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2014年5月19日

学ぼう!総会方針(4)原発問題 「日本政府の被ばく対策は健康権の侵害」 国連人権理事会 グローバーさんが講演

 福島第一原発事故から三年。除染や健康調査など国の被ばく対策はおざなりで、放射能による健康被害の不安が高まる一方、安倍内閣 は原発の再稼働や輸出を狙っています。国際社会は日本政府の対応をどのように見ているのか。三月に来日した国連人権理事会特別報告者のアナンド・グロー バーさんの講演を紹介します。(新井健治記者)

グローバーさんはインド最高裁判所の首席弁護士です。国連「健康の権利」の調査団として、 二〇一二年に来日し福島の現状を調査。一三年の国連人権理事会で、原発事故後の日本政府の対応を「憲法二五条に反し、国民の健康権を侵害している。今すぐ 政策転換を」と批判し、年間被ばく線量を一ミリシーベルト(Sv)以下に低減するよう求める「グローバー勧告」を提出しました。
グローバーさんは三月に再来日、東京、福島、京都で講演しました。東京では外国特派員協会で記者会見。会見で焦点になったのが低線量被ばくの健康被害です。
政府は従来、「公衆の被ばく線量は年一ミリSv以下」と法律で定めてきました。ところが、原発事故後は避難指示解除の基準を「年二〇ミリSv以下」と改 め、住民の帰還を推奨。田村市都路(みやこじ)町では四月から帰還が始まりました。
ニューヨークタイムズなど海外メディアからも、健康被害について質問が集中。グローバーさんは広島、長崎の原爆被爆者の長期疫学研究から「被ばく線量の 上昇と比例してがん発生率が増えている。線量がゼロ以外は安心といえない」と指摘。原発事故当時一八歳以下だった福島県内の子ども七五人に、甲状腺がんや がんの疑いがあるとの診断結果について、「低線量被ばくの影響も考えられる」と話しました。
一方、「一ミリSv以下の基準は間違い。低線量被ばくによる健康被害のデータはない」と主張する日本の記者(読売)もいました。
グローバーさんは低線量被ばくのリスクを過小評価する日本政府に対し、「被ばくの長期的な健康への影響は、まだまだ分からないことが多い。分からないか らこそ、政府の基本姿勢は慎重すぎるくらい慎重であるべき。私たちと日本政府では、公衆衛生のアプローチに違いがある。たとえ一人であっても被ばくで死ん ではいけない」と強調しました。

低線量被ばくのリスク

会見後は国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」などが開いた参議院議員会館の院内勉強 会に臨みました。勉強会には復興庁、環境省、原子力規制委員会、外務省も参加。環境省の参事官は「広島と長崎の被爆者調査では、一〇〇~二〇〇ミリSv以 下の低線量被ばくの健康への明らかな影響は見受けられない」と主張しました。
これに対し、元放射線医学総合研究所主任研究官の崎山比早子さんが「最新の論文には『線量がゼロでなければリスクがないとはいえない』と書いてある。論 文を読んだのですか」と反論。参事官が「その論文は把握していない」と話し、会場がどよめく場面も。
“最新の論文”とは、日米両政府が設立した公益財団法人「放射線影響研究所」が、二〇一二年に発表した原爆被爆者の死亡率に関する研究です。被爆者八万 六六一一人を一九五〇~二〇〇三年まで追跡調査。低線量でも、発がん性など被ばくによる健康影響は軽減されないことを明らかにしました。

国の責任で健康支援を

グローバーさんは引き続き東京で行われたシンポジウムで基調講演しました。シンポには福島 第一原発のある双葉郡医師会前会長の井坂晶さんと、福島県医師会副会長の木田光一さんが参加。地元の医師二人が「グローバー勧告に基づいた健康調査が求め られている」と指摘しました。
福島県は二〇一一年七月から、福島県立医大に委託して全県民対象(約二〇五万人)の健康調査を行っています。同調査検討委員会委員の井坂さんは「基本調 査の回答率が四分の一と低くなっており問題だ。県任せではなく、国が責任を持ってどこでもだれでも受けられる健診体制をつくってほしい」と話しました。
木田さんは福島県医師会の意見として、「福島以外でも、線量が1ミリSv以上の地域では健診を実施すべき。健診項目の拡充や健診データの一元管理を」と 強調。「原発事故子ども・被災者支援法」に関する日本医師会の提言に「国連の健康を享受する権利の視点から施策を推進」とあることを紹介、「日医の考えは グローバー勧告と共通している」と指摘しました。

