いつでも元気

2010年7月1日

(得)けんこう教室/タバコは百害あって一利なし(下)/「無煙社会」の実現に向けて

窪倉孝道 神奈川・汐田総合病院 脳神経外科

やめられないのは喫煙の習慣化

 タバコがやめられないのは、喫煙が習慣化して心理的に依存してしまうこと、ニコチンの精神神経作用のために身体的にも依存してしまうことが主な原因です。さらに、喫煙と喫煙者をとり巻く社会環境も無視できません。
 前号で述べたように、ニコチンは脳神経に影響しやすく、心拍数の増加、血圧の上昇などを引きおこす一方で、ある種の高揚した快感をもたらします。
 ニコチンには不快な作用もありますが、快感を強く感じやすい人には喫煙行動を繰り返させる力として作用します。喫煙を重ねることで習慣化し、覚醒剤などと同様に「やめようと思ってもやめられない」依存状態をつくり出すといわれています。
 同時にこうした喫煙行動には、世間一般の「タバコはかっこいい」などの喫煙に対する肯定的なイメージが大きく関わっています。生育環境、タバコ広告、社会の喫煙に対する風潮などが強く影響していると考えられています。

「禁煙支援プログラム」とは

 最近の禁煙支援プログラムは、人間の行動に働きかける従来の「行動療法」と、禁煙時のつらい離脱症状(イライラする、眠れない、無性にタバコが吸いたくなるなど)を軽減する「禁煙補助薬」を組みあわせておこなうようになりました。
 禁煙補助薬は、ニコチンを投与するニコチンパッチ(貼り薬)やニコチンガムが有名です。最近では、脳神経系に直接作用してニコチンをブロックする「次世 代禁煙治療薬」も内服薬として使用できるようになりました。この薬はニコチンのもたらす高揚感や快感をブロックするので、タバコ本来の不快感を際立たせ、 「タバコがおいしくない」という状態を引きおこします。鼻咽頭炎、吐き気、頭痛などの副作用がなければ、3カ月程度続けて服用することで5~6割の人が禁 煙を達成できます。
 しかし禁煙支援プログラムに不可欠なのは、やはり本人の主体性、やる気です。これを引き出すために医療者側の行動療法によるアプローチも重要となります。
 のように、禁煙に至るまでの行動プロセスを「無関心期」「関心期」「準備期」「実行期」「維持期」の5段階に分け、患者さんの段階を見極めながら、それぞれにあったアドバイスや力づけのサポートをおこないます。
 この5段階のアプローチは、喫煙をはじめ、食事・運動・飲酒などの生活習慣の改善を促す慢性疾患指導のツールとしても利用されています。禁煙治療をおこ なう保険医療機関ではこうした適切なサポートが必須です。このような禁煙支援プログラムの普及はまだ不十分で、どこの医療機関でも標準的にとりくまれるよ うになってほしいものです。

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社会的視点から見た喫煙問題

kenkou_2010_07_02 以上述べてきたように、タバコの健康被害はたいへん大きく、はっきりしているにもかかわらず、いまだに国民に広く販売され続けています。根本的には、「喫煙者が悪い」という個人の問題にとどめるのではなく、より大きな社会的視点から喫煙問題を解決することが重要です。
 2003年5月1日に施行された「健康増進法」により、公共施設等、多数の人が利用する施設の管理者に受動喫煙防止義務が課せられたことは前進です。こ の措置で、分煙・禁煙の機運が高まりました。しかしながら、実効性が乏しかったのも事実です。
 これに対し、神奈川県では2009年3月、「公共的施設における受動喫煙防止条例」が成立し、施設管理者の義務と違反に対する罰則を定め、ことし4月から実施されています。
 共同通信の全国知事アンケートによれば、7府県が受動喫煙防止を目的にした独自の条例制定を検討しており、18人の知事が罰則付きの法規制を「国がすべ きだ」と答えています。また各自治体レベルでのタクシー禁煙化も進みました。
 厚生労働省も、2009年3月24日、「受動喫煙防止対策のあり方に関する検討会報告書」を発表。受動喫煙が死亡、疾病及び障害を引き起こすことは科学 的に明らかであること、並びに受動喫煙防止で急性心筋梗塞等の重篤な心疾患の発生が減少したという外国の報告などに言及し、受動喫煙防止対策をいっそう推 進して実効性を高める必要があるとの認識を示しました。

「タバコ病」は国にも責任

 2005年に提訴された「タバコ病をなくす横浜裁判」は、提訴から5年を経て2010年1月に判決が出されました。1993年当時は、タバコ会社が有害 性を認識できなかった、古くから社会的に許容されていたなどの理由から原告敗訴という結果でしたが、「タバコが肺がんの極めて有力な原因の一つであり、肺 気腫のリスクを著しく高めること、…タバコの依存性は決して軽視することができない程度のものであること…」と、タバコの有害性・依存性を認めました。
 「未成年者からタバコ病をなくす」ことをはじめ「無煙社会の実現」に向けたこの裁判闘争は、個人のたたかいを超えた社会的意義をもっていると思います。
 こうした貴重な前進の一方で、タバコ販売業者が喫煙の有害性や依存性を直視せずに、社会には吸う人と吸わない人がいることを前提にしたマナー広告・宣伝 に莫大な経費をかけています。「無炎・無煙」のタバコの新たな販売に乗り出していることにも注意が必要です。
 わが国はタバコ販売により2兆数千億円の税収を確保していますが、それを上回る経済負担をもたらし、何より大切な国民の健康を損なっています。いまこそ WHOの「タバコ規制枠組条約」の批准国として恥ずかしくない、国を挙げての総合的なタバコ対策を実施する時期にきているのではないでしょうか。
イラスト・井上ひいろ

いつでも元気2010年7月号

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