民医連新聞

2006年8月7日

北朝鮮ミサイル発射、どうみる? 国際社会は「9条」(対話による解決)を選択 「9条の会」事務局長 小森陽一さんに聞く

 テポドン二号の発射で「北朝鮮が攻めてきたらどうする。九条を変えた方がいい」という声が強まったらどうしよう、と心配していませんか?  日本政府は恐怖と先制攻撃論で国民を煽(あお)りましたが、国際社会は冷静に対応しました。裏がわかれば事件は夏のオバケのようなもの。怖くはありませ ん。「国際的には九条の勝利」という小森陽一さん(東大教授・九条の会事務局長)にインタビューしました。

ねらいは日本ではない

 大陸間弾道ミサイル「テポドン二号」がねらっているのは日本ではありません。普通のミサイルが一〇分で到着する日本は関係なく、ねらいは米国です。その理由は朝鮮戦争が終了していないからです(休戦中)。

 「テポドンパニック」を起こしたテポドン一号発射(一九九八年)も米国向けです。一九九四年の「北朝鮮危機」を 米国はカーター元大統領の訪問で乗り切りました。その後の交渉で米国は、北朝鮮に核兵器につながる黒鉛減速炉を放棄させる代わり、平和利用の軽水炉を提供 すると約束しました。しかしクリントン政権が約束を果たさなかったため、北朝鮮は威嚇(いかく)に出たのです。

 ブッシュ政権は交渉の席にも着きません。北朝鮮は「エネルギーを枯渇(こかつ)させ、政権を崩壊させようとして いる」と、再び威嚇行為に出ました。米朝二カ国間の協議に持ち込み、交渉の「カード」にしたい。それがテポドン二号発射です。米国は、国家間の約束を反故 (ほご)にし、北東アジアに危機をつくり、軍事介入を続け中国・ロシアを抑えたい。米国・北朝鮮がともに「武力による威嚇」を張り合っている状況です。

 だから「武力による威嚇」や、「武力の行使」によらず「国際紛争を解決する」という憲法九条は、両国に対し、もっとも現実的で合理的な解決策を示しています。

九条が勝った

 ところが日本政府は、九条とは逆のことをしました。即日、国連憲章七章にもとづく北朝鮮制裁決議案を提示したのです。七章は、経済制裁に次いで軍事制裁を可能にする規定です。この行為は九条に違反する、といってよい。

 しかし国連安保理は、軍事制裁ではなく、国際社会の総意で断固たる非難を示す決議を、全会一致で採択しました。これは国際社会が外交努力で到達した画期的なものです。北朝鮮を六カ国協議という対話の場に引き出し、交渉で対応していく上でも重要です。

 この決議採択は「憲法九条」の国際的な勝利といえます。中国もロシアも九条の精神を理解していたからだと思っています。「九条の会」が国際的に発信してきた運動の成果です。

 本来なら日本政府こそ、九条にもとづいて安保理決議のような案を出すべきでした。そうでなく、麻生外相はミサイ ル発射を「金正日に感謝しなければいけない」などと発言。額賀防衛庁長官、安倍官房長官が「敵基地攻撃」の必要性について発言するなど、日本を先制攻撃が できる国にする企図をあからさまにしました。これらは国際的に大きな批判を浴び、アジア諸国から警戒されました。

なぜあおるのか

 なぜ日本政府はこうなのか?

 第一に、軍事問題を現実的に把握する政治感覚がない。ロシアや中国から「何で騒ぐ」「ヒステリーでは」と笑われるほどでした。

 第二に、外交能力に欠ける。当事国は米国と北朝鮮です。日本政府が米国の友人を自認するなら「国家間の約束を果たして緊張緩和を」と提言すべきでした。

 第三は、国内の好戦的ナショナリズムに働きかけた、と考えられます。いま小泉改革のもとで、国民の大多数の生活 が困難に陥っています。一部の金持ちが不正をして肥え太っていくのに、まともに働いても暮らしは苦しくなるばかり。慢性的な漠然とした不安にとらわれがち です。そこにつけ込んで、諸悪の根源は政治の失敗ではなく、他に原因があるかのように思わせたい。たとえばナチが共産主義とユダヤを敵にしたように、北朝 鮮という敵を示したのです。好戦的ナショナリズムは、政府が国民生活を破壊しているときに発生する…これは第一次・二次大戦の教訓です。事実、次期総裁を ねらう安倍氏の人気は数%上昇しました。党利党略どころか、個利個略というべきです。

恐怖ではなく対話を

 戦時体制国家では、人権や生活が弾圧されます。だから北朝鮮では人権抑圧が起きているのです。それを放置してきた国際社会には、共同の責任があります。国際社会が一致して、話し合いの路線を提示したのは意義があるのです。

 日本が憲法九条二項をもっていることも重要です。これがあるから日本は、米国といっしょに戦争することができません。通常ミサイルしか持たないイラクを、米国は米英軍事同盟をたてに先制攻撃しました。日米軍事同盟をそんなふうに利用させてはなりません。*

 さあ、みなさん、勇気を出して、政府首脳の振りまく、幼稚な恐怖感やミサイル小児病に惑わされないで、この夏、「九条を守ろう」と熱く語りかけようではありませんか。


 一九五三年、東京生まれ。東京大学大学院教授。専門は近代文学。著書多数。平和関係の近著(編)に『心脳コント ロール社会』(筑摩書房・ちくま新書)、『変成する思考――グローバル・ファシズムに抗して』(岩波書店)、『平和が生きるとき』(かもがわ出版)、『私 の座標軸』(かもがわ出版)など。


「北朝鮮脅威論に対抗するためには、事実と現実に即して恐怖の妄想を除くことが必要です。正確な情報を得るには、『北朝鮮を知るための51章』(明石書房・石坂浩一編著)が便利でわかりやすい」と小森さん。

(民医連新聞 第1385号 2006年8月7日)

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