医療・福祉関係者のみなさま

2010年2月15日

名護市長選の勝利 きっぱり「米軍基地」拒否 辺野古の海守れ 沖縄民医連事務局長 内間均さんに聞く

 名護市長選挙(一月二四日投開票)で「普天間基地の辺野古移設に反対」を明確にした稲嶺進氏が、「基地容認」の現職候補を破って 当選。市民の意思を示す勝利です。「辺野古の美しい海を守りたい。米軍基地の拡大・強化は許せない」と全国から民医連の職員たちも支援に駆けつけました。 政府に「辺野古案の断念」を迫る今後の運動について、沖縄民医連事務局長の内間均さんに聞きました。(小林裕子記者)

民医連の職員も支援 全国から1000人

内間 全国のみなさんに多大なご支援をいただき、激戦で勝つことができました。沖縄民医連と全国を合わせ延べ一〇〇〇人が支援に入り、大きな力になりました。
 とくに青年職員が、自ら手をあげて馳せ参じてくれました。その中には、全日本民医連が実施している一八次におよぶ辺野古支援連帯行動の参加者もいまし た。きれいな海を直接見て、座り込みを続けるオジイ、オバアに共感し、「新基地建設はダメだ」と、沖縄の人と同じ立場で奮闘しました。

 戦地に直結する危険な米軍基地。その七五%が沖縄県に集中し、犯罪や事故を引き起こしています。米軍基地の拡大・強化を許さない」、選挙では、那覇をはじめ全国各地から、電話で支持を訴えました。

内間 住民に「遠いところからご苦労さん」と逆に激励された人もいます。市民は「これは全国の問題だ」と自然に受け止めたと思います。現地では、対話、宣伝、ビラ配布など何でもやりました。参加した職員は楽しく活動し、自信と誇りがもてたと思います。
 沖縄では、どの時点の世論調査も「辺野古への移設に反対」が七割です。民意は明確です。これを踏みにじって「米国との関係」と言って強行することは許さ れません。政府は結果を真正面から受け止め、米国と交渉すべきです。「世界一危険な普天間基地をすぐ閉鎖し、辺野古移転を断念し、米国に通告しなさい」と 声を大にして言いたい。

基地容認する政治は住民の暮らし守らない

 一九九七年の名護市「海上ヘリポート基地建設の是非を問う」住民投票。防衛施設局の職員三〇〇 人が戸別訪問し、政府が「基地容認」と引き替えの「振興策」を掲げ、数億円の買収資金を投入する中、住民は「反対」を決めました。ところが当時の比嘉市長 はそれを無視、「容認」を首相に表明した直後、辞任してしまいました。

内間 それから一三年、基地問題で翻弄されてきた名護の市民 が、新しいまちづくりに踏み出すときがきました。基地推進派は「振興策」の利益誘導と締め付けで、企業ぐるみ選挙など違法行為もやりました。しかし、「基 地振興策で街が潤う」というのは錯覚で、暮らしは良くならない、と多くの市民は気づいたのです。

 一〇年間で四〇〇億円が投入されたという「基地振興策」。たとえば一二〇億円もの超豪華な 国立高等専門学校。三〇億円の「食肉センター」は養豚業者の要求に合わず赤字。無理に小学校を統廃合して建設した新校舎はバスに乗らなければ通学が困難。 「箱物」建設で潤ったのは本土のゼネコンと那覇市の大手業者だけでした。

内間 この一〇年間に名護市内の建設業は三二社も倒産しました。失業率は一二・五%で、県内最悪です。沖縄民医連は名護市の医療・福祉の実態も訴えました。
  たとえば国保資格証明書の発行数は、県人口の五%しかない名護市で四割を占めます。特養ホームの待機者は全県の二割を占めます。学校の耐震化率、保育所の 待機者、学校給食の未納者数なども県内で最悪です。基地受け入れにだけエネルギーをそそいだ市政は、市民の生活もないがしろにしました。

政府は基地撤去で米国と交渉を

 官房長官が「地元の意向は関係ない」と発言したり、米国の長官が「辺野古以外に考えられない」などと圧力をかけています。

内間 沖縄だけでなく全国のたたかいに広げて突破したい。辺野古が熱く注目されているいま、「ジュゴンを守れ」のような全国キャラバン行動を提起したいと思います。
 今年は安保改定五〇年の節目です。住民の生活や命を脅かす米軍基地を許すのか、あらためて全国民で考えるときです。「米軍基地の無条件・全面返還」をめざす歴史的なたたかいにしたいと思います。

(民医連新聞 第1470号 2010年2月15日)

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