特集 柳田邦男さん・医学生によせる思い
壁を貫く意志を持て

医療事故のニュースがひきもきらなかった2000年。
ハイテク、ITがいかに進歩しつづけようとも、
医療とは、最終的には人対人の行為です。
その前提を、日本の医療行政は効率の名のもとに
あえて置き去りにしているかのようです。
柳田邦男さんは、その著書をつうじて日本の医学・医療の
あり方を問い続けています。
今回は、家庭医をめざす医学生・平山陽子さんがインタビュー。
医療行政、医学界の厚い壁に気づいたとき、
あなたならどうしますか?


平山 私たち医学生には、医師へのあこがれとか、医師という仕事に対する誇りや情熱がある一方で、最近そういうものをときどきなくしてしまいがちです。
 一つは連日のように報道される医療事故の問題を見ていて、医師になるのが恐いという意識がかなりあります。大学の授業中でも、必死で勉強しないと医療事故を起こすぞという脅かしに近い言い方を教授、先生方からされることもあります。自分が一生懸命頑張っても将来こういう社会的な厳しい目に耐えられないのではないか、あるいは一部のマスコミの医者へのバッシングとでもいうような状況が耐えられないという気分が、私や私の友人を含めた医学生の中で広がっています。
 もう一つは、それに追い討ちをかけるように、医師国家試験の合格率の低下を受けて、各大学で、同じクラスの中で競争させるという雰囲気が非常に強くなっています。自分の目指す医師像がつかめないまま、勉強に追われているのが多くの医学生の現状です。医学生には、伝統的にみんなで勉強しあって、一緒にいい医者になろうという雰囲気があるのですが、最近はとにかく自分だけはといった雰囲気も生まれてきています。
このような状況の中で、はじめは持っていた医学、医療に対する夢や情熱を維持するのが非常に難しくなってきているのです。
 柳田先生は、医学生と接する機会もかなりおありだと思うんですが、どんなふうに感じていらっしゃいますか。

医師になるあこがれ、希望、そして恐れ

柳田 若い医学生とか、あるいは看護学生にふれると希望がわいてきます。それは僕と会う学生がそういう何かを持っているからなのかもしれませんが。
 たとえば医学生であるならば、私の『「死の医学」への序章』という本を読んで医者になろうと思ったとか、あるいはもっと前に書いた『ガン回廊の朝』という本を読んで、ガン医学に取り組んでみようと思ったとか、そういう医学生の方や、あるいは卒業して現場におられる若い医師でそういうことをおっしゃる方がいると、「いやー、ありがたいな。そうやって本当に情熱的に、自分の生き方の問題として医療にかかわっているのだな」ということを感じます。
 看護学校へ行って女子学生の方々と話しても、意外にモチベーションが純粋です。たとえば、お父さんがガンで亡くなって、それから人間の命とか医療の問題とかを考えるようになったとか。あるいは本が好きで文科系を考えていたけれども、そのうち生と死に関する本を読んでみたら、自分はそういう方面で働きたいと思って勉強して看護学校へ進むことにしたとか、非常にひたむきに取り組んでいるのです。「いやー、この国は捨てたものじゃないな」という気持ちになりました。
 しかし世の中の風潮自体をみると、非常に暗い気持ちになり、あるいは悲観的になるようなことが多いです。
 医療事故のニュースがしばしばあると、医者になるのが恐いという話が出てくる。それは医療の世界だけではなくて、たとえば神戸で少年A事件が起こった時、世の若い女性、あるいはお母さんたちが、子どもを産むのが恐い、子どもを産みたくないという気持ちになった。うちの子がどうなるだろうと。もし何かあったらどうしようとか、あるいは逆に自分の子が異常なことをしないまでも、自分の子が被害者にならないだろうかとか、どっちへ転んでも恐い。そういう予期不安に襲われて、行動停止してしまう傾向が、今、一般的にひどいと思います。
 その背景には、メディアの発達があって、いろいろな情報がどんどん流されていく。けれどもそういうメディアの情報は、感情には強く訴えるけれども、論理的あるいは総合的に冷静に考える姿勢には、なかなか結びつかない。そこのところは教育で対応しなければいけないけれども、教育が新しい時代に対応できるように変わる前に、メディアの発達がすごくて、若い世代や、それを育てる親がとまどっていると思います。その一つの現象として、医者になるのが恐いということも起こっているのだと思います。
 ではどうすればいいか。医療事故をゼロにするのは難しいと思う。人間がやる行為である以上、どこかでミスが起こるのは避けられない。それは何もあきらめろという意味ではなくて、それであるならばどういうふうに対策をたてれば、あるいはどういう医療のシステムにすれば最小限にくいとめられるのだろうか。個人の責任にすべてを転嫁してしまうのではなくて、組織の問題として、あるいは医療界の問題として、どう取り組んでいけるのだろうか。そのことが明確に見えるような体制ができれば、医者になったら恐いということは、なくなると思います。
 ところが医療界は、今までは、医療事故が起こると、臭いものにふたをするようなかたちで長年しのいできた。そして一方では訴訟という隠れたかたちで物事が処理されてきた。その歴史の積み重ねのツケが今、まわってきていると言うべきでしょう。
 だから今、事故が次々に起こって被害者が出て、その中で何とかしなければいけない。今の医療界は、いわば苦難と試練の時期だと思います。それだけに患者の安全のために、科学的合理的で、社会の納得できるような有効な手をうっていかなければいけないし、体制づくりをしなければいけないのです。それは時間的に言えば、まったなしだと思います。

