民医連新聞

2008年2月18日

相談室日誌 連載256 生活保護制度を守る運動を 久保 哲

「昨日、時間外に救急搬入されたAさん(五〇代・男性)がホームレスみたいです。至急、相談に乗ってください」。朝一番にかかってきた電話は病棟師長からでした。
 Aさんは「お酒を飲んだら気分が悪くなって、駅前の交番で救急車を呼んでもらった。警察官が『健生病院に行きな』って言った。お金はないし、家族もおら ん」と話しました。私は生活保護制度を説明、Aさんの意思を確認して前日付けの申請を行いました。
 Aさんは胃潰瘍でした。調子が悪くなったら救急車で病院に行き、治りきらないうちに退院、治療中断を繰り返していたようです。以前に入院した病院は、 「行路病人扱いで処理をした」とのことでした。主治医は「一カ月以上入院して、治しきってから退院してほしい」と伝えました。そのことを保護課の職員に伝 えると、「入院中だけ保護を認める」とわざわざ念を押しに来ました。
 このころから、無口なAさんが少しずつ話し始めました。数年前までタクシーの運転手でしたが、会社の人減らしのため失業したこと、ケガをして入院してい る間、家賃が支払えず、家主が荷物を整理してしまい、住む家も失ったこと、寝場所にしていた公営地下駐車場は警備員の見廻り時間が決まっているので、警備 員がいなくなった後に場所を確保していたこと、冬は寒くて寝られない日が続いたことなどを話してくれました。
 私はAさんに「家を探して、生活を変えよう」と言い、何度も励ましました。最初は「元の生活しか考えられない」と、あきらめ気味のAさんでしたが、病状がよくなると自分から「家を探したい」と話すようになりました。
 徳島市の住宅扶助基準は二万九千円。Aさんには保証人がいないので、住宅探しはなかなかすすみませんでした。日ごろからの協力者である知人に相談する と、保証人を引き受けてくれました。現在、Aさんは退院し、新しい生活を始めています。
 徳島県は厚生労働省の調査で、ホームレスの増加率が全国一位なのに行政は無策です。生存権を脅かす政府の生活保護制度の改悪は許せません。生きる権利を守る運動を広げていきたいと思います。

(民医連新聞 第1422号 2008年2月18日)

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