日本の医師の卒後研修を改善するための民医連の提案
私たちは医師数の削減・医療費の抑制を目的とした卒後研修義務化・保険医インタ−ン制に反対します。
1998年3月 全日本民主医療機関連合会
はじめに
97年9月1日に医療保険制度の大改悪が行われました。健保本人の自己負担の2倍化、薬剤費の2重取りなどで、患者さんの負担は2倍から4倍、10倍と激増しています。4月の消費税率アップで国民生活が悪化し、不況が深刻化しているもとでの医療保険の改悪は、まさにダブル・パンチです。
一方このような医療保険制度改悪と並んで、医師の卒後研修を2年間義務化し、厚生省の指定する施設での研修を終了しなければ保険医の資格を与えないという、いわゆる「保険医インターン」制度を導入することがねらわれています。これは、医師などの医療供給体制を縮小することで、医療費の削減をめざす政策といえます。
もしこの制度が導入されれば、医師資格を有していても保険医ではないために、研修医は日本の大多数の医療機関での診療が禁止され、また大学病院や臨床研修指定病院での研修も非保険医であるため主治医になれないなど大きな制約を受け、卒後研修の重大な後退を招くことになります。
全日本民医連は1995年2月に「保険医資格を剥奪する卒後研修義務化・保険医インタ−ン制」、同年12月に「それでもやるのか厚生省」として、卒後研修義務化・保険医インターン制度についての見解を発表してきました。このたびの情勢の重大な進展にあたって、日本の医学生、医師、医療従事者、そしてすべての国民に、みたび討論を呼びかけるものです。
1.卒後研修の義務化をめぐる情勢の急展開とその背景
医師の卒後研修を義務化することは、94年12月に厚生省から打ち出されましたが、医学生の大きな反対運動や大学関係者の反対の声などを受けて一時はとん挫したかのように見えました。97年3月に発足した厚生省と文部省の参加する「卒後臨床研修協議会」でも、当初は義務化推進を唱える厚生省に対して文部省は、義務化は「不適当」と主張し、両省の意見対立が続いていたのです。
しかし、昨年6月から7月にかけて情勢は急速に転回しました。きっかけは、6月に閣議決定された「財政構造改革の推進方策」です。ここでは「大学医学部の整理・合理化」「医学部定員の削減」「医師国家試験の合格者数抑制」など医師養成制度全般にわたる大リストラ計画が示されました。
7月には、文部省から大学病院のあり方を提言した報告書が出され、文部省の医学教育課長は初めて卒後研修の義務化を推進する立場に転換したことを明らかにしました。
8月に発表された厚生省の「21世紀の医療保険制度」と、与党の「21世紀の国民医療」でも卒後研修の義務化が掲げられました。
今年に入ってからも義務化に向けての動きはさらに具体的になってきています。1月には厚生省健康政策局長が「99年の通常国会で法律改正を行うことを目途とする」との日程を示しました。また、2月の「卒後臨床研修協議会」では、『医師国家試験で取得できる医師免許を研修を行う医療機関内だけで有効とする限定付きとし、研修終了後に完全な資格を与える』という具体的中身に踏み込んだ議論が行われており、この議論のなかでも厚生省は、保険医資格は研修終了後に与えることを主張しています。医療関係者審議会も再開されようとしており、事態はまさに急展開しています。
今回の卒後研修義務化・保険医インターン制度導入の企みの、3年前との違いは、その背景の変化にあります。
今、橋本内閣は「財政構造改革」の名の下に、財政赤字の元凶である公共事業費や軍事費には手を付けず、国民生活に犠牲を強いる社会保障や教育の切り捨てをいっそう露骨にすすめていますが、それらの中でも医療供給体制の縮小ーすなわち病院べらし、医師べらしを重要なテーマにしています。これらの課題が、厚生省一省の課題から”格上げ”されて、総与党化した現政権の重要テーマになったとも言えるのです。これらの流れの中で、今までいわば”聖域”であった大学病院も例外ではなくなり、国立大学民営化や統廃合、独立採算制が卒後研修義務化とセットで押しつけられようとしています。ある国立大の医学部長は、「文部省から別の大学との統廃合を厳しく迫られた。そうした議論の中で、卒後研修の義務化には賛成せざるを得なかった。学生の運動に期待している」と学生に語っています。
これらは3年前にはなかった大きな変化であり、厚生省にとっては、まさに1968年のインターン制度廃止以降手が付けられなかった、医師に対する官僚統制の手段を握る”千載一遇”のチャンスになったわけです。
