[特集]Special Interview
森住 卓さんと語る

多くの国がイラクからの撤兵を決めるなか、日本政府は自衛隊「派遣」の延長を決定し平和を希求する世界の世論との矛盾を深めています。またファルージャを中心に米軍による「武装勢力」の掃討作戦が行なわれ、多くの市民や医療関係者も犠牲になっていることが伝えられています。しかし戦闘や繰り返される空爆の下にいるイラクの人々のリアルな状況は伝わってきていません。そんななかほとんど報道されることの無いイラクからの視点、イラクの人々は、イラクの子供たちはどうなっているのかを発信し続けている写真家がいます。その人の名は森住卓(もりずみたかし)。イラク戦争を遡ること5年前、湾岸戦争で使用された劣化ウラン弾による被曝の被害を告発し、以降、戦時下の生活と恐怖を伝える共著「イラクからの報告」など現地からのレポートや全国各地での写真展の開催など精力的に活動されています。今回、ファルージャで 進行しつつある米軍の残虐な行為などイラクの現状や何故写真家になられたかなど、東京女子医科大学6年 平山知香子さんと加村梓医師(東京民医連・大田病院)がお話を伺いました。

 

写真

 

森住卓さん
もりずみたかし●フォトジャーナリスト。米軍基地や、環境問題をテーマに取材活動を開始。 '96年セミパラチンスクの写真で '96年視点展「視点賞」。 '99年「セミパラチンスク――草原の民・核汚染の50年」(高文研)で週刊現代「ドキュメント写真大賞」、第5回平和協同ジャーナリスト基金奨励賞をそれぞれ受賞。 '00年「セミパラチンスク――草原の民・核汚染の50年」(高文研)が日本ジャーナリスト会議特別賞。 '02年「イラク・湾岸戦争の子どもたち――劣化ウラン弾は何をもたらしたか」(高文研)出版。 '03年「イラクからの報告(江川紹子 文/森住卓 写真・文)」(小学館)出版。写真パネルを各地の公民館、平和の催しに貸し出している。同時に核実験被害の実情を講演している。現在、湾岸戦争で米英軍が使った劣化ウラン弾の被害をイラクで取材中。 ユーゴでNATO軍が使った劣化ウラン弾の被曝者取材中。

 

イラク――ファルージャ
静かだった街は、いま…
写真 写真
平山知香子さん
加村 梓医師

平山 最近の話からお聞きしたいです。ファルージャの状況は今どうなっているんでしょうか。

森住 ファルージャという町は、ユーフラテス川が町の中央を流れ、緑の豊かな落ち着いた町でした。住民も知性的で旧政権側にいた人たちも多く住んでいた、比較的裕福な人たちの町でした。イラクの中でもモスクが80もある町はめずらしい。中にはすごく大きなモスクもあって、スンニ派の人たちが多く住んでいます。サダム・フセイン一族もスンニ派だったけれど、そのスンニ派の中でも一番敬虔な人たちの町という感じです。
  ファルージャはバグダッドの西側に50キロぐらいでさらに西にはラマディ、北側にティクリートがあって一般的にスンニ・トライアングルと言われている地帯ですが、特別凶暴な人たちが住んでいるみたいに言われたりするけど、そんなことはない、本来はすごく静かなところです。
  ファルージャは3月の末からずっと米軍が町を包囲して「武装勢力の掃討作戦」をやっているけれど、「武装勢力」と言われている人たちは、町内会ごとに自警団みたいなものを作っていて米軍が入ってきたらそれを追い出す戦闘を繰り返していた、要するにアメリカの占領に抵抗している普通の人たちなんです。アメリカはアルカイダと結びついているザルカウイ氏がいるとか言って攻撃を行なっているけれど、実際はザルカウイ氏がどういう男なのか、ファルージャにいるのかどうかも分かっていない。
  去年4月にバグダッドが陥落したときもファルージャは米軍との戦闘もなく非常に静かな町だった。その後、米軍が進駐してきて敬虔なイスラム教徒であるファルージャの人たちの誇りを汚すようなことをいっぱいやった。例えば、小学校を占拠した米軍が子供たちにポルノ雑誌を配ったり、そういう写真を見せたりする、それに対して当然親は怒る。米軍が不当に学校を占拠していることに対しても「米軍は出ていけ」とデモをやったりした。全く平和的なデモだったんだけれども、それに対して米軍は発砲した、去年5月には大勢の負傷者が出ていた。そういうことからファルージャの地域の米軍に対する反感もさらにひどいものにだんだんなっていった。一方アメリカにとっては、米軍の占領に反対をする勢力の強いファルージャという地域は、大きなガンになっていたわけです。
  そんなことから国際世論向けにはザルカウイ氏がいる、アルカイダやテロリスト、武装勢力がいると、掃討作戦を始めた。だけど、そんなことは彼らがファルージャの虐殺を正当化するための口実にすぎないのです。細かなことは実際に行ってみなければ分からないけど、伝わってくることは本当に凄惨なことが多くて、例えばファルージャの町のユーフラテス川の対岸にセントラル病院があるんだけれども、そこの医師たちも攻撃されたり、逮捕されたり大変な状況になっている。
  11月から12月の米軍の攻撃でも真っ先にやられたのが、病院でした。4月の攻撃で病院に運び込まれた負傷者の写真が医師たちによって世界に発信され、ファルージャの惨劇が世界に伝わり、アメリカへの非難が強まった。今回はその轍を踏まないように、真っ先に病院を攻撃し、抵抗する医師も射殺した。

