いつでも元気

2016年9月30日

けんこう教室 「お腹が痛いのですが」 原 和人 石川・城北病院 総合診療科

ひょっとしたら怖い病気では?

原 和人 石川・城北病院 総合診療科

原 和人 石川・城北病院 総合診療科

 以前、「本当は怖い家庭の医学」というテレビ番組がありました。今でもネットでその内容を見ることができます。
 「ただの腹痛」だと思っていたら「腸間膜動脈血栓症」という、腸に酸素と栄養を送る血管が詰まってしまう「怖い病気」だったり、「軽い腹痛だろう」と思って放置していたら「膵臓がん」で半年後に亡くなったり。
 でも、「腸間膜動脈血栓症」という病気は、そんなによくある病気ではありません。また、膵臓がんも近年増加傾向ですが、最近の統計で死亡数が多い順をみれば、肺がん、大腸がん、胃がんについで4番目です。
 誰でも、「ただの腹痛」や「軽い腹痛」は、日常よく経験します。こういう番組を見ると、「ひょっとしたら自分も怖い病気ではないか」と心配して、病院に来られる患者さんをよく診察します。
 突然、急激な腹痛がおこり、急性の経過をたどる「急性腹症」という病気があります。これは緊急に手術をしなければ命に関わるような病気も含んでおり、早期に診断、治療が必要な腹痛です。急激な腹痛の場合は、誰も「ただの腹痛」とは思わないでしょうし、すぐに病院を受診すると思いますので、今回は急性腹症の話ではなく、「ただの腹痛」の話を中心に考えてみましょう。

さまざまな腹痛

 腹痛と一言で言っても、様々な腹痛があります。どういう痛みなのかを知ることは、その原因を考える上でとっても重要なことです。
 まず、いつ頃から痛いのか。急に痛くなったのか、以前から痛いのか、以前から痛かったけれどその痛みが強くなってきたのか、などです。
 次に、痛みの症状です。「ずーっと痛い」(持続的な痛み)のか、あるいは「強くなったり弱くなったり、痛みが止まることを繰り返す痛み」(間欠的な痛み)なのか。さらに、痛みの強さも大事です。「仕事をしている時は痛みを忘れてしまう」というのは、それほど強い痛みではなく、「痛みで目が覚めてしまう」「痛みで眠れない」という痛みは、かなり強い痛みです。
 どういう時に痛いのか、ということも大切です。
 急性虫垂炎を疑った時には、患者さんにジャンプしてもらいます。着地した時に右下腹部に痛みが響けば、虫垂炎の可能性が高くなります。空腹時に痛くなり、食事を食べると痛みが軽減するのは胃潰瘍などに多い症状です。
 一方、食事をすると痛くなるのは、腸や胆のうなどの病気を考えます。そして、トイレで排泄すると痛みが楽になるという場合は、腸管の蠕動(内容物を通すときに起こる収縮運動)に伴う痛みの可能性が高くなります。
 痛みの場所も重要です。よくお腹が痛いという患者さんが「胃が痛いのですが」と訴えられたり、痛い場所を指して「この場所には何があるのですか」と聞かれることがあります。しかし、みぞおちはお腹の痛みが集まるところで、必ずしも痛い所に原因があるとは限りません。

腹痛以外の症状

 腹痛に伴う症状も大切です。以前から腹痛があるという患者さんが、最近痩せてきたという場合には「何かあるかな」と考えます。一方で、腹痛はあるが食事は食べられるし体重が増加しているという場合には「余り心配がないかな」と思います。
 熱を伴っている腹痛の場合は、お腹の中に炎症があるかもしれないと考えますし、下痢やおう吐を伴っている場合には、急性腸炎などをまず考えます。便秘も重要な症状です。 吐血や下血、また尿に血が混じる場合には、可能性が高い病気を絞ることができます。女性の場合には、生理や妊娠の状況も大切な情報です。

イラスト

腹痛の種類

 腹痛には大きく分けて「内臓痛」と「体性痛」という2つの痛みがあります。
内臓痛 胃・腸・尿管などの「管」になっている臓器の蠕動で起こる痛みです。この痛みは、内臓神経(自律神経)を介して痛みが伝えられるため、痛みの部位がはっきりしないことが多いのが特徴です。キューッと差し込んでくる痛みが多く、吐き気や冷汗などの症状を伴うこともあります。
体性痛 内臓をとりまく腹膜や腸間膜、横隔膜などに分布している知覚神経が刺激されて起こる痛みで、痛みの場所がはっきりとした鋭い痛みです。身体を動かした時などに痛みが強くなることが多く、急性腹症として手術になることも多い痛みです。
 痛みが、内臓痛から体性痛に変化することもあります。昔、外科の教科書に「どこから痛みが始まったか」「今どこが痛いか」の2つの単純な質問によって、虫垂炎の80%が診断できると記載してありました。虫垂炎の場合、最初は虫垂が炎症によって腫れて内圧が高まり、内臓痛としてみぞおちに漠然とした痛みを感じます。虫垂自体の炎症が進行するとともに、虫垂が存在する右下腹部の痛みが強くなります。