2.あらためて、保険医インタ−ン制の狙いと本質は何か
保険医インターン制度を通じて厚生省は何を狙っているのでしょうか。
まず第一に医師の資格制度を変質させることです。「医師=保険医」という日本の医師制度の原則を、まず研修医の部分から崩し、それを高齢医師などにも広げ、保険医の定年制や定数制に道を開くことが狙われています。研修中の2年間分の医師数の削減(約1万5千人)にとどまらず、定年制や定員制を通じて抜本的に保険医の数を減らし、医療費の抑制をすすめようというわけです。
第二に、保険医インタ−ンの期間の教育・研修を通じて、患者の人権よりも経済効率を優先する医師づくりをすすめることです。
第三に、医師の資格制度の改悪を利用して、医療機関の再編成につなげていくことです。研修医や、指導医である若手医師を地域の医療機関から臨床研修指定病院へとシフトし、中小病院への医師供給を縮小することにより、これらの病床削減と「慢性期」病棟化、老人病院化をすすめるのです。また、将来的には研修の主たる場を大学から研修指定病院に移して、大学医局の人事権を奪い、厚生省が医師を直接支配することをも射程に入れていると見たほうがよいでしょう。
こうした卒後研修義務化が、卒研改善とは無縁であることは明白であり、「医療タイムス」誌(97年9月1日号)でも「医師としての基本的な素養や卒後教育充実という観念は形骸化していると見た方がよかろう。」と指摘しているほどです。
そもそも厚生省は卒後研修を「改善」するためには財源を確保しなければならず、そのために「義務化」が必要なのだと強弁していました。しかし、その財源問題や卒後研修改善の内容を放置したまま、義務化による医療費抑制だけを押しつけようとしていることは明白です。
3.保険医インタ−ン制で日本の医師研修はどうなるのか
第一に、保険医の資格のない研修では、国民の求める医師の養成はできないということです。卒後研修の最大の獲得目標は知識・技術はもちろん、医師としての基本的な姿勢を身につけることにあります。患者の主治医になることのできない、大学のポリクリの延長のような「研修」で、そうしたトレーニングをすることは到底不可能です。
「大学で研修するのであれば、保険医資格がなくとも支障ないのでは」という声もあります。しかし、大学の研修医も、プライマリな研修は、関連病院への出向ではじめて経験しているのが実態であり、大学での研修の不十分さを補う役割をもっていました。保険医資格がなければそういう経験が全くできなくなります。
第二に、研修の場を大学病院や臨床研修指定病院などの”大病院”に封じ込めることの弊害です。
そもそも大学病院などは、地域の医療機関からふるい分けられてきた患者の診療を行う場所であって、医療の中で求められる役割から見てもプライマリ・ケアの研修など、「ないものねだり」に等しいのです。厚生省は、昨年8月の「21世紀の医療保険制度」で、大学などの大病院を原則紹介制にし患者の窓口自己負担を5割にするという案を出しています。こうなれば、さらに「プライマリ・ケア」から遠ざかるとともに、経済力のある限られた階層の患者しか診られなくなり、研修の場としてはいっそう不適格になりかねません。
近年、医学教育学会の関係者などからは、「全人的な診療能力を身につけるための医師の初期研修は、大学などの大病院よりも地域の第一線医療機関が適している」という声があがっています。例えばこんな意見があります。
「高度に専門的な医療を提供するという大学病院の性格から、研修医に幅広く多くの疾患を経験させるには必ずしも適した環境とはいえない。次々に新しい外来患者さんが来院し、入院患者さんの在院日数が短く、ロールモデルとなるべき確実な臨床能力のあるスタッフを有する一般市中病院の方が教育環境としてはよいのではないか。」(熊坂一成日本大学医学部助教授;「メディカル朝日」97年12月号より)
私たち民医連は70年代初頭から中小病院や診療所での医師研修などに取り組んできましたが、この様な指摘の正しさを実感しています。また、民医連以外でも、地域の中小病院で研修プログラムをつくり熱心に研修に取り組んでいる病院は増えはじめています。卒後研修の義務化はこうした研修を不可能にするものであり、患者・国民の願いに背くものといえます。
第三に、研修医への経済保障については、厚生省の当局者がいっさい明らかにしていないことが最大の問題点です。義務化にあたっての医学生・研修医の不安が集中している財源問題について、厚生省はただちにきちんと説明する責任があります。
