憲法を守ろう

2009年1月19日

「なくしまっし核兵器」 反核医師の会に570人つどう

  「第一九回核戦争に反対し、核兵器廃絶を求める医師・医学者のつどい」が一一月二二~二三日、石川県金沢市で開かれました。一日目は、ジャーナリストの堤 未果さんと郷地(ごうち)秀夫医師(兵庫・東神戸診療所長)の講演。全体会では、医学生が「学生部会」の発足を紹介しました。二日目は、市民公開のシンポ ジウム。二日間で医師・歯科医師・医学者九九人、医学生五〇人、市民三二九人など、四二都道府県から過去最多の五七二人が参加しました。(村田洋一記者)

 堤さんは9・11同時テロの時、隣のビルで働いていました。「ビルから人が落ちるのを見た。あ の日からアメリカは変わった。政府が恐怖心をあおり、メディアは口をつぐみ、真実を伝えなくなった」と、ジャーナリストになったきっかけを語りました。そ して「真実を報道するメディアやジャーナリストを育てるのは視聴者や読者。いい番組には励ましの声を、悪い内容の番組には抗議することが大事」と語りまし た。
 また「アメリカがイラクに侵攻し、劣化ウラン弾で多くの被害が出ている。イラクの医師が来日した時、通訳もした。彼らは『被爆国で、平和憲法を持つ日本 なら、平和的な解決や治療に協力してくれる』と考えたから」と語り、反核運動の重要性と医師への期待を語りました。

被爆の実相つたえ

 郷地秀夫医師は「医師として原爆症認定集団訴訟を支援してきて」と題して講演。被爆者二五〇人の主治医であり、三〇年近く被爆者医療と原爆症認定申請を支援してきました。
 「原爆の被害は、過去の問題という考えは大きな間違い。原爆症の実相は、まだ科学的に解明されていない。原爆後の障害の実相は、被爆者の心と体に何が起 こっているのかを見ることでわかる。被爆者は私たちのため、子どもたちの未来のため、地球のため、人間の力を信じてたたかっている」と熱く語りました。
 さらに「被爆国に住んでいる私たち医師の使命は、医師の立場で被爆の実相を伝えていくこと。平和を希求する心・魂・情熱を持ってすすめていこう」と、参加者に訴えました。

核廃絶は可能

 講演後の全体会では、基調報告のほか、石川・城北病院の呉林秀崇さんが、昨年の核戦争防止国際医師会議(IPPNW)デリー大会の様子を報告、ほか五県の活動が報告されました。
 また「核戦争に反対する医師の会・学生部会」が発足。代表になった奥野理奈さん(千葉大学五年)が「医学生ができることを考えながら一歩一歩がんばります」と発言し、大きな拍手に包まれました。
 二日目は市民公開シンポジウム「核兵器廃絶をめざして―私たちができること 核兵器こそ人類の敵」が行われました。被爆者や教育者など、パネリストがそ れぞれの立場から核兵器を廃絶する未来と希望について語りました。
 常任世話人の原和人さん(石川勤労者医療協会理事長)が「核兵器の廃絶は可能。一人ひとりができることから始めよう。なくしまっし核兵器」とアピールを提案、採択されました。

(民医連新聞 第1444号 2009年1月19日)

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