民医連新聞

2007年1月1日

新春対談 脱格差社会の処方せん 社会保障が後退し、助けない

肥田 新年おめでとうございます。
 医療と介護、国民の生活の厳しい状況をどう打開するか、先生とのお話を楽しみにしていました。
 民医連は昨年、高齢者二万人を訪問して、医療・介護・生活を実態調査しました。悲惨なケースが多数あり、決して「介護殺人」が特殊な事情とは思えませ ん。老老世帯、介護者の病気、失業、貧困、施設も不足。社会保障が後退して、助けないので深刻です。

近藤 実態調査は重要です。とても 手間・暇・お金がかかりますが、政策を考えるのに社会調査は欠かせません。たとえば、三八万五〇〇〇人いる特養入所待機者が、厚労省の言うように「多くは 予約や入院中の人だから問題ない」のか。在宅の待機者約四〇〇人を対象に独自調査をしました。すると「ケアマネから見て虐待の恐れあり」が三割以上、介護 者の約三割はうつ状態でした(文献1)。
 虐待を受けている人は、現行でも、老人福祉法の「措置入所」対象です。在宅で入所を待つ人が約三割、その三割を措置する(入所させる)には、特養三万人分が必要ということになります。

肥田 餓死事件や自殺が多発してい る北九州市の生活保護行政を、中央社保協が実態調査しました。そのとき申請した人二七人は、それまで何度も役所に行ったのに申請用紙がもらえなかった。国 は極力、保護を受けさせず、保護費は削減しています。「生活保護受給者より貧しい人がいるから、保護費を下げる」という国の言い分は、本末転倒です。

近藤 生活保護受給が一〇〇万世帯 を超えた上に、同じくらい貧しいのに受給していない人は、その一〇倍いると言われます。「再チャレンジ」というけれど、保護の理由で一番多いのは、疾患 (四一%)です。働き口がないのに、働ける年齢の人は保護を拒否され、働いても生活保護水準以下の収入しかないワーキングプアが増えています。

肥田 ところが、「保護受給者は、国民年金最低額の人より豊かじゃないか」と弱者同士で痛めつけ合う構図がつくられています。まじめに働いてきた人が、わずかな年金しかもらえない方が問題です。

近藤 自分がいじめられるから、より弱い者をいじめる。正社員は派遣社員をさげすみ、派遣は契約社員をいじめる。子どものいじめ問題も、大人の格差社会の反映ではないかと思います。
 三万人超が続いている自殺者の理由を見ると、経済生活問題が一九九〇年から二〇〇五年の間に約六倍に増えています。中には、生命保険金でサラ金に借金を返すための自殺なども含まれています。
 格差社会の「勝ち組」にも、勝ち続けるための職業性ストレスが高まっています。話題のメタボリックシンドロームも、職業性ストレスが高い人たちに多いと いう報告があります(文献2)。ストレスの増加が、男性の肥満が増えている背景にあると思います。

shinbun_1395_01

危機感もつ人が手を結び

肥田 医療の現場も大変です。診療 報酬が下げられ、医者も看護師も足りない。過重労働なのに、高い質が求められ、辞める人が絶えません。救急医療・産科・小児科ばかりか、病院が廃止に追い 込まれています。それに、窓口では未収金が膨大です。払えない患者、国保料が払えず保険証がない人が増えました。
 先生は前の国会で、参考人として医療費削減を批判しましたね。

近藤 はい。私も医療費を効率よく 使うことは否定しません。しかし、医療費抑制という処方箋(せん)には危険な副作用がある。医療の質が下がる危険、医療の必要な人が排除される危険です。 薬を使うとき、副作用がでないかモニターして、危ない徴候が出たら当然、中止します。ところが医療費抑制にだけ目標があって、それ以外についてはモニター すらしません。
 政策の目標や方法の妥当性もあやしい(文献3)。療養病床についても、老人ホームなどを合わせてみると、日本の長期ケアの入所定員は高齢者人口に比べて少ないのです(文献4)。

肥田 医療費削減には、病院団体も日本医師会も反対です。訪問すると、「民医連の言うことは正しいと思う」という。自民党の政策をよいと思っている人はまずいない。
 いま「医師増やせ」ドクターウエーブを各地で呼びかけ、多数の方と新しい結びつきができました。
 九州・沖縄地協が開いたシンポジウムでは、参加者が討論して「勤務医と開業医が対立関係ではない」と分かり合いました。また、リハビリ医療の日数制限や 障害者自立支援法など、悪政の転換を求めて、患者や障害者団体が大きな声を上げています。手を結んで運動を強めたいと考えています。

近藤 今後の医療に危機感を持つ人 たちは大勢います。その人たちがつながる運動が必要ですね。たとえば、医者の週平均労働時間は六六時間で、労働基準法の上限(週に五五時間)を超えてい る。ところが、他にも大変な職場はあって、監督省庁の厚生労働省の職員も約六〇時間で上限を超えている。正規労働者の労働時間が長い。一方で正規雇用を望 む非正規労働者がいっぱいいる。だから、連帯して運動することが必要です。

