いつでも元気

2009年2月1日

特集2 肺結核は過去の病気? 日本はいまだ「中蔓延国」

早期発見・治療で感染を断つ

genki208_04_01

加賀美 武
山梨・甲府共立診療所呼吸器内科

 2008年のゴールデンウイークのことでした。数年間病院にかかったことがないという84歳の女性が、急に発熱して来院されました。尿路から細菌に感染しており、入院して抗生剤の点滴を受けました。
 しかし、次第に呼吸の状態が悪くなり、残念ながら1週間ほどで亡くなってしまいました。胸部レントゲンの異常が見つかり(図1)、痰を検査して、結核だとわかったときには手遅れでした。

結核患者は減っていますが、2006年の新登録患者数は2万6000人以上、死亡数2200人以上と、まだまだ大勢います。結核は「過去の病気」と考えら れがちですが、いまでもこれだけ多くの人がかかり、亡くなっている現実は驚くべきことです。日本は他の先進諸国にくらべて結核罹患率(かかる確率)が高 く、「中蔓延国」とされています(図2)。
結核はいろいろな臓器や骨などにも症状を引き起こすことがある病気ですが、ここではもっとも多い肺結核についてお話しましょう。

図1 両肺全体に広がる粒状の影
genki208_04_02

 

図2 先進国の中では結核罹患率が高い日本
genki208_04_03

世界の感染状況

 ところで、日本における患者数・死亡者数の多さも、ここ60年ほどの歴史を振り返ってみると、実はそれほど不思議なことではないことがわかります。
 1950年まで日本の死亡率の第1位で「国民病」だった結核ですが、1951年に制定された結核予防法の成果もあり、年々死亡率・罹患率は減っていまし た。しかし1997年には、減っていた罹患率、新規の結核登録患者数が増加。1999年には厚生大臣名で「結核緊急事態」が宣言されました。
 2005年には定期健診の見直しなどを目的として結核予防法が改正され、2006年結核予防法は感染症法に統合されました。このように、国としても対応しなければならない状況が続いています。
 世界的にも、安心できない状態です。世界保健機関(WHO)は世界を6つの地域に分けて分析していますが、アメリカ地域や東地中海地域を除き、結核の届出数は増えているというのです。
 とくにアフリカ地域は、身体の免疫力を低下させるHIV(エイズウイルス)の感染が広がっていることもあり、著しく増えています。1993年には、結核の非常事態宣言が出されました。

結核菌は体内にのみ生息

 なぜ結核は、なかなかなくならないのでしょうか。要因のひとつに、結核菌が持つ感染と発病の特徴があげられます。
 結核菌は自然界(土や塵・ほこり、水など)には存在せず、人の体内にだけ生息します。紀元前8000年の人骨にも結核の痕跡があるといわれていますが、それ以来、人から人へと感染し続けています。感染はみな、発病者との接触で生じます。
 結核は発病しても、はじめは一見、風邪と見分けがつきません。咳、発熱、倦怠感などが現れます。
 発病者が咳やくしゃみをすると、結核菌が痰や唾液などにふくまれた飛沫(しぶき)が空気中に放出されます。一部は床や地面に落下する前に水分が蒸発して「飛沫核」となり、長時間空気中を漂っています(図3)。飛沫核はちょうど人の肺の一番奥にある肺胞に定着しやすい大きさで、これを頻回に大量に吸い込むことで結核菌に感染します。

図3 肺結核発病者が咳・くしゃみをすると──
genki208_04_04

ひっそりと生き続ける菌

 そして結核菌は、一度感染すると体内から完全になくすことがとてもむずかしいのです。
 肺胞に定着した結核菌は、体内に侵入する菌を捕食するマクロファージ(白血球の一種)に食べられます。しかしそのまま死ぬことはなく、むしろ増殖していきます。そこでマクロファージは菌に対抗できるリンパ球を増やして菌を封じ込めます。
 こうして肺の中に最初に1センチくらいの炎症の塊をつくります。その後、菌はすぐリンパ管に入り、リンパ節にも同様の炎症が起こります。
 そのまま発病する人もいますが、感染者の90%は発病しません。しかしわずかな結核菌は残り、体内でひっそりと生き続けます。
 6~7%は感染後、菌の封じ込めが未熟な2年以内に発病します。残りの3~4%は、高齢になったり他の病気にかかるなど、免疫力が弱まって発病することになります(内因性再燃)。
 感染は、ツベルクリン反応が陽性になることや、後で述べるクォンティフェロン検査で判断されます。

結核は「社会病」

 この病気がなくなりにくいもうひとつの要因は、「社会病」といわれる側面があることです。
 結核が流行し始めるのは18世紀の産業革命以降です。都市化がすすみ、居住・労働環境の悪い都市に人口が集中して、栄養状態も悪かったころです。100年かけて流行のピークとなり、その後200年ほどかけて下火になっていく流行パターンが知られています。
 最も早く流行したイングランドでは、18世紀後半にはピークを過ぎ、死亡率・発症率が低下していきます。細菌学者コッホが結核菌を発見する100年も前のことです。
 また欧米先進諸国では、有効な治療薬であるストレプトマイシンの開発(1944年)よりも早く、第1次世界大戦終結前後から死亡率が減少しています(図4)。
 日本における結核の死亡率は、敗戦した1945年ごろがピークです。戦後、公衆衛生や国民生活の向上とともに死亡率は低下し続けています。「軍事費を削って社会保障へ」という主張の出発点ともいえます。