加村 イラク全体ではどんな状況でしょうか。

森住 いま、総選挙を前に、反米勢力が国内で混乱を起こし総選挙を実施できないようにしているとマスコミは伝えているけれど、占領軍への抵抗は選挙が実施されても続くと思います。中部、北部はますます、混乱が激しくなっている。米軍はファルージャや隣のラマディーの攻撃で、イラク人全体の怒りを買ってしまって、家族や兄弟を失った人々は、憎しみをいっそう強くしていると思う。自衛隊が駐屯しているサマワもより危険な状態になると思う。時間の問題です。
  イラクにはアメリカに抵抗する組織というのはどんどん出てきているけど、中心はイスラムの勢力なんです。高遠さんたちを救出するために力を貸してくれたのがイスラム協会の人たちで、スンニ派の中でも最高の権威を持っている勢力です。しかし彼らも暫定政権に対しても米軍の占領に対しても急速に態度を変えてきている。
  それからイラクの中では大体人口の6割から7割を占めると言われているシーア派、イラクの南部に多くて当初から米軍占領に反対はしていたけど、今年の3月以降から米軍に対する抵抗が顕在化してくるんです。それまでは、シーア派の指導者たちがうまく抑えていた。もう少し我慢していろ、動きを起こすのは待っていなさいと抑えていたんだけれども、もう抑え切れなくなった。
  きっかけはムクタダ・サドル師が出していた新聞が3月に発行禁止処分になったんです。シーア派の中でも一番強硬派だと言われているサドル師のグループが民兵を組織して禁止処分に対して抗議デモをやったり、それに対して米軍が介入をして発砲する。そういうのがずっと続いて、だんだんみんな武装するようになってきた。シーア派の町の中が急速に米軍との戦闘状態になった。バグダッドでいえば、サドルシティーですね。南部のナジャフとか、カルバラやバスラもそういうふうな戦争状態になっていった。占領が終わらない限りそれはずっと続くだろうと思います。

加村 米軍がいなくならない限り、ですか。

森住 そうです。そもそも、イラク戦争を始めたアメリカはサダム政権を倒してくれたことにイラク人たちは感謝していました。しかし、占領を願っていたわけではありません。もともとイラク人は外国軍隊を占領軍とみな見ている。解放軍だなどと思っていません。外国軍隊が存在していること自体がイラクの今抱えている最大の矛盾ですから。しかも、米軍はキリスト教の軍隊だと言うことでイラク人にとっては耐えられないことだと思います。