アメリカ型か? ヨーロッパ型か

肥田 財界は「労働ビッグバン」で労働の規制緩和をさらに求めています。金を払えば解雇でき、有期雇用(非正規)を固定化し、ホワイトカラーには残業代を払わない、有給休暇を減らすなど、激しい内容です。
 税金も社会保険料も、本来は所得の差をならす再分配機能を果たすものでしょう。ところがいま逆に、格差を拡大する手段になっています。膨大な利益を上げ る大企業が減税され所得の低い人の税金や国保料が上げられる。いったん失業や病気で貧困に陥ると、はい上がれない。貧困家庭の子どもは、がんばっても、い い学校に行けず、まともな就職先もない。こんな社会でよいわけない。

近藤 北欧の成人一二万人を対象に した研究があります。現在の所得階層別に調べると、お金がない人ほど死亡率は高い。さらに、その人たちの三〇年前、〇~二〇歳の時の経済状態で分析する と、現在の所得は同じ層の中で、三〇年前も貧しかった層の死亡率が一段と高い。つまり、子ども時代の影響が三〇年後にも残っているのです。こうしたライフ コース疫学の結果を受けとめ、ヨーロッパ諸国は、健康格差を減らすため、子ども時代を重視した政策を強めています。
 日本の社会が、このまま格差拡大を容認する米国型になってよいのか? 多くの人が不安を感じていると思います。

肥田 中南米諸国では、米国の支配下から脱しようとの流れが起きています。ブラジル、ニカラグア、ベネズエラなどで、「米国の横暴からの解放」を掲げた大統領が勝利しました。
 アメリカの中間選挙では、「イラク戦争ノー」の声が勝った。ホームレスが三五〇万人、無保険者が四五〇〇万人いる、貧しい家庭の子らがイラクに兵士とし て送られ、死んだり精神が壊れて帰ってくる。戦費が二五〇〇億ドル以上(〇三~〇五年)といわれる。社会格差を広げたブッシュへの批判だったと思います。
 日本でも、新自由主義の政治を続けていいのか、声を大きくしたい。医療と福祉、教育の質を落として、米軍基地再編には三兆円も出す。こんなバカな話はありません。共同組織の人たちとともに力を出したい。

shinbun_1395_02

健康と良い社会めざす運動

近藤  最近、マスコミが「行き過ぎた格差拡大は問題」という論調に変わりつつあると感じます。世論調査でも「格差はよくない」は多い。不満や危機感が出始めまし た。「自分は勝ち組だ」と思っている人たちも、少し不安を感じていて、「勝ち組も不幸になる」というメッセージには反応があります。
 民医連は、運動づくりのノウハウをいっぱい持っています。地域の健康づくりのネットワークで豊かな人間関係をつくることも大事です。それらは、ソーシャ ルキャピタル(社会関係資本)の一つで、社会を良くする運動の母体となります。それらが豊かな社会ほど健康度が高いというデータがありますから、健康につ ながる可能性があります。
 ドラッカーの『非営利組織の経営』を読み返したら「NPOは人と社会を変える組織である。評価のものさしは、社会にいかに影響を与え、関わる人を変えた かどうかだ」というくだりがありました。民医連にも当てはまるのではないでしょうか。

肥田 そのとおりです。地域で住民と結びつき、地方自治体に要求を届け、政策提案をしていく「一職場一運動」などもしています。住民運動で首長や議会が変わると、生活保護や国保行政も変わります。とりくみを見て、最近は多くのマスコミが取材に来ます。

近藤 ジャーナリストからは、「医療問題は複雑でわかりにくい」という声がある。現場の実態や問題を分かりやすく伝えることが重要です。

肥田 もっとアピールしていくつもりです。今年は地方選と参院選があります。戦争をする国に突っ走れば、社会保障や国民の権利など吹っ飛んでしまいます。平和の問題でも大いに訴えなければなりません。

近藤 私も、参院選は大きな節目だと思います。格差問題や社会のあり方を争点にしてほしいと願っています。今度出す新書(朝日新聞社)を、間に合わせたいと思います。

shinbun_1395_03

文献1:社会福祉学47: 59-70, 2006
文献2:BMJ 332: 521-525, 2006
文献3:日本医事新報4312号(2006年12月16日)P79‐83
文献4:OECD Health Data 2006


近藤克則さん
 1958年生まれ、医学博士。東大病院リハビリ
部、船橋二和病院リハビリ科長、University of
Kent at Canterbury (イギリス)客員研究員を経て、2003年から日本福祉大学教授。『健康格差社会ー何が心と健康を蝕むのか』(医 学書院)で社会政策学会賞。著書・論文多数。「健康格差研究の出発点は、民医連で脳卒中の患者データを調べていて、自宅に戻れない因子として生活保護受給 が浮かんできたこと」。

(民医連新聞 第1395号 2007年1月1日)

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