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2016年5月31日

けんこう教室 口から全身の健康づくり 健康寿命を伸ばすために 8020(80歳で20本の歯)を目指しましょう 歯を失った場合はしっかり治療を

西田 徹 北海道 札幌にしく歯科診療所 所長 (歯科医師)

西田 徹
北海道 札幌にしく歯科診療所 所長
(歯科医師)

 日本は、平均寿命が男性80・21歳、女性86・61歳の長寿社会となりました。しかし、健康寿命は男性71・19歳、女性74・21歳となっており、約10年間は日常生活に何らかの障害が生じ、要介護認定を受ける人や認知症と診断される人は増加しています。「病気を治す」だけでなく、「いつまでも健康でありたい」という願いに応えることが、超高齢社会における歯科の新たな役割だと考えます(表1)。
 一般的に、口のなかのことは全身から切り離してとらえる傾向にあります。しかし口の中は「命の入り口、心の出口」と言われるように、体をつくる食べ物の入り口、気持ちを表す言葉の出口、人間らしさを最も表すところです。体の一部である口は、全身に影響を及ぼします。
 健康寿命を伸ばすために「口から全身の健康づくり」という新しい発想で、いっしょに考えてみましょう。

 

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口と全身との関係

 口の状況が全身に与える影響は、さまざまな調査で明らかになっています。
 全国11か所の特別養護老人ホーム入居者366人を対象とした調査では、週に1度、歯科で専門的な口の管理をおこない、介護者による毎食後の歯磨きを実施したところ、誤えん性肺炎(食べ物を飲み込んだときに、食道ではなく気管に入ってしまうことで起こる肺炎)の発症が6割以下に減少しました(※1)。
 また、65歳以上の1763人を対象にした調査では、歯が19本以下で義歯を使用していない人は、20本以上歯がある人と比べて転倒の危険が高かったのですが、義歯を入れることで転倒のリスクが半分になる可能性が示されました。
 認知症ではない方の追跡調査(65歳以上の4425人を対象)によると「歯がほとんど無く義歯も使用していない人は歯が20本以上ある人の1・9倍も認知症を発症しやすいが、義歯(入れ歯)を使用することで認知症の発症を4割ほど抑制できる可能性がある」と示されています(※2、表2)。
 噛む力についての調査では、噛む力が低下することで栄養摂取(ビタミン、食物繊維、たんぱく質)に影響を及ぼし、運動能力の低下や転倒の要因となると報告されています(『老年歯学』第30巻 池邉一典氏「口腔機能が高齢期の健康に与えるインパクト」より)。
 さらに、トヨタ自動車の部品メーカーを中心として設立されたトヨタ関係部品健保組合が、愛知県の豊田加茂歯科医師会との共同で調査した結果では、「歯科の定期健診を受けている人は全身の生活習慣病のリスクが下がり、定期健診を受けていない人と比べて生涯医療費が歯科の費用を含めても安くなる」と結論づけています(「中日新聞」2011年3月28日付より)。

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「口から食べる」ことの意義

 口の機能の一つに「食べる」ことがあります。全身状態によっては鼻や胃、静脈などから栄養を送り込む方法が選択されることがありますが、口から食べるメリットは次のようなことが挙げられます。
 第一に脳の活性化です。口から食べることで味の情報が脳に伝わり、「おいしい」「うれしい」など満足感を呼び起こします。「食べる喜び」は「生きる喜び」につながります。
 第二に神経系の活性化です。「食べ物を目で認識し、匂いをかぎ、手で口に運び、噛んで、味を感じ、飲み込む」という行為は、脳からの情報伝達・指令系を刺激します。
 第三に、口の周囲の筋肉の活性化です。口・舌・頭を一週間動かさないでいると、顎や頭・舌などの筋力が15~20%も低下し、飲み込む力が失われると言われています。
 第四に口を清潔に保ちます。噛まないと唾液の量が減り、口の中の自浄作用が低下して細菌の量が増え、虫歯や歯周病になりやすくなります。さらに、肺炎の原因にもなります。
 また、腸の粘膜には病原体の侵入を防止する働きがあり、腸から栄養を吸収することによって、腸の免疫機能が刺激されます。ですから、口から食事がとれない状態になり、点滴だけの状態が長く続くと、腸の粘膜が萎縮して免疫機能が低下すると言われています。
 このような状態になったときは、できるだけ早く口から食事を摂るリハビリを開始することが望ましいでしょう。しかし、飲み込む力が弱く誤えんの可能性が高い場合や、消化管が正常に機能しない場合には、食べさせることは危険です。全身状況を考慮しながら慎重にすすめることが大切です。

介護予防のために

 虫歯や歯周病が重症化して歯を失うと、口の機能が低下して滑舌が悪くなる、食べこぼし、わずかな量でもむせる、噛めない食品が増える、などが生じ、食欲の低下や食事の内容の偏りにつながります。さらに噛む力や舌の動き、食べる量が低下すると低栄養状態となり、筋肉量の低下による身体能力の低下が起こり、身体の衰えにつながることが懸念されます。
 介護予防のため、虫歯や歯周病、歯の欠損がある場合はしっかり治療し、口の中を健康な状態に保つだけではなく、些細なお口の機能の低下を軽視しないことが大切です。

歯を失った時の治療法

 歯を失った場合の治療法はブリッジ、部分入れ歯、インプラント、移植などがあり、それぞれに、噛む力の強さや手入れの方法、周囲の歯への影響や保険適用の有無など、利点・欠点があります(下イラスト参照)。
 ご自身にとってどの治療がふさわしいか、医師とよく相談することが大切です。
 また、どの方法も、半永久的に使用できるものではありません。ご自身の日頃の手入れと、歯科医院で定期的にメンテナンスを受けることが、歯を長持ちさせる秘訣です。

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「保険でよい歯科医療」の運動を

 違和感が少なく、しっかり噛める機能が備わっていて、見た目にも良いものを求めるためには、保険外の治療を選ばなければならないことがあります。これでは、経済的な理由が治療法の選択に大きな影響を及ぼして、「お金がないと必要な治療が受けられない」という事態を生み出すことになります。
 2016年度診療報酬改定では、地域のみなさんと粘り強くおこなってきた「保険でよい歯科医療」を求める署名運動の成果もあって、金属アレルギー患者の奥歯に金属を用いない差し歯が保険適用になりました。また、下顎の総入れ歯にも、痛みをやわらげるよう柔らかい材料が使えるようになりました。「いつでも、どこでも、誰もが安心して歯科医療を受けることができる保険制度」の実現に向けて、引き続き国に制度の改正を求めていくことが大切です。

歯科医院で「健康づくり」を

 今、全国にある歯科医院は約6万8000カ所です。この数をコンビニエンスストア(約5万店)と比較し、ことさら歯科医院が多すぎると強調する報道を見かけますが、病院や介護福祉施設で働く歯科専門職が急速に増えていることを考えると、超高齢社会や地域包括ケア時代において、歯科の役割はどんどん広がるでしょう。
 「食べる」ことは、健康な生活の基本です。「毎日おいしく食べられる」ことは、人にとって一番の幸せだと思います。そのために、お口の健康づくりにとりくみましょう。そして、歯科医院に対して「治す」だけでなく「健康づくりの場」という新しい認識を持っていただき、ぜひ活用していただければと思います。

※1Yoneyama T,Yoshida Y,Matsui T,Sasaki H:Lancet354(9177),515,1999.
※2Yamamoto et al.,Psychosomatic Medicine,2012

いつでも元気 2016.6 No.296

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