「医療タイムス」や「フェイズ3」といった雑誌などの報道によれば、医療保険財源から支出する検討がされているとのことです。しかし、保険財政はこの間、国庫からの繰り入れが大きく減らされているために財政難に陥っており、医師養成費を保険から支出することになれば、患者・国民の負担をさらに増大させることになります。大蔵省からは「研修医からはむしろ授業料を取るべきだ」との声も挙がっていると言われており、まさに、国の公的責任の完全放棄といわざるを得ません。そもそも、97年度でも臨床研修費は国庫から192億円が支出されており、もしも、研修費用をすべて医療保険財政から支出するのなら、国庫の負担は逆に軽減することになります。これでは国の責任はむしろ後退といわざるを得ません。
保険医の資格を失い、無権利の状態に置かれた研修医の経済保障はさらに悪化することになります。1968年の医師法改定時の国会付帯決議は「政府は医師養成に対する国の責任は極めて重大なるにかんがみ・・・・財政的措置を強化する」と述べており、その厳格な実施が必要です。
以上の理由から全日本民医連としては、卒後研修義務化・保険医インタ−ン制にはあらためて反対を表明するものです。
4.日本の卒後研修はどうあるべきか
−−人権を守る医師養成のための5つの提案−−
現在、日本の医師のあり方に対して、多くの国民から厳しい批判も含めた注目が寄せられています。よりよい医療を受けたいという国民の期待がかつてなく強まっているなかで、多くの医師は奮闘していますが、こうした患者・国民の願いに十分応えるものとはなっていません。相次ぐ医療改悪が、医療のあり方を歪めつつあることもその一因ですが、卒後研修も含めた日本の医師養成制度にも大きな原因があります。
患者・国民は、日本の医師に何を期待しているのでしょうか。
まず、技術的には、何よりも正確な知識・技術を持った医師が期待されています。同時に、一つの専門分野を診るだけでなく、患者の抱える全身的な問題や、頻度の高い疾病、救急医療などで、的確な診断と初期治療をすることのできるような、プライマリ・ケアの能力を持った医師を患者は求めています。
また、患者が病気を克服して日常生活に復帰し、病気の再発や悪化を防ぐためには、プライマリな臨床能力を基礎にして、心理的、社会的、経済的問題など、多面的な問題についても、解決できる医師の全人的な診療能力が求められています。
しかし、現実の卒後研修においては、依然として大学病院でのストレート研修が主流であり、診療科をこえたローテート研修も一部で試みられているものの不十分であり、内科系、外科系などの枠をこえたスーパーローテートや、総合診療方式に至っては、ほとんど行われていません。このように多くの大学病院や厚生省臨床研修指定病院では、プライマリ・ケアを含む全人的な診療能力をもつ医師の養成が困難ですが、今回の義務化でもこれらを解決する見通しはまったくありません。
一方で、卒後研修だけでなく、日本の医師養成全体のあり方として知識、技術偏重の問題があり、その改革が必要です。広い社会的視野と人間性をもち患者の人権を尊重する医師を国民は強く求めているのです。
すべての国民に、最善の医療が等しく提供されるという、社会保障の理念(憲法第25条)が後退し、患者は所得水準に応じて医療サービスを購入するという医療の営利化の流れが強まる中で、いままさに日本国憲法に示されている患者・国民の基本的人権を擁護する医師の姿勢と行動が求められているときではないでしょうか。
さらに、脳死・臓器移植問題や、癌告知、薬害問題が示すように、患者の人権を尊重し必要な情報を共有する立場や、製薬企業などの営利主義的な動きに対して毅然とした態度をとることなどが求められているのです。
これらの問題は、卒後研修だけで解決するものでなく、医学部の入試制度から卒前医学教育、国家試験、卒後研修、生涯研修を通じて改革していく必要があります。ところが、大学医学部での教育は、教育目標も不明確な上に「国試予備校化」とも呼ばれる知識偏重の詰め込み教育が幅を利かせています。医学部の入学定員削減による受験競争の激化、国試の合格者数抑制などは、さらにそうした傾向に拍車をかけるものとなるでしょう。
いまこそ、医師養成制度全体を、患者・国民の期待に応える医師づくりに向け、医学生や研修医の声を取り入れて改革することが求められています。
全日本民医連は、30年にわたり約3000名の卒後研修を実践してきた経験に基づいて、医師養成制度の中でも重要な位置を占める、卒後研修制度のあり方について、以下のような提案をするものです。