知識偏重の医学教育の落とし穴

平山 医療事故に関して言うと、学生という立場で病院での医療を見ていて、患者さんと医療者のコミュニケーションが決して十分ではなく、それが問題の根底にあるのではないかと感じています。
 大学病院で言うと、研修医の先生は日常業務で忙しいし、教授は忙しい、中堅の先生は研究室にこもっているというかたちです。私は学生ですけれども、患者さんの側に座ってじっくりお話しすると、いろいろ不安とか、苦しみとかをお話ししていただくことがあります。
 「その事を先生におっしゃいましたか」とたずねると、言っていないことがほとんどです。「どうしておっしゃらないのですか」とたずねると、忙しそうだからなかなか言えないということです。今のお医者さんは忙しすぎるのではないだろうかということが一点。あとはコミュニケーションについてもっと重視していく必要があるのではないかと思っています。
柳田 基本的な背景としては、ずっと戦後の医学教育というのが、医学の進歩に対応して、つまり科学技術で裏づけされた医学・医療に対応して、教育内容が知識に偏り過ぎていて、いわゆる人間教育なり、人間のコミュニケーション教育が欠落していたわけです。
 でも医療は患者があって初めて成り立つし、患者のためにあって意味があるものだから、それではおかしいわけです。全人的な医療とかホリスティックな医療とかというものを叫んできた人はずっといるのです。そういう著書も、いろいろと書かれてきています。でもそれは医学教育、あるいは卒後教育という中で、組織的に取り組まれてこなかった。
 いろいろと新しい試みがあるけれども、多くの場合、医学教育のカリキュラムをつくる人、あるいは大学のリーダーシップをとっている人は、いわば論文中心で出世してきた人が中心ですね。患者よりペーパーというか、非常にきびしい言い方ですが、そういう「ものの見方」にどうしてもなってしまっているから、遺伝子研究がこうすすんだ、だから遺伝子についてこれだけのことは少なくとも学部時代に教えなければいけないとか、あるいは免疫学についてこれだけのことをやらなければとか、そういうのが次々に出てくるわけです。
 カリキュラムの時間割りを作る段階で、そういう知識の詰めこみが優先されて、先に陣取りをしてしまう。結局、残されるべき陣地がなくなってしまうのです。そこが問題です。
平山 私の大学でも4年生まで授業が全部マスプロでした。すべて一方的に知識をつめこまれるだけの授業で、患者さんと接する際の態度教育といったものは皆無でした。そういう中で、はじめは、いいお医者さんになりたいと思っていた人もだんだんモチベーションが下がっていくのがすごくよくわかりました。そういった教育そのものにモチベーションを下げさせる要因があるように私は思います。