思考停止する日本の政府とメディア

平山 日本政府もアメリカに対して「掃討作戦を成功させるべきだ」という発言をしたりしています。

森住 ファルージャの虐殺を容認すると言うことは本当にひどいことです。人間として許せない発言ですね。ファルージャでこの間多くの市民の命が失われた。米軍の虐殺によって。そのことは国際法に照らしても許されることではありません。小泉という男は全く想像力の欠如した人間だと言うことを、現しています。アメリカのいいなりで、思考が停止している。そんな人間が首相をしている日本人は国際的にも見放され、いかに不幸な国民かを自覚すべきです。
  先日『朝日新聞』が、サマワ周辺地域一帯の自衛隊に対するアンケート結果を載せていて、8割ぐらいが自衛隊の存在に好感を持って受け止めているという結果だったと報じています。自衛隊がやっていること自体は、水を供給したり、病院に保育器を届けたりすることだから、それはそれでイラクの人たちは恩恵を受けるから歓迎をする。しかし基本的なイラクの人たちの考えは、サマワはあくまでイラクの1つの地方都市で、イラク全体から見ればイラクに来ている外国の軍隊は占領軍の一員として受け止めていて、自衛隊も人道復興支援ということを言ったとしても、占領軍だと基本的には見ている。
  そもそも人道復興支援というものは、支援をする側と受ける側は、基本的には対等な関係にあるはずで、そうしたなか自衛隊が武器を持っていっているということは何を意味するかというと、皆さんが危険だから僕たちは自衛のために武器を持っていますよというようなサインを出しているのに等しいわけでしょう。そこではイラクの人たちは心を開かないよね。本来の支援であれば武器を持っていく必要はない。武器を持っていくことによって、逆に危険になる。もちろん私だってヘルメットをかぶって、防弾チョッキを着て行ったら取材にならない。武装している自衛隊はそういう軍隊として見られていて、本来あるべき人道復興支援の姿ではないのです。

加村 そのあたりも日本であまり報道されていないと思うんです。イラクの人たちが米軍を攻撃する悪いやつみたいな、そんな感じのとらえ方の報道がすごく多いと思います。

森住 イラク報道での日本のメディアの前提は、「アメリカが正義」で「それに歯向かう者は悪」というような構図になっている。だから「武装勢力」という言葉もそのまま使っていて「武装勢力を1000人ファルージャで殺した」と報道されている。すでに話した通り「武装勢力」というのは僕らみたいな普通の一市民なんだよね。だから「市民を1000人殺した」ということになる。「武装勢力」を「市民」と言葉を入れ替えれば本当のことが見えてくるのです。

伝えられていないものを伝えるために

平山 そんな中で森住さんはどうして写真を撮り続けているのですか。

森住 伝えられていないものを伝える。伝えられているものを伝えたってあまり意味がないでしょう。米軍が発表した情報で歴史が書かれてしまったのではたまらない。理不尽な殺され方をした人々の側から見た歴史を記録しなければ本当のことは後世に伝わらないでしょう。
  自分たちの肉親を殺され、親、兄弟を殺された人たちがそういう占領軍に対して抵抗をしている。たくさんの人たちが今度の戦争で殺されて、一層憎しみは増大しているだろうし、米軍に対する抵抗も一層広がると思います。

加村 イラク取材のきっかけは何でしたか?

森住 98年に、湾岸戦争で米・英軍が劣化ウラン弾という新しい放射線兵器を使って、その被害がイラクに出ているというふうな話を聞いたので取材をしたいと思ったんです。その頃イラクに入るのもなかなか大変な時代だったので、ほとんど情報が伝わってきていない、誰もやっていないことでした。
  取材を続けていくと、劣化ウラン弾の被害の問題だけではなくて、イラクの歴史や文化や風土や、そういうところまでいろいろ興味が出てくる。

加村 取材を始められた98年は、劣化ウラン弾が使われてから何年経っていたんですか。

森住 7年目だった。湾岸戦争の後イラクは国連の経済制裁を受けていた。イラクはもともと石油を売って必要なものを輸入していた。医薬品もほとんど輸入に頼っていたので経済制裁で薬も輸入できなくなってきた。直接的な理由は、例えば塩素剤は化学兵器の材料になるということで輸入が禁止されてしまった。
  バグダッドの水道も塩素剤がないために消毒ができず、栄養失調などの抵抗力の弱った子どもが飲むと、簡単に赤痢になったりするんです。そうなっても薬がないのでちょっとした下痢が直接死と結びついてしまうような状況だった。また湾岸戦争後は癌や白血病が急増していて、病院に行っても毎日子供たちが亡くなっていく。みんな亡くなってしまった。

