民医連新聞

2007年2月19日

医療倫理の深め方(4) 臨床倫理4分法を活用しよう 全日本民医連 医療倫理委員会〔編〕

「家族の意向と治療者の考えが揺れ動き、胃ろうをつくらなかった」事例をどう考える

 前回に続き、事例を提示し、検討していきます。

 Aさん(九〇代前半・女性)は三人の子をもうけ、そのうちの次女Bさんと同居していました。
 Aさんは、昨年秋ころから食事を拒否するようになり、摂食障害の精査目的で入院、結果「アルツハイマー型認知症」と診断されました。認知症はすでに相当 進行しており、摂食障害のほか、言語機能の障害もあってコミュニケーションは障害されていました。既往症もあり入院時は身体的にも要介護状態。移動は車椅 子レベルでした。
 入院後の治療は主として摂食障害への対応でした。Bさんは病状の説明を聞いたうえで、(1)苦痛なことはしてほしくない、(2)点滴程度はお願いした い、注射針が入らなくなったらそれもしなくてよいと要望しました。スタッフは、(1)中心静脈栄養法や胃ろうは望んでいないので末梢からの点滴を実施、 (2)点滴だけでは三カ月程度の余命しか期待できないということをBさんにあらためて説明し、「同意を得た」と考えました。一カ月後、療養病棟をもつ関連 の病院へ転院しました。
 転院先でも摂食障害への対応が問題になりました。スタッフは表情や反応から点滴のみの看取りとは考えにくい、点滴が限界になってきているという判断から 胃ろう造設をあらためてすすめたいと考え、家族と相談し、胃ろう造設目的で最初の病院の別な病棟に転院しました。しかしBさんは、胃ろう造設の詳細を聞く におよんで再び胃ろうを拒否。結局、末梢からの点滴も実施困難となって、再転院後の一一月下旬に家族に看取られる中で永眠されました。

検討編
 事例の問題となる部分を臨床倫理四分割法で整理してみます(表)。

 摂食困難事例への対応の目的は主として栄養と水分補給ですが、加えて「食べる」ということ自体 の保障という面もあります。今日、栄養と水分補給については、経口摂取以外にも点滴、中心静脈栄養、経鼻胃管、胃ろう造設、咽頭喉頭分離術など状態に応じ てさまざまな方法が可能となっています。それぞれには固有の限界、リスクがあることは言うまでもないことであり、選択にあたっては医学的適応の有無と併せ て患者自身、あるいは代諾権者の意向も充分に汲めるよう、よく話し合って行わなければなりません。
 また「食べる」という行為自体の保障となると、場合によってはリスク(誤嚥性肺炎や窒息)や摂取量との関係で治療目標(栄養・水分補給と低栄養・脱水の 改善)と矛盾をきたすことや、終末期にはほかの方法への切り替えが事実上困難となる場合もあることから、本人の意向の確認が必須のものとなると思います。 代諾権者の場合であっても可能な限り、具体的事実経過に基づいた本人の意向を確認してもらう必要があるでしょう。
 さらに胃ろう造設、咽頭喉頭分離術は外科的処置が必要であり、新たなリスクが生じること、また前者では誤嚥や窒息のリスクは減らすものの完全に防ぐこと はできないことから、実施がためらわれる場合があります。実施上のリスクを全国的な平均的データ、可能であれば自院のデータに基づいて、具体的に率直に示 し、本人(代諾権者)の承諾を得る必要があります。
 なお、こうした説明と同意については折に触れ、意向の変更がないか、意思確認を繰り返し行う必要があります。一回の説明と同意がその後、変更できないと考えるべきではないでしょう。
 さて、この事例を振り返ってみます。初回入院時には事実上の代諾権者であった次女のBさんは、胃ろう造設を拒否しています。他病院へ転院後、スタッフと の検討の中で胃ろう造設を希望され、その目的で再び、初回入院した病院の他の病棟に転院します。しかし、胃ろう造設の実施手技とリスク、その後の長期療養 における受け入れ制限の説明を聞く中で迷い、最終的には胃ろう造設を再度拒否しました。説明と同意による治療方針の決定自体は上述したように折に触れて見 直され、変更されることはむしろ当然であり、治療者の側から見れば良い対応であったと言えると思います。
 一方、Bさんは入院中のケアについては日中の離床やテレビの視聴、床ずれ防止策の徹底を要望するなど、Aさんの今後について、決してあきらめていない様 子が見えています。その点では、胃ろう造設を拒否し、看取りを希望していたこととの食い違いを感じます。それから考えてみると、Bさんへの説明と同意を得 る時に「どういう説明をして、どういう内容の同意をいただいたのか」が、もう一つの問題になりそうです。この点の振り返りがこの事例では必要なのではない でしょうか。
 また代諾権者であったBさんによる本人の意向確認のプロセスにも振り返りが必要かもしれません。


 

〔医学的適応〕
 90代前半・女性。進行したアルツハイマー型認知症。そのほか、脳動脈瘤、脳挫傷後遺症、変形性膝関節症などあり、入院時点で要介護状態(車イス使用、 コミュニケーション困難)。また腸癒着の既往もある。入院時の主訴は経口摂取困難だが、その原因は認知症の進行による。

〔本人(患者さん・代諾権者)の意向〕
 本人の意向は表明されず、できない。苦痛なことはしてほしくない。可能かどうかはわからないが、口からものを食べるようになってくれればよいのだが…。 日中はできるだけ離床を、そして声かけ、テレビ鑑賞、お茶の用意なども希望。床ずれなどの合併症の予防も。

〔QOL〕
 既往症ですでに身体障害手帳を持っている要介護状態にあった。さらに認知症が加わり、コミュニケーション能力も含め、障害は進行性である。食べられない (食べたくない?)。判断能力の低下があり、説明と同意についても代諾権者(主として次女B)が代わって行う。

〔周囲の状況〕
 調理師をしている次女B(Aの夫・長女は死亡)と同居。長男は長距離バスの運転手で病院への見舞いなどにもなかなか来られない。治療とその後長期の療養 が必要となればこれまで見ていた病院ならびに関連の施設・病院への入所を希望。

(民医連新聞 第1398号 2007年2月19日)

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