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2016年5月31日

特集 決めるのは私たち 野党こそ“景気回復”を 立命館大学教授 松尾 匡さん

 立命館大学教授の松尾 匡さんは、経済学者の視点から「安倍政権の野望を阻止するために、野党こそ景気回復策を掲げるべき」と語ります。松尾さんに今回の参院選の争点について聞きました。 聞き手・新井健治(編集部)

松尾さん。JR京都駅で

松尾さん。JR京都駅で

 「アベノミクス」というと、皆さんは何を思い浮かべますか。「大企業や富裕層のための政策」「格差と貧困を広げた」─。それだけでしょうか。私はアベノミクスは評価はしませんが、第1の矢(大胆な金融緩和)と第2の矢(切れ目ない財政出動)は否定的な観点だけで捉えることはできません。
 「大胆な金融緩和」とは、簡単に言えば日本銀行がお金をじゃんじゃん作ること。「切れ目ない財政出動」とは、そのお金を使って政府が事業をすすめることです。苦労して税金を集めるのではなく、無からお金を作って使う。まるで“打ち出の小槌”です。
 金融緩和をして財政出動をすることは、決して間違いではありません。問題はお金の使い道。安倍政権はせいぜい大企業や富裕層の支援と軍事費に使いました。私が言いたいのは、「金融緩和による緩和マネーをもっと大胆に医療や介護など社会保障に使おう」ということです。
 これまで「国は借金まみれだから、限られた税収をどこに使うべきか」という思考に陥りがちでした。「社会保障の財源をねん出するには、軍事費を削り大企業には応分の負担で」という議論になります。この方向性はその通りですが、緩和マネーを使えば今すぐ社会保障を充実できる。そのことを野党は今回の参院選で主張すべきです。

アベノミクスで改憲へ

 安倍政権はアベノミクスで一定程度、景気を回復して政権を維持してきました。戦争法や辺野古新基地、原発など、個別の政策では反対世論が多いのに、なぜ、支持率は40%を割らないのでしょうか? その大きな要因は経済政策です。
 安倍さんは本気で戦後民主主義に替わる新しい支配体制を作り、歴史に名を残そうとしている。憲法改正という野望を実現するには、選挙に勝たなければならない。アベノミクスは選挙で勝つための手段にすぎません。
 今は中国発の世界不況の影響で、日本の株価も落ち込んでいます。安倍さんは7月の参院選に向けて大型の財政支出をおこない、景気回復を図るでしょう。一時的にしろ景気が持ち直せば、アベノミクスの成果として国民に喧伝し、一気に3分の2以上の議席を確保するつもりです。
 そんな時に、戦争法反対の政策だけをアピールしても有権者の心には響きません。戦争法はもちろん反対です。でも、世論調査を見て下さい。ここ数年、有権者の選挙の関心事の2トップは「景気」と「福祉」。今度の参院選では、この2点も同時に訴えるべきだと思います。

緩和マネーを社会保障に

 少子高齢化の時代に大型公共事業をすすめても、中小企業や地方を含めた景気回復はできません。
 内需を回復するカギは社会保障です。医療や介護、教育、子育てなどにお金を使えば、この分野で雇用が増えます。介護や医療関連用品など波及的に雇用が増え、内需が拡大し本当の景気回復を実現できます。有権者の二大関心事「景気」と「福祉」の両方を解決できます。
 野党は胸を張って「日銀の緩和マネーを福祉・医療・教育・子育ての支援にどんどんつぎこみます」と強調すればいいのです。

国の借金は心配ない

 政府が発行した国債(国の借金)を、日銀が買い取ることで緩和マネーが作られます。それを政府が使い必要なところに回すわけです。
 「ただでさえ1000兆円も借金があるのに、これ以上、国債を発行したらギリシャみたいになるのでは」と、不安に思う方も多いでしょう。しかし、経済の専門家として「大丈夫です」と断言できます。
 そもそも外国から借りていないので、借金はそのまま国内資産です。さらに国債の3割は日銀が持っており、期限がきたら借り換えをしています。これを延々と繰り返し、結果的に返さなければいいのです。おおざっぱに言えば、この世にないのと同じことです。
 借金にも限度はあります。期限は金額の多寡ではなく社会状況で決まります。雇用が増えて少子化がさらに進み、労働力人口が足りなくなった時にはインフレになります。その時にはインフレを抑えるために、日銀は国債を売ります。売った分はじきに返さなくてはいけませんが、あくまで日銀の国債の一部です。

背後に優秀なブレーン

 では、なぜ安倍さんは医療や福祉に緩和マネーを使わず、むしろ社会保障費を削減しているのでしょうか? 今の自民党政権は基本的に新自由主義政策です。大企業や富裕層からできるだけ税金を徴収せず、税金が少ないぶん、福祉なども縮小する。これが「小さな政府」の緊縮路線です。
 医療や福祉の制度は、いったん構築すると容易に縮小できません。少子高齢化がすすみ、税金を多く徴収しなければならなくなった時に、大企業や富裕層の反発を招かないよう、システム自体を今から縮小しているのです。
 安倍さんは選挙に勝つために、あえて新自由主義政策を曲げて、異次元の金融緩和に踏み切った。バックに優秀なブレーンがついているのは間違いありません。

躍進した海外の左派勢力

 左派やリベラル政党は、緩和マネーを使った財政出動に抵抗感が強いようです。田中角栄元首相の列島改造論に始まり、大型公共事業に税金を使ってきたのが今までの自民党でした。左派政党はそれに対抗してきたから、そもそも財政出動をすることに“バラマキ”のマイナスイメージが強いようです。
 では、海外を見てみましょう。イギリス労働党の党首選で圧勝したジェレミー・コービンや、EUの共産党などが集まった欧州左翼党、スペインで大躍進したポデモス。いずれも掲げているのは緩和マネーを福祉や教育、雇用に使う政策です。
 本来、左派政党というものは何を掲げるべきか。それは「大きな政府」ではないでしょうか。自民党は小泉政権以降、小さな政府を推進しました。民主党の「事業仕分け」も、同様に緊縮路線だったのです。

有権者の心をつかむために

 私の予想では、安倍さんは5月下旬の伊勢志摩サミットで、例えば給付金のような即効性のある景気回復策を表明するはずです。さらに、消費税増税の先送りも打ち出すでしょう。そのための布石は打ちました。
 安倍さんは3月、ノーベル経済学賞を受賞した海外の学者と懇談しました。この席上で、経済学者は消費増税の延期や積極的な財政出動を提案しています。なぜ、この時期にこんな懇談をやったのでしょうか。
 アベノミクスも増税延期もすべては選挙で勝つためです。何度も言いますが、敵は本気です。有権者の心をつかむために、宣伝方法も練りに練ってくるでしょう。
 正しいことは自然に伝わるわけではありません。選挙に勝つには、国民が最も関心を持つ政策を、その心に届く方法で打ち出すべきです。


松尾匡(まつお・ただす)
1964年、石川県生まれ。金沢大学経済学部卒。専門は理論経済学。
 今回の話は著書『この経済政策が民主主義を救う』(大月書店)に詳しい。他に『自由のジレンマを解く~グローバル時代に守るべき価値とは何か』(PHP新書)など。

いつでも元気 2016.6 No.296

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