いのちと人権を守る

2009年6月1日

石原都政 3つの小児病院 なぜなくす 子どもの命より、ゼネコンの利益?

  東京都は、「都立病院改革」として、一六の都立病院を一〇に減らし、さらに独立行政法人化や公社化などで都の直営をやめる方向を検討しています。その一環 で世田谷区の梅ヶ丘、清瀬市、八王子市にある三つの小児病院を廃止し、府中市につくる小児総合医療センターに統合する計画です。これには長年、必死の思い で反対運動を続けている人たちがいます。しかし自民、公明両党は三月二七日、これにかかわる「条例」を都議会で可決。三小児病院の存続か、廃止か、七月の 都議会議員選挙の争点にもなっています。国がすすめる「公立病院つぶし」の先駆けといわんばかりに「病院民営化」に走る東京都。その現場を追いました。 (村田洋一、丸山聡子記者)

「子どもたちを助けてくれたこの小児病院を残して」

近くて頼れる病院

 廃止対象のひとつ、清瀬小児病院(三〇三床)。結核療養所からスタートし、小児の専門病院として発展しました。敷地内に雑木林があり、親子連れが散歩をしています。
 「この病院にどれだけ助けられたかわかりません」。清瀬市内で三人の子を育てる若生智春(わこうちはる)さんは言います。八年前からずっと、「清瀬小児病院を守って」と、署名を集めてきました。
 一一年前のこと。三番目の息子が生後一カ月のとき、気管支炎を起こしました。「痰をつまらせ、ときどき呼吸が止まるんです。心配で体中が震えました」と 若生さん。タクシーで同院の救急外来に駆けつけました。「看護師さんが、『大丈夫ですよ』と励ましてくれて…。命を助けられました」。
 二番目の瑞樹(みずき)さん(小学六年生)は、腎臓の疾患で今も定期的に通院しています。自転車で行ける距離なので、学校が終わってからでも間に合いま す。「この病院がなくなったら、学校を休んで通院しなくちゃいけないから、やだな。先生も替わるかも…」と困り顔。
 若生さんは、「近隣に住む子育て世代の多くは小児病院にお世話になっているはず」と言います。休日や時間外に受診したいとき、開業医などに問い合わせる と、「お子さんなら、小児病院に行ってください」と言われることが多いからです。
 清瀬小児病院には、内科系で一一科、外科系で六科があり、小児の専門的治療や研究で第一線を担っています。内分泌代謝科では、外来新規の患者は年間で三 〇〇人以上。成長期の子どもの社会面、人格面の発達を考慮して治療しています。
 川崎病の専門外来は、通常五%と言われる冠動脈病変の発生率を一%に抑えるなど、世界でもトップクラスです。
 「この病院で治療を受けるため、九州から家族で引っ越してきた人もいます。子どもに何かあったとき、頼れるところが近くにあってほしい。誰もが願うこと です。地域に密着する病院をもっと多くつくってほしいのに、逆にいまある病院をなくしてしまうなんて、納得できません」と若生さん。

多くの署名に切実感

 新しくできる小児総合医療センター(五六一床)は府中市。清瀬から電車を乗り継いで約一時間、車だと日常的に渋滞道路で一時間以上。「緊急のときに間に合うのか」と不安が広がっています。
 若生さんなど父母や地域の人と医療関係者は二〇〇一年、「清瀬小児病院を守る会」を結成し、三回にわたって計一七五万人分の署名を都に提出してきまし た。現在も三月都議会で採択された、「三病院の廃止条例」(通称)撤回を求めて、新たな署名にとりくんでいます。
 駅頭などでの宣伝行動ではいつも、二時間で三百、四百という署名が集まります。五月上旬の宣伝では、妊娠七カ月の若い夫婦や部活帰りの中学生も署名しま した。ぜん息のある五歳の娘を連れた女性は、「ほかの病院に紹介されるようですが、できれば同じ先生に同じ病院で診てほしい」といいます。
 「清瀬小児病院を守る会」副会長の畠山まことさんは言います。「小児科医不足の今でも定員を満たしているし『清瀬で研修したい』と望む研修医も多い。閉 める必要性はありません。スタッフも子どもの接し方に慣れていて、強い味方です。少子化対策、子育て支援というなら、東京都はこの病院をつぶしてはいけな い」。

