽光発電で、米や食材の差し入れも多く、風呂は温泉です。長く通えば、地元住民とも顔見知りに。「実は反対だよ」「事故は起きない、と自分に言い聞かせている」と複雑な胸の内を明かします。
 小川さんは諭すように語ります。「技術の基本は『ものは壊れるし、人は間違える』ということ。極めて単純なことだよ。いったん事故が起きたら、取り返しがつかないことになるのが原発。たとえ地震や津波がなくても、動かしてはいけない」。

火山に囲まれた原発

13_01 今年五月に噴火した口永良部島をはじめ、南九州は桜島、霧島など活火山が多く、火山の巣とも言える危険地帯。火山の大爆発でできた大きな窪地をカルデラといいますが、川内原発の半径一六〇キロメートル以内には、桜島の姶良カルデラなど五つのカルデラがあります()。
 川内原発からわずか二キロの民家の横に、むき出しになった赤土の地層がありました。原発周辺の地層を調べている元民医連職員の辻重義さん(七一)は、赤土から小さな白い石を取り出し、「ほら、これが噴火でできた軽石です」と説明します。赤土は姶良カルデラから押し寄せた「入戸火砕流」の堆積物。火砕流は原発の敷地内まで及んだと考えられています。
 原発近くの地層や地形には、火山が活発に活動していたことを示す証拠がいくつもあります。原発から六キロメートルの犬辻鼻(岬)には、縦に大きな亀裂があり、むき出しの断層を目の当たりにできます。
 原発から一二キロメートルのいちき串木野市羽島では、道端にマグマが吹き出す際に押し出される「熱性粘土」がありました。触ってみると、柔らかい。辻さんは「それだけ新しいということ。こんな土地に原発を造ったこと自体が間違い。ましてや再稼働なんて、絶対に認められません」と言います。

いつでも元気 2015.09 No.287

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