INTERVIEW
「必要とされる医療を必要とされるところで」
田中:先生がリハビリ医になろうと思ったきかっけは何ですか?
中野:初めからリハビリ医になろうと思っていたわけではなく、研修を始めた当初、自分は外科系に向いているかな?って漠然と思っていました。初期研修を受けた東京民医連の柳原病院は、70床の病棟に年配の寝たきり患者さんがたくさん入院していて、その患者さんは皆といって良い程床ずれができていたんです。大学を卒業したばかりの僕にはとても衝撃的な光景で、指導医の先生に「大学病院には若い患者さんがいて多彩な症例があります。僕はたくさんの症例をみて勉強したいです。ここは床ずればかりじゃないですか!」と訴えたんです。そしたらその指導医の先生に「人間っていうのは年をとったら病気になる、それはごく当たり前のことなんだよ。だから入院患者に高齢者が集まって当然じゃないか。僕たち病院の使命っていうのは、この巷にある当たり前の病気を治療することだと思わないか!この高齢者の医療をどうするのか?というのがこれからの課題だと僕は思っている」と言われ、この言葉を今でも忘れないのは、必要とされる医療を必要とされる場所ですることが、医師として避けて通れない使命だと気付かせてくれた言葉だったからだと思っているんです。
東京から戻って長野中央病院に着任した僕は救急車で運ばれてくる脳卒中の患者さんの多さにここでもまた驚かされました。脳卒中で倒れた患者さんに床ずれができてしまうことはまれではなかったのです。東京と長野での経験から僕は「ここで脳卒中の治療をしよう」そう決意してその当時血管撮影をやっていた宮城民医連の坂総合病院に脳卒中の研修にでました。
宮城に研修に行ったら、やはり床ずれの患者さんが多くいましたが、それへの解答はみつかりませんでした。研修先の指導医の先生が脳卒中をやろうと思うならリハビリをみておけ、ということで東北労災病院に1ヶ月間リハビリ見学をして長野に帰ってきました。それまでリハビリっていう発想はなかったんですけどね。
当時、長野市にリハビリ医療を行っている病院は無く、脳卒中の患者さんは市外のリハビリ施設のある病院に転院するか、家に帰って寝たきりの生活を送るしかなかったんです。市外の病院に転院するとなれば、付き添いの問題があります。すぐに家を空けて入院に付き添える家庭が圧倒的に少数なのは想像するまでもなく、そうなるとほとんどの患者さんがリハビリで回復する機会さえも与えられないまま寝たきりになるしかなかったんです。
実はね、僕の父親は僕が中学2年生の時に脳卒中になり、入院していたのだけど、その父親の見舞いに初めていった時に僕の顔をみて泣き出しました。それまでの僕の中での父親っていうのは、ホテルの支配人で、書道も上手で、貫禄があってね、かっこよかったんです。とても尊敬していた父親の変貌にまだ子どもだった僕はこんなにも変わってしまうのか…とショックを受け病院の廊下で涙が止まらなかった経験があります。今思えばリハビリを受ければ自立できたなと思うんですよね。まぁとにかく今長野市で必要なのはリハビリだと確信し、「脳卒中をやるならリハビリだ。ここで治療してここから帰そう」とリハビリ医になる事を決意しました。リハビリをすれば寝たきりにならない、寝たきりにならなければ床ずれはできない、ということも発見できたんです。父親を意識してリハビリ医を目指したわけではないのだけど、潜在的にあったのかもしれないな、と後になって思っているんです。
田中:新しく診療科を開設するのは大変だと思います。当時を振り返り苦労したことなどありましたら教えて下さい。
中野:そうですね。今では30名以上のリハビリスタッフに支えられているけど当時はリハビリをやるといってもリハビリスタッフはいない、ひな形もない、最初は心細かったですよ。初めは僕と看護師とマッサージ師しかいなかったのですから。でも、今考えると看護師さんは最初から3度の食事はベッドではなく食堂で、オムツではなくポータブルトイレでの排泄という努力をしていましたから今のリハビリ科の基礎を作ったのは看護師さんとも言えます。
それから山梨民医連のリハビリの先生が月に1回支援に来てくれたり、大学病院の総回診に参加して教えてもらったり、そのうち専門スタッフも集まりだして、何とか形になってきました。そして、リハビリ科を立ち上げて3年後には家屋訪問を始めました。病院でできても家に帰ったら環境が違うわけですから、医師・看護師・リハビリスタッフで患者の家に行き、この段差は危ないとか、本当に家に帰れるのかチェックするんです。家屋訪問を行うことで、リハビリというのは難しい理論ではなく、家に帰るための実践の積み重ねだと強く確信しました。ですから今でもとても大切にしています。あとは、何よりもリハビリ科を開設する僕を病院が応援、協力してくれたのは力強かったです。
田中:モットーはありますか?
