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2016年7月30日

特集|71年目の命題 321人の少年 最期の言葉 映画 いしぶみ 是枝裕和監督インタビュー

 71年前の8月6日、原爆で広島第二中学校の1年生321人が全滅した。『そして父になる』などで知られる是枝裕和監督の最新作『いしぶみ』は、少年たちの最期の言葉を綾瀬はるかが朗読。「戦争にかかわる映画を撮ったのは初めて」と話す監督の思いとは─。

聞き手・新井健治(編集部)

 「昭和20年8月6日の日の出は、午前5時24分、朝から暑い夏の日でした」─。綾瀬はるかの静かな、よく通る声が舞台に響く。
 あの日、いつもと変わらない朝。「中川雅司君は、いつまでもぐずぐずしていて出かけようとしませんでした。心配したお母さんに急かされ、ようやく家を出たのですが、すぐに引き返してきて、水道の水をおいしそうに飲むと飛んで出ました。これがお母さんが生きている中川君を見た最後でした」。
 12~13歳の少年たちは、建物解体作業に駆り出され、原爆投下地点から500mの本川土手で被爆。3分の1は即死し、3分の2の生徒も数日中に亡くなった。映画は遺族から寄せられた手記を元に、中学1年生の最期の様子を綴る。

戦前が始まっている

 「全身が焼けていました。お母さんが来たのよ。わかる…ウン。家に帰ろうよ…ウン、と口の中で返事をしました。翌朝、口の中でかすかに『海ゆかば、水づくかばね…』とつぶやきながら、12歳の生命は散りました」。
 悲惨な場面でも、よどみない言葉で朗読がすすむ。是枝監督は、広島出身の綾瀬はるかにあえて冷静に読むように演技指導をした。
 「かわいそうだね、悲しいね、ではなく、観客には少年たち一人ひとりの最期の様子を具体的にイメージしてもらいたかった」。
 綾瀬はるかの服装は教師をイメージし手には出席簿が。「教師は被害者であるとともに、戦争に子どもたちを動員した加害者でもあった。戦争を知らない僕なりの戦争体験の伝え方です」と是枝監督。戦争体験を語り継ぐ視座が、被害体験に偏っていることに違和感を持ってきた。
 映画を製作したのは、地元の広島テレビ。被爆者が高齢化し戦争体験の伝承に悩むテレビ局の関係者に、監督は「71年前の出来事ではなく、もう戦前が始まっている、と認識を変えた方がいいかもしれない」と話したという。

本川に建つ慰霊碑

 『いしぶみ』の題名は、慰霊碑から。戦後、本川の土手には321人の名前を刻んだ碑が建てられた。
 中学生の中には、酷いやけどと放射線障害に苦しみながら、「お母さんに会いたい」との一心で土手から数十kmも離れた自宅にたどり着く生徒もいた。ただ、生きているうちに肉親と会うことができたのは少数で、半数近くは遺体も見つかっていない。
 こんな言葉もある。9日の明け方、母親に看取られて亡くなった山下明治君。「死期が迫り、私も思わず『お母ちゃんも一緒に行くからね』と申しましたら、『後からでいいよ』と申しました。その時は無我夢中でしたが、後から考えますと、なんとまあ意味の深い言葉でしょうか」。

想像力を信頼する

 主演の柳楽優弥がカンヌ映画祭で最優秀男優賞を受賞した『誰も知らない』や、日本アカデミー賞に輝いた『海街diary』、公開中の『海よりもまだ深く』などで知られる是枝監督。
 作品に共通しているのは、あえて主人公の行く末を示さず、観客の想像に任せている点だ。この「観客の想像力を全面的に信頼する」姿勢が、本作では顕著に示される。
 『いしぶみ』には悲惨な場面の再現映像など刺激的なシーンはない。あるのは朗読と、ジャーナリストの池上彰氏による遺族らへのインタビューだけ。だからこそ、観客は少年たちの様子を冷静に思い浮かべることができる。
 広島の原爆では、1945年のうちに約14万人が亡くなった。「数ではなく、一人ひとりを、顔のある名前をもった個人として立ち上げたかった」。

個が立ち上がる

 数々のヒット作で知られる是枝監督だが、BPO(放送倫理・番組向上機構)委員として、高市総務大臣の「電波停止発言」など政府の姿勢に大きな危機感を持っている。
 「今の安倍政権の放送に対するスタンスは根本的に間違っている。ただ、批判だけをしていても仕方ない。国民一人ひとりが歴史に関する正しい知識と他者に対する想像力を持たなければ、歴史修正主義の流れを押しとどめることはできない」と指摘。
 作風と共通するのは「個が立ち上がる」ということ。そして「当たり前の日常の大切さ」。

永遠に失われた明日

 映画のラストは相撲をとったり、じゃれあう子どもたちの記録映像で終わる。最後に子どもたちの“笑顔”を見せるのは、児童虐待という深刻なテーマを題材にした『誰も知らない』と同じだ。
 「観客には焼けただれた遺体ではなく、永遠に失われた笑顔を記憶してほしかった」と監督。いつもと変わらない明日があるということ。見終わったあと、私たちはきっと何かに気づくはずだ。


映画『いしぶみ』

2016年 85分 ishibumi.jp
製作・配給 広島テレビ
配給協力  東風+gnome
 7月16日より東京・ポレポレ東中野ほか、全国順次公開

いつでも元気 2016.8 No.298

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