いつでも元気

2009年5月1日

特集2 知っていますか? 多発性硬化症

早期の治療開始が効果的

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斎田孝彦
京都民医連中央病院神経内科
(アジア・オセアニア多発性硬化症学会理事長)

 多発性硬化症は、中枢神経(脳、脊髄、視神経)が侵される代表的な難病で、異物から身を守る免 疫細胞が自分の神経組織を攻撃してしまう病気です。炎症をともなう病巣が中枢神経に多発し、悪化と回復を繰り返しながら病巣が硬くなり、回復しにくくなる ことからこの病名がついています。
 主な症状はつぎのようなものです。
 ▽感覚麻痺、しびれ感、痛み、手足の脱力、ふらつき、体のこわばり
 ▽頻尿、失禁、尿閉(尿が出しにくくなる)
 ▽目がかすむ、視野が欠ける、物が二重に見える
 ▽精神症状(物忘れ、感情が抑えられない、思考がおそくなる、積極性がなくなる)
 ▽言語障害、嚥下(飲み込み)障害、しゃっくりや吐き気がとまらない
 これ以外にも、さまざまな症状があります。病巣ができる個所や、できた個所の組み合わせで症状が変わるからです。
 主に10歳~65歳までの人に発症し、1対3で女性に多い病気です。

診断は

 診断は神経内科でします。診断のポイントは、(1)中枢神経に2個以上の病巣がある、(2)症状の始まりから3カ月以上経って新しい症状や病巣が現れる など病気が続いている、という2点です。医師はこれまでの症状をよく聞き、症状の悪化や再発、進行が何度あったか、脳や脊髄のどこに病巣が何個あったのか (あるのか)を推定します。最初の症状が出てから3カ月以上経って(10年以上のこともある)、中枢神経に病巣があることを示す症状が出れば、多発性硬化 症の診断がつきます。
 症状に対応する病巣の存在を確認する、診断にもっとも有効な検査がMRI(電磁波を使った断面撮影)です。2回目の悪化がなくても、最初の症状が出てか ら3カ月以上経ったところでMRI検査をし、症状に現れない隠れた病巣を調べます。ここで病巣が見つからなくても、数カ月ごとに検査します。
 また、腰椎に針を刺して脳脊髄液を調べます。多発性硬化症が悪化すると、髄液中のリンパ球、単球(いずれも白血球の一種)などが少し増えることがあるからです。
 診断では、他の病気ではないことを確かめます。再発があり間違いやすい病気に糖尿病、膠原病などによる脳梗塞などがあります。椎間板ヘルニアで脊髄が圧迫されている場合も注意が必要です。

MRIで隠れた病巣を発見

 症状があり、病巣があるはずなのに、病巣が小さくMRIでも発見できないことがあります。
 一般に、視神経、脊髄、脳幹(脳の下部)に病巣がある場合、運動や感覚の麻痺、視力障害など、自覚しやすい症状が現れる傾向にあります。
 一方、大脳に病巣があるときは、MRIで病巣が確認されても自覚症状はないのが普通です。外見からは医師にもわかりません。感情が抑えられない、判断が にぶい、物忘れが多いなどの症状を自覚するのは、かなり病状が進んでからです。ですからMRIによる定期検査が重要です。
 年1回以上再発する患者さんでは、年平均1%近く脳が萎縮し、認知症へと進むこともわかっています。

図1 典型的な症状の例

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患者は増加傾向

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日本で最初に発見された患者さんの脳を前から見る。1965年に死亡し京都府立医大の米沢博士が解剖。矢印が病巣

 多発性硬化症は、戦前の日本人にはほとんどなかった病気です。1960年ごろから次第に増え、現在は約1万3000人にもなっています。
 日本で最初の患者さんが確認されたのは1965年です(写真)。増加の原因はわかっていませんが、衛生状態が改善して幼少期に感染症にかかることが減ったことと、日光(紫外線)にあたる機会が減り、体内でつくられるビタミンDが少なくなったことで、自分の神経組織を攻撃する異常な免疫を抑えられなくなったと考えられています。
 欧米では患者が多く、人口比で日本人の約10倍で、体質(遺伝子)も関係します。欧州や北米北部、オーストラリア南部など、日照の少ない地域に患者が多い傾向があります。