中野:僕らには「最大限自立させよう」という当初から変わらないモットーがあります。とにかくリハビリっていうのは家に帰す準備だから何より排泄自立にこだわりました。おむつを使用せずポータブルトイレを使う、そこでポータブルトイレへの安全な移動に必要な「らくらく手すり」や「スーパーらくらく手すり」を開発しました。改良を重ねて今の形になったんだけどそういう工夫でADLがアップし、今まで排泄できなかった人ができるようになるその喜びは大きいですよね。
ポータブルトイレに自立→車イスでトイレ→歩いてトイレ
段階的に低い段階から高い段階へアプローチしていく、これを僕らは「自立重視型排泄アプローチ」と言っています。今、他院の回復期病棟では昼間はポータブルトイレを使用しないで介助でトイレまで行き、夜はポータブルトイレを使えば良いという病院がけっこうあるんですけど、昼間こそ最大限の努力ができる状況で基礎的な課題であるポータブルトイレに挑戦し、それがクリアできて初めて応用的な車イスに進むというのが自然な流れだと思うのです。そのために患者さんが自立できるための道具の工夫を28年間やってきました。患者さんのために道具の工夫をするのもリハビリ医の仕事の醍醐味なんです。車イスで移りやすい「前手すり型車イストイレ」ができて、患者さんが「これは良い」と言ってくれた時は嬉しかったですね。
田中:印象に残っている患者さんはいますか?
中野:そういえば僕の床ずれ治療に大きなヒントをくれた患者さんがいました。とても体の大きな60代の男性で、脳卒中で寝たきりの生活を送っていたんですけど往診に行っても床ずれはできていないんですよ。当時、床ずれ予防には2時間おきの体位交換をしなければならないと言われていたので、ある日奥さんに聞いたんですよ。“2時間おきに体位交換をしているの?”って、答えは“体位交換って何ですか?一切そんな事はしていません”でした。体位交換をしていないのに床ずれができない、なぜだと思います?
田中:わかりません…
中野:その患者さんの布団はそば殻で出来ていたんです。奥さんはマメな人で1年に2回そば殻をいれかえていた、そば殻は一定のクッションがあるから仙骨のところに体重がかかると分散するので、床ずれにならないんです。そば殻というのは伝統医療の知恵だったのでしょうね。これだ!と思って自力で寝返りのできないような重症患者さんには体圧を分散させるマットを使用することにしました。そうしたら床ずれができないんです。適切なマット工夫すれば床ずれはできない!僕の最大のテーマであり、原点でもある床ずれはリハビリする事とマットの工夫で大部分が解決しました。
田中:リハビリスタッフがいて看護師がいてリハビリ医は日中どんな仕事をされているのですか?