加村 下痢で亡くなるとかというのは、あまり日本では考えられないですね。

森住 下痢とか風邪で肺炎を起こしたら、抗生剤がないからすぐ死んじゃう。劣化ウラン弾の被害と経済制裁の2つが重なって、薬があれば助かるような子供たちもみんな亡くなってしまった。親たちは藁にもすがりたい思いだったから、毎日病院に行くと「薬をくれ」と言う。「今日はこれしかないんだ」と医者もつらい思いでやっている。
  80年代までイラクは、アラブの中でも医療水準は高かった。周辺のアラブの国のお金持ちはバグダッドに来て治療をするくらいの水準を誇っていた。技術的には問題なく、とにかく薬があればと。今でも状況は変わっていない。
  知られていないけど、イラクは基本的には湾岸戦争の後もずっと戦争状態だった。ほとんど伝えられていないけれども、98年12月に大規模空爆があった。それ以外にも日常的に空爆はやられていたんです。国際社会から見放されて、サダム・フセインは悪だ、イラクは危険だというのがずっと宣伝され、国民は一方的に殺されて、西側のメディアはイラクから発信する情報というのは全く無視していた。そういう一方的に殺され、それに対して何も言えない理不尽さというのは、やっぱり誰かが伝えないといけない。そういうことを伝えたいと思いました。

戦場のくらし、そのなかの子どもたち

平山 最近イラクに行ったのはいつなんですか。

森住 最近は7月で短期間だけでした。町もほとんど1人で歩くことができなかった。これは、ずっと探していた砂漠のきのこ。カマという砂漠の中に生えるきのこなんです。

平山 砂漠で生えるのですか。

森住 そう、雨が降るからね。12月の末ぐらいからずっと雨が降るから。雨季だから。南部の砂漠地帯でとれるんだけど、劣化ウラン弾の影響について取材を進めているときに探したんです。キノコは放射性物質を一番取り込むんだよ。実はこれすごくうまい。トリュフと似ていて土の中に生えているんだよ。

平山 じゃあ、掘らないと見つからないんですか。

森住 うん。見つけに行って、ようやく今年達成した。

加村 でも、これを食べると被曝しちゃうということですか。

森住 うん、そう。
  この子は、白血病の男の子で、アブドウール君という5歳の子なんだけど、去年の夏に発病して、これがお母さん。白血病の治療はお金がかかるから、家族、親類縁者のお金を集めて治療をやっていた。お父さんは、去年の秋に武器の密売に手を出して、米軍に捕まっちゃって、それで今刑務所に入れられている。

平山 行くたびに同じ子供を撮るのですか。

森住 そういうのが多いです。この村は、バグダッドから南に50キロぐらい行った村で、去年の4月の戦争のときに、米軍がバグダッドに北上してくる途中の村なんです。この村は前線になった。4月3日ごろに戦闘が起こって、イラク軍がここに布陣を張って、村が戦場になってしまった。そのときに米軍は動くものは何でも撃った。牛も撃たれちゃうから、女性が自分の庭に出していた牛を牛小屋に入れようと思って庭に出たとき撃たれてしまったんです。
  これは、クラスター爆弾の子爆弾。この村も、ものすごくたくさんのクラスター爆弾が使われた。不発弾がたくさんあって処理をしていないから、畑を耕すのも危険でやめてしまった。この中にクラスター爆弾の子爆弾がたくさん入っている。これは地上から発射されるロケット砲。空中でクラスター爆弾が飛び出して、周辺に散らばって、爆発するんだけど、不発弾として残る確率はすごく高い。こういった農村であれば、耕作中に鍬で触れた瞬間に爆発したり、トラクターで踏みつけて爆発したり、子供が知らないで遊んで爆発したり、戦闘が終わっても被害がずっと出ているんだよね。

平山 最初、攻撃目標はピンポイントとか、軍事施設だけとかと言っていましたよね。

森住 全くそういうことじゃないからね。これは、子供たちが、危ないから自分たちで回収したの。それを、これから灯油をかけて爆発させるんだけど。いつ爆発するか分からないわけだけど、彼らは大丈夫だからと言って拾ってくるんだよ。
  この子はムハンマッド君(写真)。もう失明しちゃったんだけれども、去年の4月3日、昼間戦闘になって夕方戦闘が収まり静かになったところで、村の人たちは村を脱出する。彼もお母さんと一緒に一族20人ぐらいで夕方隣の村に逃げるんだけれども、後ろから米軍のヘリが来て、全員撃たれた。水路の中に倒れ込んで彼だけが助かる。撃たれちゃうから翌日まで村人は助けに行くことができなかった。背中を撃たれていたけれど彼は生きている。

