いつでも元気

2014年12月1日

特集2/家庭医とは/さまざまな心配事を「まず相談できる科」

家族ごと、地域まるごと診察・対応できます

genki278_04
大阪・西淀病院
大島民旗
(内科・家庭医)

 「困ったら 一家の主治医 家庭医へ」──これは日本家庭医療学会(現在は他の学会と合同して「日本プライマリ・ケア連合学会」に)が「家庭医」という日本になじみのない医師の特徴・役割を、わかりやすく説明したキャッチフレーズです。
 日本で、プライマリ・ケア連合学会が認定する「家庭医」の研修制度が始まったのは2006年です。つまり「家庭医」が生まれてから10年も経っていませ ん。日本での歴史はまだまだ浅いのですが、アメリカやイギリスなどの諸外国では1970年代からの歴史があり、確立した専門医として認められています。
 日本では2017年度から始まる新専門医制度で、家庭医が「総合診療医」として、19番目の基本専門領域に位置づけられる予定です(図1)。

genki278_05

家庭医とは

 では、家庭医は何を専門にしているのでしょうか。
 巷には、内科、外科、小児科、産婦人科、整形外科、心療内科などのさまざまな科がありますが、みなさんは身体の調子がおかしくなって医者にかかりたいと 思ったとき、「どこの科にかかればよいのだろうか」と困ったことはありませんか。
 「風邪を引いたかな」と思ったときや、「食欲がなく元気も出ない」「膝が痛くて歩きにくい」「眠れない日が続く」「最近親のもの忘れが目立つようになっ てきた」「タバコをやめたい」「子どもが発熱した」「皮膚にぶつぶつができてかゆい」「尿の回数が多くて困る」「健診で異常を指摘された」など、これらの ことは、まず家庭医に相談していただいて結構です。
 家庭医は、患者さんのさまざまな心配事に対して「まず相談できる科」であるという特徴があります。前述のような「よくある健康問題」に適切に対応できるのです。

なんでも相談できる

 家庭医への相談事は、「健康に関すること」だけに限定されません。たとえば「仕事で上司とうまくいっていない」「家を売ることになってその手続きで忙しい」「最近孫が生まれた」といったことも、家庭医には遠慮なく話してください。
 なぜなら、直接健康に関係しないだろうと思われる出来事も、実は健康状態に大きな影響をあたえている、ということは珍しくありません。患者さんの生活背 景を知ることによって、治療がうまくいくことも多いのです。特に高齢者の場合、その人の持っている健康問題が1つだけということは珍しく、1人で多くの症 状を持っていることが一般的です。ある調査では、「年齢を10で割った数だけ訴えがあるのが平均」とも言われています。私が以前おこなった調査では、患者 さんは「病院の内科医」には内科的な症状を訴え、「診療所の内科以外も診る医師」には内科以外の症状の訴えをされていることがわかりました(図2)。
 1人の患者さんが、症状ごとにいろんな科の医者にかかることは、その患者さんに責任を持つ「主治医」があいまいになるため、本来はあまり望ましいことではありません。

genki278_06

気持ちや感情にも対応

 また、家庭医は、症状だけでなく、その症状とともに生じている不安とか苦しみといった気持ちや感情にも対応します。
 「心の問題は精神科に」と思われがちですが、多くの場合、身体の問題と心の問題をはっきり分けて治療することは困難です。それらを別々の医師が解決しよ うとしても、現実的ではありません。もちろん、病気のなかには専門医でなければ治療できない、難しいものもあります。そうした病気が見つかった場合に、適 切な専門科に紹介するのも家庭医の役割です。

家族、地域まるごと診る

 患者さんその人だけでなく、子どもからお年寄りまで家族まるごと、その地域に住んでいる人びと全体に対応するのも家庭医の役割です。
 G・エンゲルという人が提唱した「生物心理社会モデル」というものがあります(図3)。これは、いわゆる専門医は患者さん(個人)の症状からその原因となる臓器や細胞を突きとめていく右向きの方向が得意ですが、家庭医は右向きだけでなく左向きの方向も常に意識する、ということを表しています。
 患者さんには患者さんと生活している家族があり、患者さんが住んでいる地域があります。特に家族は、患者さんにとって一番密接なつながりがあり、患者さ んの状態を把握するうえでとても重要です。これは「親が糖尿病だったから自分も糖尿病になりやすい」とか、「子どもがウイルス性胃腸炎にかかったから自分 もかかる」というような、遺伝や感染に限ったことではありません。
 家族は一般に、お互いの健康状態に影響をあたえています。親の仕事が不安定であったり、アルコールやタバコなどに依存していたり、両親の間でケンカが絶 えないなどの状況があると、子どもの生活や心にも影響し、健康な成長をさまたげます。夫婦どちらかが健康上の大きな損失(脳梗塞で寝たきりになるなど)を 受けると、残された配偶者の健康状態も、介護疲労や今後の不安による血圧の上昇、食生活の乱れによる糖尿病や脂質異常症の悪化、などというように大きく変 化します。
 高齢者が体調を崩したときに入院を必要とするかどうかという点も、家族のサポートがどの程度得られるかによって大きく異なります。
 また健康状態だけでなく、健康に対する「考え」も家族の影響は大きいものがあります。同じ肺炎という病気にかかっても、親が肺炎で亡くなっていたら「大 変な病気だ」という考えが浮かぶでしょうし、家族が肺炎にかかったときに外来を受診して治ったという経験があれば「肺炎くらいなら休まず仕事したい」とい う考えになるかもしれません。
 人生の最期についても、さまざまな考えがあるでしょう。たとえば親が人工呼吸器を装着して長い時間苦しんで亡くなったという経験があれば、「自分や他の 家族は同じ治療は希望しない」という考えに至りやすいのではないでしょうか。