二・五人称の心を持って全身全霊で患者と向き合う

柳田 現代社会はすぐれて専門化された高度技術社会でしょう。それはあらゆる分野にしのびこんでいる問題です。官僚の意識とか銀行マンの意識とか、あるいは科学技術研究者の意識、それから医師の意識。みんなそれぞれ科学技術の知識を含む専門性が要求されています。
 小学校・中学校・高校の期間は、学年が低いうちは人間的な感性が大事にされ、個性が強調され、感じたことを素直に表現することを大事にされてきたのが、高校あたりからだんだんあやしくなってきます。受験勉強をしているうちにあやしくなってきて、とりあえず何科目のどれだけを覚えなければいけないということになる。
 それが大学へいって専門教育になると、専門性を強制されるわけです。専門性を強制される中で、そういう教養的なこと、あるいは人格形成的なことは学校で教えることではない、そんなことは自分で本来もっているものだとか、自分で考えるものだということになってしまって、そぎ落とされていくのです。
 そして職場に行くと、そういう人間的なこと、悲しみとか喜びとかは、まだそんなことを言っているの、いい年して何言っているのと、お前は専門家だろうと、要するにプロだろうと。プロはそんなことに引きずられるものではないというふうにして、どんどん人間性の幅をせまくされていくのです。
 これが現代社会の一つの重大な落とし穴だと思います。僕は最近、「二・五人称の視点」の重要性ということを強調しています。二人称は、あなたと呼べる親密な関係、具体的には家族とか恋人とかで、それは本当に一心同体になるくらい、病気をした人なり障害をもった人に対してかかわるわけです。
 けれども医療者というのは、本来三人称ですね。患者とは感情が同一化するような関係ではなくて、何人もあつかっている患者の中の一人で、こういう疾患だからこういう対応をするという、そういう関係です。
 しかし、患者一人一人に個別性があり、人生があり、生活がある。その一人の人間の全体をみながら、どういうふうな治療が必要で、どういう治療をやってはいけないのか、あるいはどういう人間関係を保った方がよいかということが問われる場面があるのです。そうなると、医学的な専門性についてはすごく得意なのだけれども、人間関係とかコミュニケーションとか会話となると、どうやってよいかわからない。それは俺にはできないということになってしまいます。
 とくに終末期医療をみているとそれは象徴的なのです。治療法がなくなるとぜんぜん患者に興味をもたないとか、患者から生と死の本質的なことを聞かれると、うろたえるとか。たとえば、「先生、あの世はあるんですか」などと聞かれると困ってしまうのです。しかしそれは患者にとっては本当に重大な質問だし、不安のいちばんの根源であるわけです。けれども俺は宗教家じゃないからとか、俺はまだ若いからと逃げてしまう。もっとひどいのは、そういうことを聞かれると恐いから、そばに寄らない。できるだけ短時間で済ませてしまう。
 私は忙しいのです、あなたは50人の患者の中の一人なのですよ、だからあなたに私の関心は50分の1しか向けられませんよというのは、患者は鋭いからわかってしまうのです。その医師が、自分に全面的に向かってくれているのか、全身で向かってくれているのかは、みえてしまうのです。病者というのは感覚が研ぎ澄まされて敏感なのです。忙しいからできないとか、いろいろな雑用があるからできない、患者が多いからできないというのは、逃げ口上です。
 イギリスのホスピスの心得に、「患者に接する時は、あわただしく10分費すよりも、1分でもいいから全身全霊、その患者と向かいあいなさい」というのがあるけれども、本当にいい医師の対応をみていると、さまざまな業務で大変な忙しさの中でも1分でも全身でぶつかっている。そうすると患者の満足度、安心感が満たされてしまうのです。ほんのちょっとした心遣いで患者の満足度は天と地の差の違いができてしまいます。
 その基本はさっき言ったように、患者のためにその瞬間、自分が全身全霊を傾けているのかどうか、本心から三人称でなく、二人称に近づく、二・五人称の心で対応しているのかということです。
 人間観だの、なんだのかんだのということは、そんなことは高校時代で終わりで、大学は専門的な知識と技術を覚えるところだと言われるけれども、私は違うと思います。
 科学技術がものすごくすすんでしまうと、人間の心まで変化させてしまう。あるいは社会のシステムをかえてしまう。一方では高齢化とか、核家族化とか少子化とかがすすんでいて、人々が家族の中でいろいろなものを覚えたり教えられたりする習慣が、全部、崩壊してしまっている。
 基本的な人間関係のあり方とか、あるいは人との対応というのは、それにふさわしい教育システムの中でしか覚えることができない。だから大学というのは、社会の変化の中で人間関係というのをどういうふうにつくっていかなければいけないかとか、高度な科学技術が日常の中に浸透した社会で人間はどういう問題をかかえることになるのか、それに対して専門家はどう対応すべきなのかということを、きちんと教育の中で取り組まなければいけないと思うのです。
平山 医師というのは、人間関係のプロじゃないといけないと私は思っているのですが。
柳田 そのとおりですね。

