舟越光彦 ●福岡民医連 九州社会医学研究所・千鳥橋病院 医師
1、はじめに
世界中で健康格差が深刻な社会問題となっています。欧州では、EUが貧困に立ち向かい、貧困から生じる健康の不平等を解消しようと率先して政策提起が行われています。健康格差対策は、EUや国レベルの対策と共に、地域では、行政、労働組合、学校、NPO等が連帯し協力してすすめられます。各々が地域に存在する組織として、「あってはならない」健康の不平等の解消のために社会的役割を果たそうと努力しています。そして、病院も地域社会の一員として、健康格差の解消に貢献することが求められつつあります。病院の伝統的な役割は治療でしたが、それに加えて、健康な地域づくりにも貢献することが求められているのです。つまり、病院の社会的役割についての時代の大きな転換が進みつつある訳です。
ここで紹介する、健康増進活動拠点病院(Health promoting hospitals and services 以下、HPHと略す)は、世界保健機構(WHO)が提唱したもので、市民が健康に働き暮らすことが可能な支援的環境づくりを病院の使命と自認する病院です。HPHのネットワークは世界に広がり、日本では2008年に千鳥橋病院が初めて加入しました。HPHの活動は、民医連の医療活動の世界的視野でみた立ち位置を考えるのにも興味深いものです。
2、HPHについて
HPHは、1986年にオタワ憲章で提起された「ヘルスプロモーション」を病院という環境で実践するために提起されました。ヘルスプロモーションとは、狭い意味での健康づくりではなく、「人々が自らの健康をコントロールし、改善できるようにするプロセスである」と定義されます。ヘルスプロモーションを実践するには、健康に関する正しい知識の学習と同時に支援的環境の実現が不可欠です。例えば、長時間労働のタクシー運転手の糖尿病の患者さんの場合、運動療法の知識があっても運動するための時間が確保できなければ運動療法は実践できません。長時間残業をなくし人間的な労働条件を作る支援的な環境が欠かせません。
HPHは、ヘルスプロモーション活動を患者や病院で働く職員、地域住民に対して実践します(図1)。患者さんに対しては、健康教育とともに、支援的環境の過不足を評価し、具体的支援を行います。経済的な困難な患者さんがいれば、社会資源の活用を図り、治療の継続や健康づくりに取り組むことを援助します。職員には、仕事のストレスで生じるメンタルヘルス不全の対策を実践し、健康で働きやすい職場づくりに努力します。地域に対しては、近隣の商店街とコラボレーションをして食品に塩分やカロリーを表示して地域住民が健康に良い食事ができるように支援していくのもHPHの実践です。また、ホームレス支援など社会的に排除を受ける人たちへの支援もHPHに期待される活動です。台湾の例では、骨粗鬆症の予防教育のために、子ども向けのアニメを作り、小学校の生徒に運動の大切さを啓発する実践を取り組んでいる病院もあります。
HPHは、2010年3月時点で、41カ国、地域の777施設が加入する世界的なネットワークに急速に発展しています(図2)。アジアでは、台湾、シンガポール、タイ、日本、韓国の4カ国に加入施設があります。


3、HPHの国際カンファレンスと千鳥橋病院の活動
HPHでは、毎年、研究発表と参加施設の良好な実践例の交流を目的に国際カンファレンスが開催されています。2010年は4月に第18回目のカンファレンスが英国のマンチェスター市で開催されました。千鳥橋病院からも医師2人と理学療法士人が参加し、ポスター発表を2題行いました(左下写真)。演題の一つは医療費の自己負担が治療の継続を阻害しているという趣旨の発表でしたが、フロアから日本の医療制度についての質問を受けました。先進国で高額な自己負担が存在していることに驚いたためのようで、日本の医療制度の非常識さを再確認させられる経験となりました。
国際カンファレンスのテーマは「健康格差に取り組むHPHの役割」で、子ども、青年、労働者、高齢者の健康格差のエビデンスと、その解消のための経験が交流されました。また、講演では、英国内科医師会のギルモア教授が、「マーモット卿(※注)の健康格差に関する研究の成果を学び、公正な社会実現に取り組む道義的な責任が医師にあること」を強調しましたが、とても感銘を受ける講演でした。
千鳥橋病院では、HPHに加入後、3つの課題に取り組んでいます。患者対象としては外来の慢性疾患患者に対する包括的な禁煙アプローチ、スタッフに対しては職員参加型の職場のメンタルヘルス対策、そして、地域では近隣の学校と協力した子どもたちの虫歯予防教育に取り組んでいます。課題の成果は、国際カンファレンスに発表し、私たちの経験を世界に発信する活動を継続する計画です。また、HPHの基本文書の翻訳も手がけ、国内でのHPHの加入を広げたいと考えています。
4、HPHと民医連の医療活動
HPHの理念と実践は、民医連の医療活動の自己評価を高めることにつながると感じています。民医連は、日本の医療の中で、時には孤高を守りながらも無差別平等の医療を実践し、困難な立場の人たちの命を守るために懸命に努力してきました。現在HPHで目標とされる病院の社会的役割は、治療や看護サービスに止まらず留まらず、健康格差に取り組み、社会的困難な人たちが健康を享受できるように健康格差の原因にも取り組もというものです。つまり、地球レベルで見た病院の役割への期待は、民医連の医療活動の実践の足元に重心を移動してきているといえます。民医連の医療活動は、21世紀の病院の医療活動のメインストリームに位置するといってもいいと思います。
医学生の皆さんが民医連に参加し、地球規模で病院の役割を考えながら、地域で健康なまちづくりの実践に情熱を持って参加することを期待しています。HPHの実践を全国で展開する民医連の医療活動は、きっと医学生の皆さんの期待にこたえてくれるでしょう。
※注:マーモット卿:ロンドン大学教授で、世界保健機関WHOの「健康の社会的決定要因委員会」議長 |