医療・福祉関係者のみなさま

2011年1月3日

日本医師会・原中会長と初対談 “いのちの平等”どう守る 全日本民医連・藤末会長

 新春にふさわしく日本医師会長の原中勝征さんと全日本民医連会長の藤末衛さんの初対談をお届けします。話は社会情勢から医療のあ り方におよび、国民のために社会保障の充実をめざすという方向で一致。地域医療を守るという共通課題も話し合い、今後の運動での大きな共同の可能性をも予 感させました。
(取材・村田洋一記者、写真・酒井猛)

国民の代弁者として医療改悪には反対

藤末  あけましておめでとうございます。昨年四月に先生が就任された時に、「国民に開かれて、国民を守る医師会をめざす」と、ごあいさつされていたことが、とて も印象に残っています。一昨年、政権交代がありましたが、医療制度はよくなるどころか、逆に七〇~七四歳の窓口負担を倍の二割にする案まで出されていま す。いまの内閣をどう見ておられますか。

原中 残念なことに、大臣や副大臣に知識が深い人が就くとは限らないのですね。権力に就くと政治をどう動かしてもいいと勘違いしている。
 本当はもっと官僚の話を聞いて、各省庁に積み重ねられてきた知識を生かして、判断するのが政務三役だと思うのですが…。一方で、相変わらず官僚は、現場 を知らない学者たちを集めて政策をつくっている。国の委員会などは最初から「結論ありき」で、都合のよい学者を集めてやるので、現場の人たちの苦しみが直 されていかない。それが残念です。

藤末 政府の新成長戦略の中で出されている医療ツーリズムや混合診療について、先生は痛烈に批判をされていますね。私たちも非常に危険だと思っています。
 今でさえ日本の医療はギリギリの状態で、スタッフが足りず、医療崩壊といわれているときに、外国の富裕層に向けて高度医療を提供するなど、とんでもない ことです。経済効果についても、専門家は「日本経済の牽引役になり得ない」と見ていますね。

原中 医療ツーリズムが経済成長にプラスになるというのは疑問ですよ。おそらく中国人の富裕層をねらったものだと思いますが、果たして何人来るでしょうか。
 医療本体を利益の対象にしてはいけない、と私は思います。医療機器とか薬を開発して、世界に売るのだったらよいとは思いますが、医療そのもの、人間の身体とか、健康とかを商売道具にするのはよくない。
 混合診療も、これをやっていくと、「あれもこれも保険外に」という方向性が強まると思います。いまでも、入院の部屋代とか、紹介型の病院を受診する時の 診療費の差額とか、新薬など保険給付の対象外のものがあります。これをすすめていくと富裕層しか使えない医療になりかねない危険がある。それで私たちは反 対しているわけです。
 これは、医師会が自分のために反対しているというより、国民の代弁者として反対しているのです。かつて厚労省から医療制度改悪案が出たとき医師が大反対したのは、国民を守るためでもあったのです。

国民皆保険は日本の宝 理想は窓口負担ゼロ

藤末 日本医師会は昨年一一月に「国民の安心を約束する医療保険制度」を発表されましたが、私たちは〇八年に「医療・介護制度再生プラン案」という提言をつくりました。そこでは、医療や社会保障政策に憲法二五条の立場を貫くべきだとのべ財源論についても提案しました。
 経済的な事情によって受けられる医療や介護に格差が生じないように、社会保障費の削減を止めて増額することが必要だと考えています。
 医師会の「すべての国民が同じ医療を受けられる制度、支払い能力に応じて公平な負担をする制度」という部分にも共通すると思います。

原中  私は、国民皆保険は日本の宝物だと思っています。それが国民の安心・安全を実質的に守ってきました。その国民の宝が、経済の悪化で綻(ほころ)びています が…。たとえば、インフルエンザが流行したとき、経済大国アメリカでは死亡者が多数出ましたが、日本では少数でした。それは国民皆保険があるから誰でも受 診できて、薬をもらえたからです。
 「ヒポクラテスの誓い」が私たち医師の原点です。目の前にいる病人、ケガ人は助けなければいけない。人種や老若男女で分け隔てをしてはいけない。お金が ある人も、ない人も診てあげられる医療制度を守らなければならないと思っています。