学生時代こそ生身の人間と関わる深い勉強を

平山 それで私は低学年のころから、つとめて患者さんとお話をする機会を自分で作ってきました。5年生、6年生になると病院実習のなかで患者さんと接する機会が与えられるのですが、それより以前にはそういう場はほとんどあたえられていないので、3年生の時に友だちを集めて、「患者さんと話す会」というのを作りました。東大の中にもターミナルケアに力を入れている病棟があるのですが、そこで年に4回、患者さんとお話ししたりゲームや演奏会をしたりする機会を持ったことがありました。
 その時にお知り合いになった患者さんのだんなさんで、奥さんを結局亡くされた方が、今でも私のところによく電話をしてきて、いろいろと心境を語ってくださるのです。
柳田 最近、傾聴ボランティアというのがあちらこちらで行われるようになりました。それは聞き役のボランティアです。老人で寝たきりになっている人や、ガンの末期の患者さんが人生を語り、思いを語るのに耳を傾けて聞く相手役をやるのです。
 それなりの聞き役の訓練が必要で、けっこうむずかしいのです。自分の意見を言わないこと、まして価値観の違いがあることについて、否定的になったり批判的な話は絶対しない。あなた、そんなことを考えるからだめなんですよとか、そこはもうちょっと気楽にしたらとか、そんなことも言っちゃいけない。ただ、ああそうなんですかと。そんなつらい経験があったんですかとか、それは悲しかったでしょうねとかと、相手の言っていることをそのまま肯定し、そしてそれをくり返してあげる。それが基本なのです。
 そうすると患者さんが、自分の人生をしめくくるのです。自分の人生を一編の物語のようにずっと話していって、そしていろいろなつらいことや悔しいこともあったけれど、これが人生なんだとか、ああ俺はやっぱり波瀾万丈あってここまできたんだと、これでいいかと、そういう気持ちが起こってきます。
 そうすると、あれほど痛い、痛いと言っていたはずの患者さんが、あまり痛みを訴えなくなるとか、精神の安定みたいなのがえられて、中には死を恐れずに受容することもできるようになります。
 これはアメリカでは、心理学的な背景のもとにずいぶん前から確立されたカウンセリングなのですが、それをボランティアがやっているのです。ボランティアは医学知識はゼロに等しいですね。ほとんど普通の主婦です。あるいはお勤めをしている方が、休みの日にそれをやってあげるのです。
 そういう傾聴ボランティアが、理論的に、また実践的にできてくる前の話なのですが、ガンの末期医療に早くから取り組んだ神戸の河野博臣先生が経験した話があります。見習い看護婦が、とても症状のきびしい末期ガンのおばあさんの担当になったのです。何をしたらよいかわからないわけです。腹水がたまっておなかが痛い。つらくて、うつ状態になっていて、どうしてあげたらよいかわからない。ただひたすらそばにいて、背中が痛いと言ったら背中をさすってあげるだけでした。そばに10分なら10分、15分なら15分いるだけで、そして手をにぎってじっとしている。痛いと言えば足をさすったり背中をさすったりする。そうするとおばあさんの心が開いてきて、自分の昔話とか、生い立ちとかいろいろな話をするようになってきたのです。
 そして、あれほど痛い、痛いと苦しんでいたのに、とても和らいできて、精神的にも安定してきたのです。そして、おだやかに旅立って行ったというのです。それは何を意味するかというと、見習い看護婦で何も技術をもっていないから、いちばんいいことをやったのです。下手に知識や技術をもっていると、それを使おうとする。そして、使えない患者には興味をもたなくなる。使わない接し方というのがわからない。
 一応もっている技術を背中にしまい、自分が一人の人間として患者の前に座って対応するという姿勢についても、医学部教育の中で教えなければいけない。体に身につけてもらわなければいけない基本的な問題だと思います。
平山 私もそう思います。教育としても大切なことですよね。私も地域の在宅の患者さんのお話を聞くというボランティア活動を3年間ぐらいやっていました。学生だけで患者さんのお宅を訪問して一時間ぐらいずっとお話を聞くのです。特に、まだ医学的知識のない1年生をたくさんつれていきました。大学病院の教育だけだと、学生は家から切り離されたベッドの上の患者さんしか知らないし、その患者さんの背景とか人生とかも、まったく知ることがありません。けれども、そういった体験を1年生、2年生のうちにしておくと、将来、たとえば病院で患者さんに会った時も、その人の人生とか家族関係がどうだろうとか、どんな家に住んでいるのだろうとか、そういったことまで想像できるような医者になれるのではないかと思ったのです。
 お話を聞くと、一人ひとり人生のすごいドラマがありますね。たとえばあるおばあさんは、お子さんを産んだ時に敗戦直後で、食糧もなくてお子さんがすごく小さくてガリガリで産まれたけれども、今は大きくなってよかったという話や、自分の女学生時代の話をとても生き生きとされる90歳のおばあさんとか。本当にみなさん、お話を聞いていると、ただ患者さんとしてかたづけるのではなくて、一人の人として、人生とか価値観をもった人としてみるべきだなと感じました。民医連の診療所に患者さんを紹介して頂いたのですが、本当にかけがえのない経験をさせて頂いたと思っています。

