いつでも元気

2010年6月1日

(得)けんこう教室/タバコは百害あって一利なし(上)/さまざまな臓器に障害をもたらす

窪倉孝道 神奈川・汐田総合病院 脳神経外科

 本誌2005年7月号で私が「禁煙のススメ」を書いて以来、医療費削減と同時に、国民の健康増進を図る観点から、特定健診や特定保健指導の制度が導入さ れました。メタボリック症候群に健診をしぼっているなどの問題もありますが、健診結果による指導を強めた点は評価できます。また、新しい禁煙治療薬の臨床 導入、地方や国レベルでの受動喫煙防止の動き、タバコ病裁判の判決などの前進面がありました。
 しかし、現代人の健康問題に重大な影響を及ぼし続けている「タバコ問題」へのとりくみは、なお道半ばです。新しい変化にも触れながら、いま一度タバコ問題についてお話したいと思います。

有害物質、200種類も

 タバコに含まれる有害物質として認定されているものは200種類近くあります。なかでもとくに健康に害があるとして注目されているのがタール、ニコチン、一酸化炭素、刺激物質と微細粒子です。
 タールには多くの発がん物質が含まれています。付着した部分のDNAを傷つけ、がんを誘発します。喫煙者のがん発生の危険は、肺はもちろん各種臓器で非喫煙者の何倍にもなることがよく知られています()。
 ニコチンは鼻や口の粘膜、肺や皮膚のどこからでも血中に移行して、数秒で全身の臓器に達します。母乳や胎児へも移行します。ニコチンは交感神経を刺激し、血管の収縮と血圧上昇、心拍数の増加をもたらします。
 ニコチンは脳神経に影響しやすく、ドパミンをはじめとする多くの神経伝達物質の分泌を促します。ドパミンは人に快感や報酬感をもたらす物質です。タバコを吸わずにはいられない、つまり「ニコチン依存症」の主な原因のひとつになると考えられています。
 タバコの煙には1~3%の一酸化炭素が含まれています。一酸化炭素は酸素を運ぶ血中のヘモグロビンと強く結びつき、酸素の運搬能力を低下させ、体内の細 胞などでの酸素の活用を妨げます。そのため喫煙は慢性的な酸素欠乏状態を生み、運動能力を低下させます。酸素の欠乏を補おうとして赤血球が増加するため、 血栓症(血管が詰まる)が起きやすくなります。また活性酸素の増加、「善玉コレステロール」の減少のほか、血管内側の壁を傷つけたりして、全身の動脈硬化 を進行させます。
 微細粒子刺激物質は、気道や肺の組織に障害をもたらします。喫煙者が肺に直接吸い込む主流煙に対し、タバコの火のついた先から立ちのぼる煙(副流煙)は有害物質の濃度がかなり高く、受動喫煙の害が大きくとりあげられている理由にもなっています。

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人体、健康への悪影響

 以上のように、タバコ中の有害物質がもたらす影響により、タバコはがんだけでなく、脳神経、循環器、呼吸器、生殖器、運動器などのはたらきそのものに障害をあたえます。糖尿病やメタボリック症候群などの発症にも影響します。
 タバコによる健康被害は年をとるほど深刻化します。英国の男性医師を対象にした「喫煙および禁煙年齢と死亡に関する調査」では、35歳男性の寿命が喫煙 により10年間短くなることが明らかになっています。学術誌『Lancet』に載ったPeto等の論文によれば、日本でタバコが原因とされる年間死亡者数 は、2000年には11万4200人(男性9万人、女性2万4200人)に達しています。これは死亡者数全体の10数%を占め、交通事故死の10数倍、自 殺者の3倍以上です。
 また喫煙により、老化と関連深い肺機能障害、免疫の低下、脳の萎縮、白内障、難聴、皮膚のしわ、体力の低下などが進行・悪化することも知られています。
 さらに女性の喫煙は、肌荒れやシミ、しわなど美容によくないだけでなく、次世代への影響が大きいことから重大な問題です()。つまり、喫煙により女性ホルモン分泌が抑制され、不妊になりやすいのです。また、母親が喫煙すると胎児への低酸素症を招くため、周産期異常が増えることが知られています。また、母親が喫煙する家庭では受動喫煙によって、小児ぜんそくが増加します。
 これらはタバコが現代人の習慣や風俗の問題を超えて「人のいのちと健康」「社会の保健予防」の問題に直結していることを意味しています。まさに「喫煙は予防可能な最大の健康阻害因子」なのです。

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禁煙のメリット

 百害あって一利なしのタバコですが、禁煙すると短期的にも長期的にもさまざまな健康上のメリットが得られます。
 禁煙後わずか数時間のうちに一酸化炭素レベルは非喫煙者と同等になり、数日経過すると味覚や嗅覚が回復してきます。1~2カ月後には咳、息切れ、喘鳴 (ゼーゼーいう)といった慢性気管支炎の症状も改善し、2~4年後には高まっていた冠動脈疾患のリスクが喫煙者に比べてかなり低下します。さらに5年後に は、肺機能の低下速度が非喫煙者と同レベルになり、高まっていた肺がんのリスクも明らかに低下するのです。
 こうした身体症状の改善だけではなく、タバコの保持や補給の心配、喫煙場所の確保、金銭的負担などの問題が解決し、家族間のストレスも軽減して有形無形 のメリットが多く生まれます。まず何よりも、喫煙習慣からの開放感、健康感をとり戻せることが大きいと思います。

■次号では、禁煙療法や日本における禁煙のとりくみ、タバコ病裁判の意義などについてお話します。

いつでも元気2010年6月号

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