“手遅れ受診”なくす社会保障求めたい

藤末 先進国の中では日本が一番、患者の窓口負担が重くなっています。
原中 患者負担が三割に上がって、受診できない人が多くなりました。
 私は、先進国、とくにヨーロッパ型の医療保険制度を一つの参考にすべきだと考えています。受診時の個人負担がゼロというのが理想です。いまの日本のよう に高齢者も一割から二割、一般は三割というのは、もはや社会保障ではありません。
 以前は、特別養護老人ホームは、お金がなくても国民が生きる権利を行使できるところでした。年金が三万円の人であっても入れた。ところが、いま七~一一 万円ないと入れないですよ。商店主とか農家の人の国民年金月三万円では最初から申し込めないのです。
 医療に関しても、医療費が足りないから患者負担を上げると言ったら、本来の社会保障は何だろうということになります。

藤末  そのことは私たちも本当に実感しています。民医連では、社会福祉法に基づく無料低額診療事業を全国各地で拡大しようと呼びかけまして、約一年で一〇〇カ所 近くが新しく開始しました。現在三一都道府県で約一九〇の事業所が実施しています。いま準備しているところもあります。
 この無料低額診療事業を通じて、窓口負担が払えず、受診できなかった人たちとたくさん出会いました。
 また、お金がないための手遅れ受診の事例を二〇〇五年から毎年調べて「国保死亡事例」として発表しています。保険証がない、窓口負担が重い、これが命に かかわる問題になっています。昨年の調査では若年層の非正規雇用で無保険の人が増えていることがわかりました。

原中 いま、非正規雇用が増えて、若い人たちに年金の未納が多くなっています。これでは、将来の老人は年金をもらえない。すぐやるべきなのは、労働分配率を昔のように高めることです。そして正規雇用を促進すること。労働者派遣法を生産部門に適用しないこと。
 二〇年先を見すえた政策を実行しなかったら本当に不幸です。安定した普通の生活ができる環境をつくらないと、適齢期の男女は結婚しないし、子どもを産ま ないし、自殺者が増えてしまう。日本はこんな社会でいいのだろうか、国民の問題としてみんなで考えないといけません。

よりよい医療制度へいま本気で語り合うとき

藤末 とくに国民健康保険制度を改善する必要があると思います。それには、減らされている国庫負担金を前のように四五%に戻さなければなりません。
 また、医療や社会保障の財源を確保するには、税金の累進課税を強め、大企業を中心に力に応じた負担を求めなければならないと考えています。日本の大企業の社会保障負担はとても少ないですから。
 医師会の案にある「企業に応分の保険料負担」には賛成です。また、「医療保険の一本化」を打ち出したことに驚きました。その真意はどこにあるのでしょうか。

原中 健康保険の一本化というのは、市町村の力によって、保険料に差が出たり、受けられるサービスも違ったりしてはいけないからです。国民には生きる権利が平等にあるのですから、県でも国の運営でもいい、平等なものを考えるべきなのです。
 いまこそ政治家も、医療側も、国民も、どういう医療制度がいいかを本気で語り合う時期だと思います。医師も看護師も足りない、病院は潰れていく、医療費 が足りない。誰がどう負担をして、どの程度のサービスを共有するか真剣に考えないと。世界の状況も含め、いろいろなことを知って考える必要があります。
 医療とか社会保障は、国民生活を生かすものですから、これだけを改善はできません。ご飯も食べられない国民がいっぱいになったらたいへんなのです。

藤末 医療だけ、介護だけが良くなる、とは考えにくい状況です。すべての国民が平和で安心な生活ができるための国のあり方を模索しなければならないと思います。
 社会保障については、地方に押し付けるのではなく国の責任を明確にし、どこに住もうと憲法二五条に基づくナショナルミニマムが保障されなければならないと考えています。
 そして、医療・福祉にかかわる専門職や団体が手をつなぎ、国民の多数に味方になってもらわなくては、と思います。日本医師会のいっそうのイニシアチブの中で、私たちもがんばりたいと思います。

(民医連新聞 第1491号 2011年1月3日)

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