民医連新聞

2008年5月19日

31人はなぜ死亡したのか? ――全日本民医連・国保死亡事例調査から

 全日本民医連は、二回目の「国保死亡事例調査」(二〇〇八年三月二一日発表)で、二〇〇七年中に少なくとも三一人が死亡したこと を明らかにしました(一八県連から報告)。その背景に何があるのか、二事例を報告した鳥取生協病院のSWといっしょに考えました。(板東由起記者)

「無保険・電話止められ」

鳥取生協病院の事例から

貧困だから国保料滞納

 アルバイトの長男とアパートで暮らしていたAさん(五〇代・女性)は、数年前にリストラされ、 無保険でした。高額な借金があり、遺族年金(月約九万円)は借金返済に消え、生活費にまでまわりませんでした。〇七年一月から乳房の腫瘤に気づきました が、お金の心配と治療の怖さで受診できず、ガマン。四月ごろから寝たきりになり七月、同院に救急車で運ばれ入院。乳癌でした。
 Aさんは「生協病院に相談しようと思ったけど電話も止められて…」と、泣きながら話しました。長男は国保でしたが、保険料はアルバイトで払える額ではな く、滞納金は一六万円。Aさんは遺族年金と同居する長男に収入があるので、生活保護の対象にはなりません。
 SWの橋本綾さんは「無保険になる理由には、生活を維持できないほどの貧困がある」と指摘します。
 入院後、SWが長男の国保に加入手続きし、なんとか一万円を国保係に納めました。短期証が発行されましたが、それは二カ月間という期限付き。入院費は高 額療養費の委任払い制度を利用しようと考えましたが、市は「滞納があると委任払い制度は利用できない」と、申請を受理しませんでした。
 「経済的に困っているからこそ滞納もするし、委任払い制度も利用したいのに。低所得者層の救済制度が弱い」と、橋本さんは憤ります。
 症状はかなり進行していて、Aさんは亡くなりました。

狭き門の生活保護

 八〇代の母親と精神障害のある弟と暮らしていた自営業のBさん(六〇代・男性)は、体の痛みや 呼吸のしづらさなどの症状が続いていました。しかし経営が悪く、無保険だったのでガマンしていました。一カ月約一三万円の年金のうち四万五〇〇〇円を借金 の返済にあて、その残りと母親の年金(約八万円)で生活していました。
 母親が転倒による骨折で入院。Bさんは生活保護の申請をしましたが、一〇万円ほどのわずかな預貯金があるという理由で、受理されませんでした。生活保護 課は「手持ち金が底をついたら再度申請して。一〇万円あればあと数カ月は暮らせる」と。このお金は、Bさんが「母親が亡くなった時の葬儀代に」と貯めてい たお金でした。
 母親の入院費と自分の体のことで相談に来たBさんに、SWの横川直也さんは「お金のことは心配しなくていいから、まず治療しよう」と、入院をすすめまし た。横川さんが生活保護の申請についての交渉や国保課と話し合いをしている最中に、Bさんは亡くなりました。
 生活保護が開始となったのはBさんの死亡後です。

***

 AさんもBさんもSWと顔見知りでした。それでも相談に来ることさえ敷居が高かったのでしょうか。橋本さんは「それほど事態は深刻なんだ」とショックを 受けました。「命にかかわる制度の悪さや事態を職員に知らせ、共通認識にしなければ」と考え、相談件数や内容、相談者の声などを月報に載せ、機会あるごと に事例を知らせています。

受診控え、手遅れ

民医連の調査から

 〇七年「国保死亡事例」調査の概要はグラフの通りです。いずれも「受診を控えたために手遅れとなり、死亡に至った」事例です。
 「自営業の男性は不況で廃業。アパート代も払えず工場の一画に住み、資格書だった。動けなくなって受診したが死亡」「新聞拡張員の男性はノルマが果たせ ず、収入は生活保護基準以下。無保険。家賃の支払いや食事もできなくなり、病状が悪化して死亡」。
 職を失い、収入がとだえたうえに病気に。保険料や医療費の自己負担が払えないため、受診が遅れたり、中断していました。
 今回の調査から見えてきたことは、国保の滞納者は、すでにその時点で医療を受けるにも生活するにも困窮している人がほとんどということです。しかも、治 療や支援を必要としている人たちに手を差しのべる仕組みが弱いことです。生活保護制度の縮小政策と高い国保料が深く関係していました。
 〇七年は定率減税の廃止や老人控除の廃止による増税、それに連動した国保料(税)や介護保険料の引き上げで、高齢者や低所得者の負担が増えました。
 国保料の滞納世帯はますます増えています。滞納世帯への制裁措置として、短期証や資格書も増えています。国保滞納世帯に就学援助を行わない自治体もあります。
 保団連が〇六年度に資格書を交付された人の受診率を調べたところ、一般被保険者の五一分の一でした。資格書ではかかれないのです。
 全日本民医連「国保死亡事例」調査は、各種マスコミが関心を持ち、大きく取り上げました。全国各地での国保改善運動を勇気づけ、「国保料を引き下げた」 「母子家庭や就学児童への資格証明書の発行を中止させた」など成果も出ています。
 全日本民医連・湯浅健夫事務局次長は「事例を見逃さず、社会的告発を続けて、制度の改善をしていこう」と話しました。

自治体懇談、交渉で資格書ゼロに

 四月一九~二〇日、京都で「国保改善運動全国交流集会」(社保協主催)が開かれ、各地の状況や活動を交流しました。

各地で国保料値上げの動き

 奈良県の代表は「全体の三分の一にあたる一三自治体で、後期高齢者医療制度に便乗して国保料の値上げがされている」と発言しました。
 長野県では一九市のうち、六市が国保税率を引き上げました。「所得一二五万円、固定資産税三万円の三人世帯(四〇歳未満)」で佐久市三二%、東御市二 五%、諏訪市二四%…と大幅な値上げです。しかも、東御市と諏訪市は三年間税率を変えなくてもいいように、医療費ののびを大きく見込んで引き上げました。
 長野民医連の平澤章さんは「市町村の動向をつかみ、運動を続けるため、五月一一日の県社保協主催国保改善運動全県活動交流集会を成功させたい」と話しました。

犠牲者出さない運動を

 京都では昨年秋に「国保料引き下げ署名実行委員会」を立ち上げ、二カ月あまりの間に一八万の署 名を集め、市長に提出。二月に行なわれた市長選挙で、大きな争点となり、京都市は基金取り崩しと一般会計からの繰り入れで、一人あたり平均一万円の値下げ を実施しました。保険料が安くなる世帯は約二二万世帯(約九六%)です。
 埼玉では、さいたま市が〇五年の合併で、合併相手の市が発行していた資格書が問題になりました。それをゼロにしようと運動し、市と定期的に懇談、交渉を 繰り返しました。二月、さいたま市は資格書発行ゼロを実現しました。
 二〇〇九年度から自治体財政健全化法(地方公共団体財政健全化法)が施行されます。これにもとづき、国保料、水道料金値上げ、ゴミ袋有料化、施設利用料値上げなどを検討している自治体が急増しています。
 国保会計で大きな赤字をかかえている自治体は、赤字解消のために保険料(税)徴収をすすめ、資格書発行や差し押さえなどのペナルティーをいっそう強化する可能性があります。
 社保協は国保への国庫補助増額を国に求める運動、自治体に減免制度の拡充、短期証・資格書発行させない運動を強めようと呼びかけています。

(民医連新聞 第1428号 2008年5月19日)

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