中野:まず入院した患者さんを診ています。どんな障害を持っているのか、どんな家庭や社会的背景を持った人なのか、今までどんな病気を持っていたのか。そういうのを総合的に判断して、きっと歩けるだろうとか、トイレ自立がやっとかな、とかの見通しを立てるわけです。PT(理学療法士)やOT(作業療法士)、看護師、ケースワーカーもそれぞれ患者さんを評価しますから、皆の情報を集め、回診とかカンファレンスで全体像を掴み、意思統一して退院時のゴールを決めたり、修正したりして治療にあたっていきます。それを患者さんや家族に伝え、心の準備や態勢の準備をしてもらうわけです。スタッフ皆が、治療の進み具合と方向に確信を持って進めるようにするのが医師の役割ですね。
また、臨床の研修をまとめ、学会に報告してきました。毎日忙しく仕事をしていますが、まとめてみると新しい発見が結構あるんですね。それを学会に報告するのは楽しみですよ。「俺はこれが価値あることだと思う」みたいな、メッセージ性のある報告ができるようにまとめています。あまり、注目されていないと思っていましたが、昨年、関西の泌尿器科の先生のグループから講演の要請が来て行ってきました。いろんな意味で評価されてうれしかったですね。
田中:リハビリの日数制限とか、診療報酬などについて何か思っていることがありますか?
中野:今の保険制度にはたくさん問題があり、言いたいことはあります。療養型病院の点数が下がって、やっていけなくなり病院が閉鎖、たくさんの重症患者さんの居場所がなくなってきていることは、リハビリ医ばかりか、医師全体にとって大きな問題です。老健施設も担当していますが、来年の介護保険の改定でより重度な患者を老健施設が受けなければならなくされそうですし、患者負担も増えそうです。今、経営もとっても困難な状況です。暮らしていけないような給料で介護職を使い捨てにするのが前提の制度になっています。こんなのおかしいですよ。一方で、建設会社がバックについて高額な契約金を要求するような有料老人ホームも出来てきています。そういう選択をせざる得ないところに老人を追いつめている日本というのは本当に政治が貧困だと思いますよ。
田中:最後に医学生へのメッセージをお願いします。
中野:吉田太郎さんの「世界がキューバ医療を手本にするわけ」という本を最近読んで感動しました。この本を読んで、欧米の医師は自分のステータスをあげて自分の価値を高めるということにこだわっているけれど、キューバの医師っていうのは違う、給料が安くても医師としての使命が果たせる場に行って地域の人たちが健康になれるために働こうという志を持っている、というのです。
この本がきっかけで、「病む人たちのためにいかに働けるか」ってことが大切なのだと初心を思いだした医師は少なくないと思います。これから、認知症や障害をもった高齢者の問題が高齢化社会に向かいもっと大きな社会問題になっていくと思っています。大きな問題にはたくさんの医師が必要ですがこの問題に取り組もうという医師はまだ少ないです。
勇気を持って高齢者問題をみつめ、取り組む道に進んでくれることを望んでいます。
あとは是非、多くの医学生にリハビリ医の仕事を見にきてほしいと思っています。
田中:今日はどうもありがとうございました。
※診療報酬改定問題=2006度の診療報酬でリハビリの日数制限が新設された。それまでは制限なく行う事のできたリハビリ医療は、医師が「改善が期待できる」と判断した失語症など一部の特定疾患を除き90日?180日のと日数が制限された。リハビリには通常、発症直後に病気の治療と並行して行う急性期、病気の治療が一段落して身体機能の回復を目指す回復期、症状が安定してからの維持期に分けられる。この「維持期」の患者は介護保険に移行され老人保健施設や通所リハビリ、自宅での訪問リハビリで対応するように示された。この日数制限には医療関係者や患者団体が反発し、反対運動が各地で起ったため2007年度の改定では特定疾患以外でも医師が必要と認めた場合にリハビリを延長する特別措置と維持期の患者向けに月2回を上限とする「リハビリテーション医学管理料」を新設した。更に2008年度の改定では日数を超えた場合でも月に13単位までは算定できるようになった。
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ADL(日常生活動作)=食事・更衣・移動・排泄・整容・入浴など生活を営む上で不可欠な基本的行動。・自立・一部介助・全介助のいずれかであるか評価することで障害者や高齢者の生活自立度を表現する。 |