「皆さんの力で変えよう」

今回の来日で、グローバーさんが何度も強調したのは、「原発事故にかかわる政策への住民参画」です。「住民参画は国連社会権規約に批准した日本の義務。にもかかわらず、政府は住民の意見を無視して政策を決定している。皆さんの力で政府の方針を変えよう」と訴えました。
グローバー勧告は原発再稼働、被ばく線量の限度などあらゆる政策について、その決定プロセスに被災住民、特に女性や子どもが参加することを求めています。
「選挙以外にも継続して政治に参加することが本当の民主主義。健康権の実現には、選ばれた議員だけでなく、被災者自身の参加が不可欠だ」と話しました。
原発事故後、政府は全国にモニタリングポストを設置して空間線量を測定しています。ところが、計器から数メートル離れただけで急激に線量が上がるホット スポットがいくつも見つかっています。福島県民医連でも、医療生協組合員とともに独自の測定を行い、線量が高い場所の除染をすすめています。グローバーさ んは住民が測定したデータも取り入れ、避難区域の指定を行うべきとしました。
また、原発労働者の実態についても言及。二〇一二年の調査では、ホームレスになっていた元原発労働者の聞き取りもしました。「先進国日本の苛酷な使い捨 て労働に戦慄を覚えた。前回より労働者の実態は悪化している」と指摘しました。

「グローバー勧告」骨子

・低線量被ばくのリスクが証明されていない以上、日本政府は最も影響を受ける妊婦や子どもの立場で健康を守るべき
・年間被ばく線量は1ミリSv以下を基準に、住民への支援の抜本的な政策転換を求める
・福島以外にも年間1ミリSv以上の地域に住む全ての人に健康調査を実施すること。子どもの調査項目は甲状腺に限定せず、血液、尿検査に拡大。とりわけ社 会的弱者にメンタルヘルスを提供する。原発労働者に対して健康調査を行い必要な治療をすべき
・避難指示区域への帰還は1ミリSv以下で可能な限り低くなった時のみ推奨すべき。避難者が帰還と避難の選択を自己決定できるよう財政支援を
・年間1ミリSv以下に下げる除染計画を早急に策定する。放射性廃棄物の保管場所は住民参加の議論で決める
・放射線量測定では住民が独自に測定したデータも採用すべき
・原発政策にかかわるあらゆる情報を公開すること。被ばくの危険性など学校教材等で正確な情報提供を
・被災者支援、原発の再稼働、避難区域の指定、被ばく線量の限度、健康調査、賠償額の決定など全ての意思決定プロセスに、住民、特に子ども、女性、高齢者など社会的弱者の参加を

 

※全文はヒューマンライツ・ナウのホームページで
http://hrn.or.jp/activity/topic/post-213/

 

社会的責任を果たす医師団

カルディコット医師と懇談

反核を提唱し活動してきた医師のヘレン・カルディコットさんも、福島の原発事故による被ばくの健康被害を防ごうと、提言や講演、専門家向けのセミナーを行っています。
一九七九年にアメリカで起きたスリーマイル島原発事故を機に活動を開始。「社会的責任を果たす医師団」(二万三〇〇〇人)の創立会長で、ノーベル平和賞を受賞したIPPNW(核戦争防止国際医師会議)は同会の傘下です。
カルディコットさんは事故後二度目の来日となる今年三月、京都民医連会長の尾崎望医師と、被ばく対策や脱原発について意見を交換しました。小児科医とし て、京都に避難した原発被災者の集団検診や健康相談にのってきた尾崎医師は、検診結果や支援が不足している被災者の状況を紹介。
カルディコットさんは「『日本の子どもたちや日本の人々の役に立ちたい』という思いを活かせずに悔しい」と海外の医師たちの気持ちを語りました。そして 「原発の安全神話を信じていた日本人は事故で危険を認識した。しかし、原発は事故を起こさなくても放射性物質を排出しており、危険であることを日本の医師 たちに発信してほしい」と要望。現在、ドイツとアメリカで原発から二五㎞圏内外の住民のがん発生率を比較研究中であることを紹介し、「日本でも同様のデー タが集積できれば」と話しました。


ヘレン・カルディコット 一九三八年、オーストラリア生まれ。ハーバード大学医学部でも教鞭をとる。スミソニアン博物館に「二〇世紀で一番影響力 のある女性の一人」とされた。著書に『狂気の核武装大国アメリカ』(集英社新書)、『Nuclear Power Is Not the Answer  to Global Warming or Anything Else (原子力は温暖化への解答ではない)』など

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