民医連新聞

2013年12月2日

国連「グローバー勧告」が示すもの 原発事故後の健康権侵害を指摘 ヒューマンライツ・ナウ ●伊藤和子弁護士の講演から●

  国連人権理事会の調査団が今年五月、福島第一原発事故後の日本政府の対応について「健康権の深刻な侵害が起きている。今すぐ政策転換を」と勧告しました。 全日本民医連第一三回被ばく問題交流集会(一一月一〇日)で、勧告内容を解説した伊藤和子さん(弁護士)の講演要旨を紹介します。(新井健治記者)

 国連では年に三カ所程度に限定して健康権にかかわる調査団を派遣。その調査団が日本に来たのです。国際社会から見て原発事故後の日本の人権侵害がいかに危機的か、ということを示しています。
 勧告は重要ですが、国内ではあまり知られていません。日本のマスコミが政府広報に偏り、報じないからです。勧告の中心は健康権です。医療従事者の方には内容を知り、広げてほしいです。

低線量被ばくのリスク

 調査団は昨年一一月、一二日間にわたって福島を調査。関係省庁や自治体、東京電力、被災者のほか、自主避難者や原発作業員に聞き取りをしました。インド人弁護士のアナンド・グローバー氏が国連特別報告者として調査団を率いたので、「グローバー勧告」と呼ばれています。
 勧告のポイントは(1)低線量被ばくのリスクが証明されていない以上、最も影響を受ける妊婦や子どもの立場で健康を守る、(2)年間被ばく線量は一ミリ シーベルト(Sv)を基準に、住民への支援の抜本的な政策転換を求める、の二点です。
 日本政府はもともと「公衆の被ばく線量は年一ミリSv以下」と法律で定めていたにもかかわらず、事故が起きたとたん、それを二〇ミリSvに緩和。校庭な ど子どものいる場所にもこの基準を適用して批判を浴びました。現在も二〇ミリSv以下の地域の避難指定を解除して住民の帰還をすすめようとしています。

真っ先に人権を守る

 勧告は「リスク対経済効果の立場ではなく、人権を基礎において政策を策定し、公衆の被ばくを年間一ミリSv以下に低減すること」を日本政府に要求。住民のリスクと経済的な利益を天秤にかけるのではなく、真っ先に人権を尊重すべきだ、という指摘です。
 そして、この一ミリSvを基準に健康管理調査や住民の帰還、除染、情報提供など具体的な施策を提案。また、「子ども・被災者支援法」の早期の具体化を求 め、同法が指定する「支援対象地域」は一ミリSv以上の全ての地域を含むべきとしました。
 調査団は元原発作業員からも聞き取り。彼らはホームレスになっていました。「何段階もの下請け業者を通じて雇われた作業員が、健康モニタリングを受けていない」と勧告は指摘しています。
 また、被災者が原発事故にかかわる政策決定の場に参加していないことに驚いていました。日本の政策決定の過程は異質と受け止めていたようです。勧告は 「全ての意思決定プロセスに住民、特に子ども、女性、高齢者など社会的弱者の参加を」と求めました。

日本政府の驚くべき反論

 この勧告を受けた日本政府の反応は驚くべきものでした。国連人権理事会で次のような反論をしたのです。
 まず、勧告が子ども・被災者支援法の支援対象地域を「一ミリSv以上の全ての地域」と求めた点に対し、「予断に基づく文章であるため、削除すべき」と主 張。国連勧告に削除を要求するとは、国際社会から人権感覚が疑われます。
 低線量被ばくのリスクについては「広島と長崎のデータに基づき一〇〇ミリSv以下であれば他の原因による影響より重大でない、または存在しないと信じら れている」と非科学的な主張を繰り返しています。低線量被ばくの危険性を強固に否定し、被害者を切り捨てようとするもので見過ごせません。
 この点について、勧告は「広島、長崎の原爆生存者に関する寿命疫学研究は、長期的な低線量被ばくと発がん率の増加との因果関係を示している」と指摘。 「健康政策は科学的証拠に基づいて導入すべき」と指摘しています。
 原発事故を起こした国として、本来なら低線量被ばくの影響に最も敏感になり、リスクを回避する最大限の措置をとるのが日本政府の使命のはずです。私たち は人権の視点から発言していますが、医学の知見からのサポートも必要としています。医師を先頭に勧告の重要性と政府の反論の問題点を指摘していただきた い。ともに政策転換を要求しましょう。

グローバー勧告骨子

【健康管理調査】
年間1ミリSv以上の地域に居住する全ての人に実施
調査は甲状腺に限定せず血液、尿検査を含む
とりわけ社会的弱者に心の健康を提供
原発労働者に対して調査を実施し必要な治療を
【帰還】
1ミリSv以下で可能な限り低くなった時のみ推奨
帰還と避難の選択を自己決定できるよう財政支援
【除染】
年間1ミリSv以下に下げる計画を早急に策定
放射性廃棄物の保管場所設置は住民参加の議論で
【情報提供】
線量測定で住民が測定したデータも採用すべき
被ばくの危険性など学校教材での正確な情報提供を
【住民参加】
被災者支援、原発の稼働、避難区域の指定、放射線量の限度、健康管理調査、賠償額の決定など全ての意思決定プロセスに、住民、特に子ども、女性、高齢者など社会的弱者の参加を
(全文はhttp://hrn.or.jp/activity/topic/post-213/

(民医連新聞 第1561号 2013年12月2日)

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