図4 結核死亡率の年次推移
genki208_04_05

 

図5 結核罹患率の都道府県別主な順位
(人口10万対。2006年末現在)
genki208_04_06

  一方、最近の感染状況はどうでしょうか。世界的には都市化が進む発展途上国で結核患者数が増えています。とくにアフリカ地域の増加が著しいことは先にお話 したとおりです。また、旧ソ連の国々ではソ連崩壊後、罹患率が上昇していることが注目されており、経済状況が影響していると考えられています。
 先進諸国でもホームレスや外国人労働者、移民・難民の間で感染率が高くなっています。日本では地域格差が指摘されています。大阪、東京、兵庫などで罹患率が高く(図5)、生活困窮者に結核が蔓延していることの反映といえます。「結核は貧困問題である」ことが、世界的認識とされるゆえんです。

建築物の近代化とともに

 これら以外に、日本がまだ「中蔓延国」にとどまっている理由で最近問題になっていることがあります。
 ときどき集団感染が報道されますが、起きているのは学校、病院、事業所などです。多くの若者や年長者などにも未感染者が増えているので、結核に対する免 疫ができていないためと考えられます。サッシの建物が増えるなど居住環境の気密性も高まって、換気も十分されなくなってきたため、感染しやすい環境になっ ていることも関係しています。
 また、HIV感染や糖尿病の増加、高齢化などにより、免疫力が低下して感染しやすい方が増えていることも影響しています。
 ほかにも主な抗結核薬が効かなくなり、治療に難渋する耐性菌が増えていることも問題です。

新しい検査法と対策

 もちろん、これらの現状に対して、政府や医療機関は、手をこまねいているわけではありません。最近の話題をいくつかお話します。
■新しい検査法、QFT
 まず、先ほど述べたクォンティフェロン検査(QFT)です。日本では1942年から結核の感染予防を目的に、BCGワクチンが集団接種されてきました。これにより少なくとも小児の髄膜炎(注1)や粟粒結核(注2)への予防効果が上がり、評価されてきました。
 一方で、結核の感染が疑われたとき、BCGを過去に接種していると、判定に使われるツベルクリン反応検査が陽性となってしまうため、感染者なのか非感染者なのか区別できない問題がありました。
 そこで開発されたのがQFTです。血液検査の一種で、BCG接種の影響を受けずに感染の判断ができる点が評価されています。
■ワクチンの開発は
 感染予防や治療のための新しいワクチンについては、各種開発されています。残念ながらBCGに取って代わるものが実用化されるには、まだ時間がかかりそうです。
■世界ですすむDOTS戦略
 治療では、WHOがDirectly Observed Treatment、Short-course(DOTS=ドッツ。直接監視下短期化学療法)を提唱しており、日本でも推進されています。
 結核治療でもっとも重要なことは、発見された患者さんに対して確実に治療(主には抗結核薬の内服)をおこない、他の人に広げないように感染の伝播を「断 ち切る」ことです。途中で内服をやめたりして治療が失敗すれば、患者さんの病状が悪化するだけでなく、耐性菌が生まれたり周囲に感染を広めることになりま す。
 そこで医療機関と保健所が協力して、入院中から内服を直接確認し、カンファレンスで治療の効果を評価しながら、退院してからも地域で治療経過を見ていくDOTS戦略がすすめられ、効果をあげています。

私たちにできることは

早期発見・早期治療が大切
genki208_04_07
イラスト・いわまみどり

 最後に、結核を減らすために私たちはどんなことに注意したらよいのでしょうか。
 まず、乳幼児のBCG接種はぜひおこなってほしい。生後6カ月未満であれば公費負担です。
 成人では、残念ながら予防に有効な方法はあまりありません。栄養状態をよくして健康を保つ、大勢が集まる部屋では換気をよくする、くらいでしょうか。
 やはり結核を減らす上で一番重要なのは感染を広げないことです。早期発見、早期治療が重要です。毎年、胸部レントゲン検査を必ずおこないましょう。他の呼吸器疾患の早期発見にもつながります。
 また、今後の流行が危惧される新型インフルエンザやSARSにもいえますが、咳をしている人にマスクをしてもらうこと(咳エチケット)、2週間以上咳が続くときは受診することも一人ひとりが心がけるべきことです。
 もっと有効な方法があるとすれば、国や自治体としてのとりくみが必要になるといえます。この特集が、国・自治体の対策に関心が集まるきっかけとなれば幸いです。

注1)髄膜炎 脳を保護する髄膜の炎症。脳に重い障害を起こすことが多く、すみやかな治療が必要。
注2)粟粒結核 菌が全身に運ばれ、粒状の影が広がった結核。

いつでも元気 2009.2 No.208

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