壁にあたっても理想を貫く「decided doctor」に

柳田 私はイギリスのホスピスを最初につくったシシリ・ソンダースさんと一昨年にお会いして非常に感動しました。それは彼女が、現場で悩む看護婦へのメッセージとして、「決断した看護婦」になれとおっしゃったのです。decided nurse という言葉です。これはすばらしい言葉だと思いました。彼女はどういう意味を込めて言ったのか。
 1950年代から1960年代にかけて、イギリスでもまだまだ医師たちの間で末期医療について関心がなくて、医師は治療して治る患者だけしか興味がなくて、末期の患者さんに対するターミナルケアは存在していなかった。ソンダースさんは、それではいけない、亡くなる患者さんこそ、いっときいっときが重要なのだというので、病院内で、ターミナルケアの取り組みをしようとしました。でもお医者さんたちに妨害されました。そんなことよりも、治せる人を治した方がいいんだみたいに言われたわけです。
 でもソンダースさんはそんなことを頑と受け入れないで、末期の患者さんを痛みから救うためのモルヒネ剤の新しい使い方を開発しました。その経験を生かすために、のホスピスを67年につくったのです。48歳でした。
 彼女はティーンエージャーの最後のころに、ちょうど第二次大戦の終わりごろでしたが、看護婦になりました。ところが体をこわして、しばらく休みます。そのあとに、ソシアルワーカーの資格をとって、病院にまた勤務しました。ところが20代の後半に、看護婦の地位が低いので、自分も医者にならなければ思うような医療をできないというので、医学部へ入り直すのです。30代の半ば過ぎに医師になります。そして、30代の終わりにガンの末期の患者さんを看取った時に、こんな苦しい思いをして死なないように研究してくれと言付けをもらって、それから痛みの治療に取り組んで、そして48歳で、基金を集めてホスピスをつくります。
 そのホスピスをつくる前の病院に勤務していた時、自分で率先して痛みの治療を始めましたが、医者たちから冷笑されたのです。医学というのはとにかく救える患者を救うべきだと。死ぬ患者にかかわるのは医学ではないと言われるのですが、頑としてソンダースはそれを曲げませんでした。
 曲げない自分の信念として、decided nurse 、それから decided doctor という言葉を使ったのです。自分の信念でこうやると決めたら、とにかく百万の敵が来ようと曲げないで前に進むという姿勢を貫いた。その経験があってついにホスピスもつくったのです。
 その彼女が3年前に日本に講演に来たので、インタビューをしました。
 その時に、さっき言ったような、まわりからいろいろなことがあっても、こうあらねばならないと思ったら、断固自分で腹をくくって取り組みなさいと。看護婦さんの質問に答えたということもあって、decided nurse という英語を使ったのです。
 私が今、学生に言いたいのはそれなのです。学生がいろいろと理想に燃えたり、あるいは医療とはこうあるべきだと考えて、医学部へ入る。そうするといろいろな壁にぶちあたる。教室の壁、教授の壁、慣習の壁とか医療界全体の壁とか。それに対して自分はこうありたいということを貫くこと、decided doctor であること、それが大事なことです。
平山 今日は、とてもたくさん貴重なお話が聞けて感激しています。どうもありがとうございました。