genki278_07

健康的な地域をつくる役割も

 以上見てきたように、家族はお互いの健康や、健康に対する「考え」などに大きく影響しあっています。しかし、家族がそれぞれ別の医師を主治医にしている と、健康状態が悪化した原因が、家族の状況の変化にあったとしても気がつきにくいものです。一家まるごと1人の医師を主治医にできれば、家族の状況に早め に対応することができます。たとえば家族の食事を作っている人に働きかけ、家族内の肥満や糖尿病などの問題が一気に改善する、などです。
 地域の健康状態改善という点では、地域を構成している経済・行政・交通・教育・物理的環境やレクリエーションなどの諸条件が違うため、働きかけ方も違っ てきます。患者さんのいる地域が経済的な貧困層が多い地域であれば貧困を原因とする病気が生まれやすいかもしれませんし、交通機関の整備がされていなけれ ば医療機関へのかかりやすさも変わってきます。公園や道路の整備がされているかどうかで運動のしやすさ、子どもの遊びやすさも違います。そうした地域全体 の抱える問題にも気づいて、より健康的な地域にしていくための発信をしていくのも家庭医の役割です。
 今後は「地域包括ケアの時代」と言われています。地域で、医療従事者が他の専門職の方々や住民と相談・協力しながら、本当に患者にとって望ましいケアを提供できるよう発信していく役割も求められます。

医師と長く付き合える

 これまでお話ししてきたように、家庭医には「なんでも相談できる」「気持ちや感情にも対応する」「家族、地域まるごと診る」「健康的な地域をつくる役割 も持つ」などの特徴があります。そしてもう一つの特徴は「患者さんとの付き合いの長さ」です。これを「継続性」と呼びます。
 一般的な専門医は、病気にかかってから患者さんとの付き合いが始まり、その医師の専門領域が患者さんの主な問題である期間は付き合いがありますが、そう でなくなれば主治医でなくなるのが一般的です。たとえるなら、専門分野の病気であれば、相当難しくても(一五〇キロを超える剛速球でも)しっかり対応する 責任が専門医にはあります。家庭医(総合診療医)はあまり難しい病気(剛速球)は対応できませんので専門医に任せますが、そうでなければひとまず対応する (野球のボールでもサッカーのボールでも)能力が必要です(図4)。
 長く同じ地域にいる家庭医は、患者さんがまだお母さんのお腹の中にいるときから、患者さんに関わることができます。たとえば風邪などで受診した妊娠中の お母さんに、家族も含めた禁煙を指導したり、出産にあたっての不安などを聞き取ることができます。子どものときには予防接種や発熱などの症状や健診で関わ ります。青年期はたまにしか医師に会うことはないかもしれませんが、ケガや熱、ぜん息、アトピーなどの症状でかかったりするかもしれません。そのときに学 校を楽しめているか、どんな遊びをしているかなどの点も、家庭医は確認します。
 患者さんが心筋梗塞やがんなどを発症すれば、その治療は専門の医師にお願いすることになりますが、退院してからの通院や、通院できなくなった場合の自宅 への訪問診療、そして患者さんを最後に看取るのは家庭医の役割です。患者さんがまだ元気な頃から関わっている家庭医であれば、家族全体の心情を慮って、そ の人らしい最期を迎えるお手伝いができるでしょう。

genki278_08

 ここまで、家庭医の特徴をお話ししました。さて、読者のなかには、「私のかかっている先生は『家庭医』ではないけれど、ここに書かれている通りだわ」と 感じた方もいらっしゃるでしょう。民医連のような地域に密着した病院や診療所で、自分の専門分野に限らず幅広く対応している医師のなかには、「家庭医」の 資格は持っていなくても、経験と学習を通じて家庭医の役割を十分果たしている医師がたくさんいます。
 現在は「家庭医療学」という、家庭医が医療をおこなう上で身につけるべき考え方や技能などが体系化されており、それを身につけるための研修をきちんとお こなえば、より短期間でしっかりした家庭医になれます。多くの民医連の病院では家庭医療研修プログラムを持って家庭医を養成していますので、みなさんの周 りにそういう研修医や若手の家庭医がいたら、ぜひ、あたたかく育てる気持ちで支えていただければと思います。

イラスト・井上ひいろ

いつでも元気 2014.12 No.278

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