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民医連新聞2010年1月4日/1467号
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キラリ民医連の医療・介護

がん末期の自宅療養156日をささえる

栃木・医療生協介護サービスセンター虹 金田千恵(介護福祉士)

 脳梗塞左麻痺のある女性Aさん(77)は、入院中の検査でステージWの大腸がんが見つかりました。仕事が忙しく、ほとんど家にいない長男と二人暮らしです。家族の協力が得られない中、本人の希望を受け止め、在宅での療養を一五六日間ささえました。
 Aさんは、糖尿病があり、一九九五年に脳梗塞を起こして左片麻痺に、その後、大腿骨を骨折し車イス生活になりました。二〇〇一年から、買い物や掃除のために、当事業所からヘルパーが訪問を始めました。がんのことは本人に告知されませんでした。本人の希望もあり、症状が落ち着いたところで、〇八年五月、退院しました。
 退院の日から、ヘルパーの訪問を再開しました。Aさんは家に着くとすぐに、「ラーメンをあなたといっしょに食べたい」と言いました。戸惑いましたが、一人前の出前をとり、職員も少し味見をしながら、膝をつき合わせて食事しました。「長い間ずっと一人で食事を摂ってきたんだなあ」と、あらためてAさんのこれまでの生活について考えさせられました。
 七月に入ると食欲が低下し、吐き気の訴えが増えてきました。でも入院したくないという思いから、「ガマンできるから、先生には言わないで」と訴えました。症状は続きましたが、Aさんは「車イスで過ごしたい」「梅酒が飲みたい」など希望も多く出され、家族も「できる限り本人の希望通りにしたい」とのことでした。
 訪問介護では一日に朝昼夕の三回訪問しました。訪問看護師や診療所と相談しながら、慣れたヘルパーを派遣し、特例で日曜日も訪問しました。激しい心身の変化に薬や福祉用具が頻繁に変更になり、そのつど連絡ノートに記入し、スタッフ間で情報を共有しました。
 一〇月になると、腹痛がひどく、座位も困難になり、麻薬も導入されました。「お餅が食べたい」との希望が強くありましたが、危険だからと止められていました。しかし、どうしてもと再三の要望があり、医師の了解を得てヘルパー見守りのもと、あんころ餅を一つ食べることができました。翌日、Aさんは「お餅食べて先生怒っていなかった?」と聞き、「おいしく食べられて良かったねって言ってましたよ」と答えると、本当に嬉しそうに満面に笑みを浮かべて眠られました。ヘルパーとしてAさんを支援できてよかったと心から思える瞬間でした。
 それから一週間後。緊急入院となり、息子さんに見守られながら亡くなりました。

 

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