柳田邦男
Kunio Yanagida
1936年栃木県生まれ。東京大学経済学部卒。NHK社会部記者、同解説委員を経て、現在に至る。1972年「マッハの恐怖」で第3回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。1979年「ガン回廊の朝」で第1回講談社ノンフィクション賞受賞。25歳で亡くなった次男についての手記『犠牲(サクリファイス)わが息子・脳死の11日』(文藝春秋、’95年)で、菊池寛賞受賞。

平山陽子
Yoko Hirayama
東京大学医学部6年。山梨県出身。「海外で難民医療をしたい。」という思いで医学部に入ったが、日本のお年寄りの現状を見て、地域医療に興味を持つ。「家庭医」を目指し、東京民医連で今春より研修予定。趣味はテニスと絵を描くこと、カラオケ(得意な歌は中島みゆき)。

対談を終えて
受験生へのメッセージ    ●平山陽子さん

柳田さんとお話をする中で、患者さんと同じ視点に立った暖かな医療が、今、私たちに求められていることを強く感じました。
 6年間医学部で専門的な知識を身につけていく中で、人間としてごく基本的な優しさや思いやりを忘れずにいることは、じつは簡単なことではありません。しかし、そのような視点をなくしたら、どんなに高度な技術を持ってしても、患者さんを治すことはできないということも覚えておいてください。信頼の置けない医師の出す薬を、患者さんは決して飲みません。
 実は、欧米では、このような視点は30年も前から医学教育に取りいれられています。アメリカでは「コミュニケーション」の教育に、カリキュラムの1/3を割いているといいます。日本でも、多くの反省のもとに、今、医学教育の改革がいろいろな医学部で進んでいますが、現状は、まだまだ不十分なものです。
これから医学部で学ぼうとしている皆さんには、ぜひ、そのような現状を、一歩でも、二歩でも前に進める推進者になって頂きたいと思っています。そのためには、まず、自分の頭で考えて行動すること。柳田さんの言葉に decided doctorというのがありましたが、その言葉通り、積極的に行動していってください。より良い医療を作るのはみなさん自身です。そして、その方が何倍も楽しい学生生活を送れることを保証します!


PRESENT

――私は現代を「尊厳ある死を自分で創らないと人生を完成できない時代」、より簡潔に表現するなら「自分の死を創る時代」と呼んでいる。 日本人の「死の変容」の内実を、この十年余りの間に私自身の身近なところで起きたことや取材で出会った人々の生と死をとおして、深く考えつつ記録したのが本書である。(あとがきより)

読者プレゼントのお知らせ

柳田邦男先生が著書の中からぜひ医学生に読んでほしい本として選んだ「死の医学への日記」(新潮社刊)を5名の方にプレゼントします。本には、柳田先生のサインとメッセージが入っています。

●応募要項

綴じ込みハガキに住所、アンケート、必要事項を記入して投函してください。(切手は不要です)応募締切、2001年5月25日(金)消印有効。発表はプレゼントの発送をもってかえさせていただきます。



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