医療崩壊がすすむ

 梅ヶ丘病院(二六四床)は全国の小児精神病床の四分の一を担っています。この地域でも、「安心できる私たちの病院を残して」の声が強くあります。
 八王子小児病院(九〇床)が廃止されたら、多摩の広い地域はNICU(新生児特定集中治療室)の空白地域になってしまいます。
 深刻なのは、地域の産科にも悪影響が及ぶことです。小児病院と連携している産婦人科の病院が「小児病院のNICUがあったから安心できた。危険な分娩の ときに頼れる病院がなければ、お産は扱えない」と、閉院も口にしています。
 三病院の地域で「病院を守ろう」と市民団体が声を強めています。

統廃合と民営化の道か地域に根ざす都立病院か

 「公立病院改革ガイドライン」(総務省・〇七年)は「経営の効率化」をかかげ、目標数値に達し ない場合は、「再編・ネットワーク化」と称して統廃合をすすめ、最終的には「民間への譲渡」という選択肢まで示しています。国は地方公共団体に対してガイ ドラインに沿った「公立病院改革」計画の提出を求めました(〇九年三月まで)。
 東京都はそれに先駆けて、〇一年一二月に「都立病院改革マスタープラン」を策定。〇三年から五カ年計画をすすめ、すでに都立病院は一二に減りました。
 三小児病院を統廃合する計画では、PFI事業を導入することも大きな問題です。すでに大手ゼネコン・清水建設が九五%出資する企業体「多摩医療 PFI(株)」と契約が結ばれています。小児総合医療センターと多摩総合医療センター(七八九床・府中病院を再編)を含め契約高は約二四九〇億円です。
 一方、PFI事業に失敗した近江八幡市立総合医療センター(四〇七床)について、同市の「あり方検討委員会」が出した提言があります。それを読むと「PFI方式」の問題点を知ることができます。
 (1)医師不足や診療報酬の引き下げという状況の中、自治体が直営するより経費削減になるという保証はない、(2)外国から持ち込まれたPFI方式は、 契約や運用のしくみの巧拙によって、事業者に利益が偏りがち、(3)病院内の指揮命令系統が複雑になり、臨機応変な対応や円滑で効率的な運営が難しい、 (4)固定化された費用が大きく、柔軟な経営ができない、(5)「民間のノウハウ」というが、企業側に病院経営に対する意識が弱い、などです。
 石原知事は「都立病院の機能向上と高水準の医療サービスを提供するため」などと言っていますが、実態は、それぞれの地域で大切な役割を果たしている小児 専門・救急医療を壊し、子どもたちの生命と健康を脅かし、地域医療崩壊を加速させるものです。
 東京都の大規模な財政を、オリンピック招致や新銀行東京救済、PFIなどのために費やすのではなく、都民の安心のために、「都立病院」の公的な役割を守るために使うべきではないでしょうか。

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【PFI事業とは】(PFI=プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)
 PFIとは、民間の資金と経営力・技術力(ノウハウ)を使って、公共施設などの運営を行う手法。
 医療分野のPFIでは、ゼネコンなどの民間企業体が病院を建設し、医師と看護師以外ほとんどの業務を受託する。病院の収益、自治体からの委託費で資金回収する。病院の営利化が進行する。
 医療機関でPFIを導入又は導入決定した自治体病院は全国で12施設(2008年10月現在)。しかし、すでに破綻した事業もある。滋賀県の近江八幡市 は06年10月にゼネコンが出資するSPC(特定目的会社)と事業契約を結び、市立総合医療センターを開設したが失敗、市が20億円の違約金を支払い、 09年4月直営に戻した。また、医療では日本初のPFI事業だった高知医療センターも財政状況が悪化、契約解除の動きが出ている。このように営利企業に経 営を丸投げするPFI方式は医療情勢の悪化とも連動して破綻の様相を呈している。

(民医連新聞 第1453号 2009年6月1日)

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