憲法・平和

2014年10月6日

なぜ 私たちは沖縄でたたかうのか 支援者の思いから知る基地問題

 沖縄では日本の平和をかけた大きなたたかいが行われています。県民の反対を無視してオスプレイを配備し、名護・辺野古に米軍新基 地建設を強引にすすめる日米両政府。一一月の沖縄県知事選には、「建白書」(二〇一三年一月)の立場で新基地建設反対を掲げる翁長雄志・那覇市長が立候補 を表明しました。全国の民医連の職員も続々と支援に駆けつけています。なぜ沖縄に行くのか? 支援者の思いは―。

上田楓さん(全日本民医連事務局)
 
初めて沖縄に行ったのは学生時代です。フェンスが張り巡らされている米軍基地に衝撃を受け、沖縄戦で亡くなった人たちのお骨が今も眠っているガマに行き、涙が出るほどの衝撃と知らなかった恥ずかしさがこみ上げてきました。
 二〇一二年に、北海道民医連の事業所から全日本民医連に出向し、平和担当の事務局として沖縄に足繁く通うようになりました。
 沖縄の人たちはすごかった! 何かを変えようと運動し、続けるには大変なエネルギーが必要。でも「楽しくなければ続かない」。新基地建設が狙われる名護 市辺野古や東村高江で座り込みをしているのは、そんな人たちでした。
 「戦争はいかんね。この海が埋め立てられるなら、この身を投げ打ってでも止めるさぁ」と、辺野古で座り込みを続けるおじい。壮絶なたたかいをしながら も、歌ったり踊ったり…。そして必ず、「ありがとうね、来てくれて」と言ってくれる。温かい人柄に触れるたび、「自分にできることはないか」と思うので す。

わじわじ~

 東村髙江では、米軍のヘリパッド工事が続いています。豊かな自然と静かな暮らしを守りたい と、住民たちは非暴力で座り込みを続けています。目の前には米軍と雇われた日本人が立ちはだかる。ここは日本なのに立ち入ることすらできない。「わじわ じ~(沖縄の方言で“腹が立つ”の意)」します。
 なぜ人を殺す訓練をする基地を作るの? 私たちの税金がこんなことに使われているの? 基地があるから米兵による事件事故も起こるのに。人家もまばらな 森の奥まで「新基地反対」のビラを配りに行くと、「基地はいかんよね~」と話してくれた人もいました。

自分にできることは

 二〇一三年一月、沖縄県議会議員、沖縄の全四一市町村長・議長が名を連ね、(1)オスプレ イ配備および配備計画の撤回、(2)米軍普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念を求めた「建白書」を安倍首相に手渡しました。九月の沖縄統一地方選挙で は、各地で「新基地反対」の候補が当選しました。
 私自身がそうだったように、実際に沖縄の土を踏み、戦争の爪痕に触れ、米軍基地を見て米軍機の爆音を聞いてこそ感じることがあります。支援連帯行動に参 加した職員が事業所に戻って学習会をしたり、沖縄の支援に再び参加しているのを知ると嬉しくなります。
 沖縄で起きていることを全国の仲間に知ってもらい、自分の問題と感じてもらえたら嬉しいです。

〈行動する職員たちの声〉
藤井かおりさん(和歌山生協病院・看護師) 六月の辺野古 支援連帯行動に参加しました。座り込みをするおじい、おばあから、戦後の食べ物がない時、海の恵みがあったから子どもを育てることができたと聞きました。 「知った以上、ほっとけへんやんか」という気持ち。県知事選挙の支援にも行きます。選挙活動はやったことがありませんが、基地をつくらせたらあかん、と思 うからです。
村上あしたさん(京都・吉祥院病院、ケアマネジャー) 高齢者が車いすで辺野古の集会に来ていました。車いすで砂浜は大変。本気が伝わりました。京都にも初めて米軍基地(Xバンドレーダー)がつくられようとしています。基地は日本のどこにもいりません。
玉城好史さん(沖縄医療生協、事務) 全国各地の方言を聞き、「遠くから駆けつけてくれたんだ」と肌で感じて勇気づけられます。
上原和博さん(とよみ生協病院、医師) 私たちは六九年間、基地をがまんしてきました。基地を巡る県民同士のいがみ合いは僕らの世代で終わりにする、最後のチャンスと思ってたたかいたいです。

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