筋性防御

 虫垂炎や胆嚢炎など、炎症が強くなり、お腹が固くなる状態のことです。お腹を触られると痛いので、筋肉を収縮させて痛みを和らげようとする防御反応として起こります。
 この筋性防御があると外科的手術が必要なことが多く、大切な所見です。また、胃や腸が破れて(穿孔)、お腹の中に膿が広がって腹膜炎の状態になると、板状硬といってお腹が板のように固くなります。この場合には足を伸ばして横になれず、膝を立ててお腹の緊張をとるような姿勢になります。

受診時の注意

 腹痛で受診をする時は、可能な限り食事をしないで受診しましょう。腹痛の経過や診察である程度の判断が可能な場合もありますが、やはり検査が必要です。検査は尿検査、血液検査、超音波検査、レントゲン検査、内視鏡検査などがあります。食事を摂っていると検査ができなかったり、正しい診断ができない場合があります。
 水分の摂取は問題ありません。しかし、牛乳は胃酸で固まってしまうため内視鏡で十分な観察ができません。コーヒーに入れるミルクもよくありません。
 また、できる限りおしっこを我慢して受診してください。おしっこを検査することもありますし、下腹部の超音波の検査の場合は、膀胱を通して子宮や卵巣の状態を診察することもあります。
 腹痛の診察の場合は、お腹の所見がとても大事です。そのために、ベッドに横になっていただいてお腹の診察をします。お腹を見る(視診)、お腹を触る(触診)、お腹をたたく(打診)、お腹の音を聞く(聴診)などで状態を評価します。受診をする際には、診察しやすい服装を心がけてください。お腹にしっかりとガードルをはいていたり、ワンピースのように下の方からめくらなければならない衣服の場合は、診察がしづらくなります。

お腹が痛い時の対処法

 お腹が痛い時の一番の対処法は、病院を受診し、原因をはっきりさせて治療することです。必要な場合は薬を飲んだり、場合によっては手術などの治療も必要かもしれません。そういう治療を前提にして、一般的な腹痛の対処法をお話ししましょう。

深呼吸をする
 深く息を吸ってゆっくりと吐きだす。それだけでも落ち着く場合があります。

お腹を温める
 お腹を温めることで楽になることがあります。ただし、これは内臓痛のように腸管などの臓器が収縮して起こる腹痛の場合で、炎症などによる体性痛の場合には温めることは逆効果になります。
 腸管の働きが敏感になり頻回に下痢や便秘、腹痛をおこす過敏性腸症候群という病気の場合には、腹巻や使い捨てカイロでお腹を温めると楽になります。昔、海外に行った時に同行者が下痢や腹痛を訴えたことがありました。薬など何もなかったので、タオルを温めてお腹に当てることで症状が和らいだことがあります。

つぼを押す
 腹痛に効くつぼとして「合谷」というつぼがあります。親指と人差し指の間ですが、ここを押したり離したりします。私が研修医の頃、末期がんの患者さんの腹痛に対して、看護師と一緒に合谷の指圧をしたことがあります。指圧よりスキンシップの効果だったかもしれませんが、効き目がありました。

食事の注意
 お腹が痛い時は、消化に良いものを食べましょう。急性の下痢や腹痛がある場合には、水分だけにした方が良いでしょう。よく、「何も食べないと体力が弱ってしまう」と言って、食欲がなく、食べたくないのに無理して食事をされる方がいますが、これは逆効果です。
 食欲がない、食べたくないというのも1つの症状です。そんな場合には、症状が改善するまで水分だけにしましょう。水分は、最低でも1日に体重1キロに対して50ミリリットルほどの摂取が必要です。経口補水液やカロリーのあるスポーツ飲料などの方が良いかもしれません。

薬を飲む
 痛みが強い時には、薬を飲むことも有用です。痛み止めは主に2種類あります。1つは内臓痛などの時に使用する腸管の運動や緊張を和らげる薬で、もう1つは頭痛などに使う解熱鎮痛剤です。胃炎や胃潰瘍などの痛みには、解熱鎮痛剤は逆効果です。症状を悪化させてしまいますので注意が必要です。
 「お腹が痛い」という症状は、日常よくある症状です。それが「恐ろしい」病気の始まりであれば、早晩、人類は滅亡するはずです。ほとんどの腹痛はそれほどたいしたことがない病気ですが、「ちょっとおかしい」と感じたら早めに医師に相談しましょう。


 原和人さんの著書

ハラゴンの診療日記

『いつでも元気』や「民医連新聞」、ご自身のブログに掲載したエッセイが一冊の本になりました。新たに書き下ろした原稿も掲載しています。(定価1300円+税)

●問い合わせ先
最寄りの書店または株式会社いかだ社 TEL03-3234-5365

いつでも元気 2016.10 No.300

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