平山 精神的に普通ではいられなくなってしまうのではないかと思います。

森住 そうだと思うよ。そういう子供たちはいっぱいいる。つらいよね。

理不尽な死が許せないから

平山 イラクより前にセミパラチンスクにも行っていますが、きっかけはあったのですか。

森住 セミパラチンスクも核実験場の被害の村だけれども、全部秘密にされていた。あそこの人たちは、自分たちが癌になったり、白血病になったりしても、その原因すら、医者も核実験の被害だと分かっていてもはっきり言えなかった。

加村 住民には隠されていたということですか。

森住 うん。そういう被曝者たちは本当に沈黙せざるを得なかったわけで、そこでたくさんの人たちが無念の死を遂げたというか、さっきみたいに理不尽な死に方をしたわけです。だから、そういう人たちの声はきちっと伝えるべきだし、全く知られていないところで残虐なことがやられていた。しかも、そういう行為に対してだれも責任をとらないわけだから、そういうのは許さないという思いだよね。そして、やはり誰もやっていない仕事だからというのもありました。

加村 写真家をいつから目指したのですか。

森住 写真で表現するということはどういうことなのかということがだんだん分かってきたのは、ここ10年というところかな。その前はやっぱり無我夢中でやっていただけで、写真で食おうとは思っていたけど。あれよあれよという間になった。気がついたら写真家だった。

加村 写真家として、理不尽な死をしている人を伝えていきたい。まだまだ知られていないようなことがほかにもいっぱいあるんですよね。

森住 いっぱいあるよね。日本にだって、広島、長崎のことだって知られていないことがいっぱいあるよ。被害の実態も伝えられていないことはいっぱいある。

戦争の本質を見極めよう

写真
「砂漠のキノコ」、クラスター爆弾などの写真をパソコンの画面でみせていただきながら

平山 香田さんは殺されてしまいました。「自己責任」とか本人が悪いというふうな報道が多くて、私自身は彼のせいだけじゃないと思うんです。

森住 彼の個人的な軽率な行動はだれも否定できないわけだけれども、そこでその問題を終わらせたのでは、あの事件の本質は全く見えてこないでしょう。彼をそういうふうに死に至らしめたものは何だったのかということは、自衛隊がイラクに行っていること、それから、アメリカがイラクで戦争を仕掛けたことが最大の原因なわけだから、そこがきちっと議論されずに、香田さんの軽率な行動だったんだというところで終わってしまったら、一番喜んでいるのは誰なのか。だけど、それは本質じゃないよ。あの事件をきっかけにやっぱりこの戦争が何だったのかということをとらえることが必要で、小泉首相なんかは、はなっから香田さんを助けようなんていう気持ちはなかったと思います。自分の政権の座を維持するために自衛隊の撤退なんてあり得ないという立場だったでしょ。

加村 戦争ってすごく理不尽です。何でこんなことが起きたり続いていたりするんだろうって。利権がいろいろ絡んでいるのでしょうか。

森住 実際に行って見ていると、戦争って一番簡単で、最高にもうかるビジネスだよねって思います。とにかく全部壊すわけだから。そして、またつくる。クウェートからバグダッドに向けてハイウエーを何十台というコンボイを組んで、コンボイというのはトラックのことだけど、それであらゆる物資をどんどん運ぶわけ。あの物資は新しくアメリカが買い付けたやつ。ものすごい量。すべての物が必要になる。

加村 そうですね。食べ物から衣類から。武器だけじゃなくて。

森住 そう、武器だけじゃない。でも武器が一番効率よく儲かる。

加村 ビジネスチャンスなわけですね。

森住 そうだよ。最高のビジネス。

平山 自分たち学生や特に若い人はそういう「ビジネス」という部分は見えていない、日本はそういう戦争とは関係ないというふうに思ってしまっているけど、そんな私たちも間接的には香田さんの死に加担しちゃっているのかなと思う。

