民医連新聞

2008年9月15日

相談室日誌 連載269 手元にお金はあるけれど… 緒方 弘征

Aさん(三〇代・男性)は、幼少のころに交通事故に遭い、左足が不自由です。家庭環境も複雑で、高校卒業と同時に就職、一人暮らしを始めました。しかし 不況で退職、派遣会社などを転てんとされました。障害のため長期的に働くことができず、気がつけば、多額の借金を抱えていました。弁護士に相談、自己破 産、生活保護を受給されるようになりました。
 「足が痛い」とAさんが感じたのは昨年の一二月はじめです。弁護士の紹介で、当院に電話がありました。「足の力が急に抜ける。身体障害者手帳は六級を 持っている」など、淡たんと話されます。しかし、相談の核心を話そうとはされません。そこで自宅を訪問させていただくことにしました。
 訪問すると、Aさんは、両脇の松葉杖をささえに出てこられました。Aさんが私と同じような年齢であることに戸惑いました。「松葉杖での買い物は、大変で しょう?」と投げかけると、少し間を置いて、Aさんは「ハイ、お米を買いに行くことができません。急に足の力が抜けるんです、時どき…。その時どきがいつ か分かりません。力が抜けると、バランスを崩し、転んじゃう。転んでも誰も助けてくれない。車に轢(ひ)かれそうでも。それが怖くて、買い物に行けないん です。お米も底をついてしまった。でも、お金はあるんです」と、一気に話されました。
 私はAさんといっしょに近くの店に向かいました。「トイレットペーパーもいいですか?」と、Aさんは、普段一人では買いに行けないものを買い物カゴに入れました。お米やマヨネーズ、ソース…。
 「これで年が越せます」。アパートに戻るとAさんは頭を下げました。そして「頼る人がいないんです」とポツリ。
 その後、受診の援助と今後の家事援助のために自立支援の手続きを行い、ヘルパー利用ができるようになりました。
 最近、テレビや新聞などで「貧困」というコトバが毎日のように出てきます。「貧困」とは単に「お金がない」だけではなく、「人間関係の構築すらできない 状況」に追いやられていることも含むのではないか、と考えさせられました。

(民医連新聞 第1436号 2008年9月15日)

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