進行・再発防止を早期に

 多発性硬化症では、数年に1度~年数回の頻度で症状が悪化することが多く、悪化した時期を再発期と呼びます。再発期と再発期の間を寛解期と呼び、従来は 病気の活動は完全に休止していると考えられていました。しかし現在は、病気の活動は寛解期も続いており、できるだけ早く予防治療を開始し、治療しつづける ことが重要だと考えられています。
 年数が経つと、炎症を繰り返した結果として神経組織の細胞がゆっくりと死んで(変性)、減少することがわかっています。病状がすすむと、進行を止めるこ とが困難です。現在の治療法は、早期に炎症を抑えて病気の進行を防止するもので、変性を抑える治療はまだありません。

現在の治療法

 現在の標準的な治療法は、免疫調整薬「インターフェロン・ベータ」の自己注射です。 週1度、または2日に1度、自分で注射します。再発回数の減少、認知機能の悪化抑制などの効果があります。まったく再発しなくなる患者さんもいます。個人 差があるため、少数ですが、再発が減らない患者さんもいます。
 インターフェロンの治療を開始すると、初期に大半の方が発熱、倦怠感など、インフルエンザのような症状が現れます。ほとんどの人は2~3週間で症状が消えたり、生活に支障がない程度になります。注射個所の皮膚が赤くなることもありますが、ほとんどの場合、軽度です。
 肝炎に対するインターフェロン治療で話題となった「うつ反応」などの症状は、多発性硬化症では起きないとされています。しかし、うつ病がある人には使い ません。定期的な診察や検査を受け、約80%程度の患者さんは、数年間~10年以上の長期投与を問題なく続けています。
  効果が不十分な場合、治療薬を変えたり、別の治療薬を組みあわせます。ミトキサントロン(ノバントロン)、アザチオプリン(イムラン)、シクロフォスファミド(エンドキサン)などの免疫抑制薬を使います。

図2 多発性硬化症患者数

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再発・症状悪化時の治療

 インターフェロンを使用中でも比較的急に症状が出たり悪化したりする場合、症状が残って後遺症とならないように、メチルプレドニゾロン(ステロイド剤の 一種)によるパルス点滴療法をします。パルス療法は短期間に大量の薬を使う治療法です。パルス療法を3~5日おこなって効果が不十分な場合は数日休止し、 2回目のパルス治療を実施します。早期におこなうことでより効果を期待できます。口から飲むタイプのメチルプレドニゾロンを追加することもあります。長期 投与はしません。
 2回のパルス療法でも回復せず、病状が重い場合、再発症状が始まって2週間から遅くても1カ月以内に血漿交換療法をします。血液中の血漿にはさまざまな 役割がありますが、免疫の働きを持つ物質が含まれています。この血漿を濾過して交換するものですが、病巣にIgGという抗体(異物や細胞に結合し破壊する 物質)や補体(抗体を助ける物質)が出ている場合だけ有効とされています。このタイプの病巣は、多発性硬化症の約50%に見られますが、判定は病巣を取り 出すことでのみ可能で、実際には予測できません。
 また、血漿交換療法を積極的におこなっているのは一部の病院に過ぎない点が問題です。経験不足から、開始時期が再発から1カ月以上経っている例もしばしば見られます。

すすむ治療薬の開発

 世界では20以上の新薬研究がすすんでいます。数年~10年後には画期的な治療薬が誕生するでしょう。日本でも利用できるようにしなければなりません。
 国内でも現在、治験(治療試験)がすすんでいる新薬が2つあります。ひとつはガンマグロブリンの大量点滴療法(月1回点滴)です。もうひとつは国内で開 発された経口薬(口から飲む薬)、FTY720です。FTY720はインターフェロンの約2倍の効果があり、使いやすい経口薬ですので、期待されていま す。
 ことしの後半にはタイサブリの治験が始まる予定です。月1回の点滴でインターフェロンの2倍以上の効果が認められ、先進諸国では数年前から多くの患者で利用されています。