第一に研修医はこれまでと同じように、医師資格・保険医資格をもち、「主治医としての研修」を保障することが必要です。患者のかかえる身体的問題のみならず、経済的、心理的、社会的問題などの多面的な問題を解決する能力を身につけるためには、研修医は指導医の適切な援助のもとで、患者の主治医としての自覚と責任を持って、診療にあたることが不可欠です。主治医でない単なる「見習い」の研修では、医師として必要な倫理観の確立も不可能であると言わねばなりません。
第二に研修医が自主的に研修病院を選び、主体的に研修改善に取り組めるようにすることです。そのために大学病院や厚生省の認定する臨床研修指定病院だけでなく卒後研修に意欲的に取り組むすべての病院を研修医が選択する自由を今まで通り保障することが必要です。
プライマリな臨床能力を修得するのに最適とされている、中小病院や診療所などの第一線医療機関での研修をさらにひろげ、救急医療や慢性疾患医療、在宅医療などを積極的に担う医療機関を、研修の場として活用していくことが必要です。
このことは地域医療の向上にもつながることであり、政府はこうした病院での研修を促進する措置をとるべきです。
第三に現行の臨床研修指定病院の基準を抜本的に見直すことが必要です。現在研修医の大多数は、大学病院や臨床研修指定病院などの大病院で研修を行っていますが、これらの病院が必ずしも、卒後研修にとって優れた環境とはいえないことは前述の通りです。一方、日本の地域医療のなかで重要な役割を果たしながら研修にも取り組み、貴重な成果をあげている中小病院は少なくありませんが、これらの病院は指定病院から除外されています。
現行の指定基準はベッド数や診療科数、放射線治療施設など大病院中心でハード面に偏ったものとなっていますが、プライマリ・ケア研修を含む全人的な診療能力の修得という観点から指定基準を再検討する必要があります。ベッド数や診療科数については基準を見直すとともに、研修方式や指導医、研修施設の多様な組み合わせなどを重視すべきです。
第四に研修指導医の、量的・質的確保につとめることです。研修医の大きな悩みは、研修指導医が世代的にも医療活動の中核を担っていることから、診療に追われて十分に研修医の指導に時間をさけないことにあります。諸外国と比べても日本の研修指導体制はきわめて貧弱であり、研修指導医に対する教育システムや、経済的保障についても病院や指導医自身の自主的努力に頼っているのが現実です。
研修指導体制を保障する財政措置とシステムづくりを急速に強めることが必要です。
第五に卒後研修に対する国の責任を明確にし、医師養成の費用は保険財政ではなく国家財政から支出することです。研修医への経済保障は医師労働に即した適切なものに改め、国はすべての研修医への財政支出を行うべきです。さらに指導医確保や研修病院充実の予算を増やし実質的な卒後研修の改善を、現在の制度のもとで早急に行うことを求めます。
以上、当面解決すべき5つの課題を提案しましたが、ぜひご検討いただきたいと思います。
この間の医療保障制度のあいつぐ改悪は、患者・国民に負担を押しつけ、受診を抑制し、医療経営の悪化と医師の労働強化をもたらしています。こうした中で、大学や臨床研修指定病院の研修医や青年医師は医師研修を守り、充実させるために日々奮闘しています。しかし、実際の研修の場では様々な矛盾を抱えています。
大学の教育研究条件を急速に悪化させているのは、国立大学の積算校費や定員の削減、公立大学への補助金の打ち切り、私学助成の削減などであり、これらの措置を直ちに中止し、医学研究・医師養成に対する十分な国庫からの支出をするべきです。
また、同時に、患者負担の引き上げなどをはじめとする医療・社会保障の大改悪も直ちにやめることを求めるものです。
おわりに
医師養成制度がどうなるかは、決して医学生や研修医だけの問題ではなく、日本の医師や、患者・国民にとって深刻な影響をもたらすものです。今回打ち出されている卒後臨床研修義務化・保険医インターン制の導入は、今後の日本の医療に大きな影響を与える歴史的改悪と言ってよいでしょう。
99年の通常国会に卒後研修義務化が提案されることが明らかにされる中で、急速に運動を前進させることが必要になってきています。卒後研修義務化・保険医インタ−ン制度導入を阻止するとともに、どういう医師がいま求められているのか、そのためにどのような医師研修が必要なのか、今こそ日本のすべての医療担当者と研修を受ける主体者である医学生・研修医が声をあげ、全国民的な議論をすすめる時ではないでしょうか。
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