森住 関係なくはないんだよ。イラクへは沖縄の海兵隊が行っているわけだし、それから、日本の横須賀や佐世保の米軍基地からだって艦隊がどんどん出ている。三沢からもF‐51戦闘機が行っている。だから、日本の税金でその基地を維持してやっているわけです。
  さらにどんどん税金が上がるけれど、黙っている。やられっぱなし。普通だったら暴動が起こってもおかしくないくらいに思うのだけれど抵抗もしない。あえて過激に言えば、暴動を起こせる国民のほうがよっぽど健全じゃないのかな。

加村 最後にメッセージをお願いします。

森住 まず、真実を知ること。支配者は言葉を支配します。言葉遣いで真実を覆い隠します。だから、真実を捜すには言葉の意味をしっかり見極めないといけないと思う。たとえば「国際貢献」と言う言葉をそのまま使えばとてもよい言葉だけれども、小泉が使うと「ブッシュへの貢献・アメリカへの貢献」と言うことになり、「武装勢力」と言う言葉は「市民」に置き換えれば、使われている本当の意味が分かってくるし、そこで起こっている事実が見えてくる。支配者の使う言葉にだまされない、真実を見極める確かな目をもって欲しい。もう一つは、群れないということ。自分は自分であること。周りに染まらず自分の意見を持つこと。そして、意地を張ること。

森住 卓さんとの対談を終えて

日本では報道されていない 悲惨な状況を知り…

今回のインタビューでは、写真を見せていただきながらイラクの現状を説明していただき、日本では報道されていない悲惨な状況を知りました。家族が殺され自分だけ生き残ってしまった子どものこと、報道されているイラク国民の意識調査からは見えてこない人々の思い、戦場では医師が無力である事実など。そして、その現状や香田さんの死が、私たち日本国民の責任でもあるということを聞き胸の詰まる思いでした。 日々の現実の中では、遠いイラクの人々の恐怖や苦しみは他人事のように思ってしまいがちですが、人の命と向き合う医師・医学生が戦争で多くの命が奪われていることに無関心ではいけないと強く感じます。私は、学生時代の様々な活動の中で、現状に対して何かしたいと思っている多くの学生と出会ってきました。そういう人たちと一緒に医師として、1人の日本人として森住さんのように「戦争は起こしちゃいけない!」という思いを発信していきたいと思いました。

平山知香子
東京女子医科大学6年
ひらやまちかこ●部活はバレーボール、ワンダーフォーゲル。趣味は自転車、歌、手芸等。大学入学後、薬害、公害、ハンセン病、被爆者等、病気を抱えた弱い立場の方々が裁判を起こさなければならない現状と出会ったことが医師像や人生に大きく影響しました。


平和でなければ 医療は成り立たない

昨年3月、私はアメリカがイラク戦争を開始したことを病院のベッドの上で知りました。息子を出産した翌日のニュースでした。そして、両足・両腕を失った少年、アリ君の姿も目に焼きつき、涙があふれたのを忘れられません。
その後1年8ヶ月、戦争状態が続いています。しかもそれ以前から戦争状態だった、と森住さんから聞き、想像を超える生活をイラクの人々が強いられてきたのだと知りました。
イラクの人々はアメリカからの攻撃をどのように感じているのか。今、アメリカの「掃討作戦」で次々と親族や友人の命が奪われている、本当に理不尽に命が奪われている現実です。アメリカに憎しみが生まれるのは当然です。そのアメリカに加担している日本も敵視されて当然だと思いました。
日常診療では、どの検査をしどの薬を選択すべきか、日々頭を悩ませます。ひとたび病気になった患者さん、生死をさまよう患者さんをスタッフとともに元気にする(もちろん、ご本人の生命力が基本ですが)ことは、大変なマンパワーがいるわけです。一方、イラクでは銃撃一発で殺されていく命がある。本当に許せないことで、医療というものは平和でなければ成り立たないという思いを強くしました。イラク戦争反対、その言葉につきます。

加村 梓
大田病院・医師
かむらあずさ●高知医科大学2002年卒業。趣味は映画・スポーツ鑑賞、特技はどこでも眠れること。好きなものはお菓子・猫、嫌いなのは理不尽なこと

写真

 



HOME臨床研修病院紹介実習案内・奨学生制度医学生のつどいイベント・情報メディウイング全日本民医連TOP