遅れている日本の治験体制

 日本では2000年にインターフェロンの1種が利用可能となり、2年前にようやく2つめのインターフェロンが利用可能となりました。しかしインターフェ ロンが欧米で利用されるようになったのは1993年です。現在、インターフェロン3種類、その他3種類が国際標準治療薬となっています。
 遅れの原因は、日本では治験と新薬の申請が難しいこと、多発性硬化症の患者が国内に少ないことです。日本では治験の経費が欧米など海外に比べ2倍以上か かります。国の審査担当官も欧米に比べて圧倒的に少なく、審査にも時間がかかります。国民の健康を守るために必要な経費がここでも支出されていないので す。
 患者数の少ない疾患では、日本人の患者さんだけで十分な有効性や副作用の検討をおこなうことは難しくなります。しかし海外で十分なデータがある標準治療法は、国内でも利用できなければ、患者に大きな犠牲を強いることになります。
 副作用などに早急に対応し、患者・国民にも十分説明するしくみをつくりながら、海外の標準治療法を取り入れて実施していくことが必要だと思います。

患者組織が役割を

 患者組織「全国多発性硬化症友の会」は30年以上にわたり活動し、情報交換や支えあい、医療相談会などを各地で続けています。全国民がいつでもどこでも 最善の医療を受けられる社会の実現をめざしています。約10年前から若い患者層を主な対象とする「MSキャビン」もあります。
 30年以上の歴史がある「日本多発性硬化症協会」という組織もあり、少数の企業経営者が企業寄付金を集め、研究助成をしています。ただ、患者などが自由に参加できない点が残念です。
 先進国には国ごとの多発性硬化症協会があり、西欧では大きな役割を果たしています。患者、医師、支援者が協力して寄付金を集め、国内の専門医、研究者の 研究費を支えています。集会の主催・支援、独自研究による重要な新知見を発表するなど、政府と並ぶ役割を果たしています。
 デンマークの協会は、ストレスの関与を調査し、子どもを失った母親では発症が2倍だったと証明しました。世界の協会が協力してドイツに治療研究や患者の経過のデータを集め、研究を促進するとりくみもおこなわれ、成果を上げつつあります。
 世界的な協会の連合体もあり、全世界の研究者に情報提供しています。

予防―笑いのある生活を

予防には笑いのある生活も大切
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 多発性硬化症の発病や再発の引き金になっているのは、一般的なウイルス、細菌の感染であることがわかっています。ですから、私たちができる予防法は第1に、風邪などに感染しないように手洗い、うがい、人混みなどでのマスクをすることです。
 第2は、笑いに満ちた楽しい生活を心がけることです。正常な免疫の維持には、感情の安定が大変重要です。病気があっても、できるだけ普通の家庭生活、職業生活を続け、明るい人間関係を築くことが、病気とたたかう上でも大切です。

神経難病専門外来受診を

 欧米には多数の多発性硬化症センターが存在しています。日本では専門医師も少なく、専門的医療ができる病院はわずかです。
 京都民医連中央病院では2年前から、全国でも珍しい多発性硬化症を中心にした神経難病外来を設けています。多発性硬化症の患者さんは全国から来ており、新しい治療法も受けられます。

医療相談・ホットライン

 地方限定ですが、医療相談・ホットラインもあり、「多発性硬化症と診断されている方」で「東海・北陸、近畿、中四国地方の方」ならどなたでも利用できます。
 電話090(2287)1021
 平日昼間。専門医につながります。氏名、年齢、住所、診断をした病院と医師名、お聞きになりたい問題点をお話しください。診察中・会議中などで、あらためてお電話いただくこともあります。
イラスト・いわまみどり

いつでも元気 2009.5 No.211

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