事業所のある風景

2008年9月15日

富山/富山診療所 合い言葉は「地域から愛される診療所」

 1950年、「富山でも働く人々の診療所をつくろう」と呼びかけられ、「労農救援会歯科診療所」が開設されました。その後多くの組合員の願いを集 めて1962年、富山医療生活協同組合・富山診療所が設立されました。これが富山診療所の第一歩です。

富山市の中心市街地に移転して

 富山駅近くに居を構え、富山県全域から患者が来所しました。ま た、地域の人々の健康や旧国鉄の労働者の検診、富山市北部大気汚染検診などを支えてきました。しかし近年、駅前再開発の流れの中で、大きなビルやホテルな どが立ち並ぶようになり、駅前は大きく変わりました。
 このような地域の変化もあり、2008年5月、富山診療所は、富山市の中心市街地で、コミュニティバス(乗車料100円)が走り、交通の便がよく、住宅街でもある千石町に移転しました。
 移転決定から開業まで半年しかないことや、移転先は医療生協の組合員組織率が低いことなどもあり、富山医療生協の力を集中して移転に取り組みました。
 組合員や富山診療所以外の事業所職員の協力ももらい、旧診療所地域への移転案内・増資訴え行動、千石町の総訪問行動、地域住民対象の健康教室などを行い ました。これらの行動により、今まで富山診療所が果たしてきたことや地域の人々の思い、そして千石町の新たな地での診療所への期待を実感しました。またこ のような医療生協組合員と他事業所職員との共同行動・協力で、短期間に移転することができました。

診療所に「命」を吹き込んで…

 新天地では5月12日から外来診療を開始しました。所長交代もあり、新たな富山診療所の出発です。
 「きれいになったね」「明るくなったね」との声に「みなさんのおかげです」と返すと「これから頑張ってね」と言われます。開設まではハード面が中心でし たが、これからはソフト面が大事になってきます。移転した富山診療所に「命」を吹き込んで活動し、大きくしていくのはまさに今からです。

5年後、10年後の姿を描きながら

 職員の合い言葉は「地域から愛される富山診療所」です。今年の目 標は、職員からどんな診療所にしたいか出してもらい、次のように設定しました。「所長は胃カメラが専門なので、それを活かした診療を」「往診を頑張りた い」「何でも相談できる診療所」「健診を重視して地域の健康を守る」「医療生協運動と日常診療を融合」「医療生協があってよかったと思える活動を」など。
 すべてがすぐにできる目標ではありませんが、5年後、10年後の千石町での富山診療所を描きながら、組合員とともにみんなで頑張っています。
富山診療所 事務長 宮腰 幸子)

「民医連院所のある風景」 『民医連医療』2008年9月号.No.433より

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