いつでも元気

2015年3月31日

特集2 認知症 知っておきたい『元気』仲間のコモンセンス

基礎知識・基本的マナーを身につけよう

伊古田俊夫 北海道勤医協・中央病院 (名誉院長)

伊古田俊夫 北海道勤医協・中央病院 (名誉院長)

 認知症の人の数は400万人を超え、10年後には700万人、すなわち65歳以上の5人に1人が認知症になると予測されています。予備軍と言われる方々を含めると1000万人時代がやってきています。認知症は誰でもなりうる病気です。
 多くの人がこの病気について学び、予防策を実行すべき時代になりました。認知症の基礎知識を学び、認知症の人との接し方の基本マナーを身に着けることは現代人のコモンセンス(他人への配慮を前提とした公共の場における秩序維持の感覚)でしょう。『元気』読者の仲間の皆さんにもぜひ知ってほしいと思います。
 さあ皆さん、学びましょう。本稿では認知症を分かりやすく学ぶためにところどころにクイズを入れてみました。また認知症の心の問題を分かりやすく解き明かす理論、社会脳理論なども紹介しながら解説していきます。 

認知症とはどういう病気か

 認知症とは、元気に成人となった人が病気や事故のために脳を壊し、そのために知的・精神的な働きが低下し、社会生活に支障をきたした状態を指しています。病気が進行すると一人で生活をすることは難しく、支えや介護が必要となります。知的・精神的能力の低下(記憶の障害)、自分のことが分からなくなる(見当識障害)、目で見ている風景をきちんと理解できなくなる(失認)、手順良く物事を実行できなくなる(実行機能障害)などの形で現れます。
【クイズ1】認知症の原因として一番多い病気はどれでしょうか?
(1)アルツハイマー型認知症
(2)血管性認知症(=脳卒中後遺症)
(3)レビー小体型認知症
 正解は(1)アルツハイマー型認知症です。認知症全体の半数を占めています。各疾患の割合は図1のようになります。血管性認知症とレビー小体型認知症がほぼ同頻度で二番目に多く、前頭側頭型認知症などが続いています。
 アルツハイマー型認知症は、脳内にアミロイドβやタウという異常タンパク質がたまる病気で、やがて神経細胞が壊れてきます。レビー小体型認知症と前頭側頭型認知症も、異
常なタンパク質などがたまってくる病気です。いずれも原因は不明です。
 血管性認知症とアルコール性認知症は原因が明らかです。血管性認知症は脳出血・脳梗塞など脳卒中の後遺症で発症し、アルコール性認知症は長期間にわたるアルコール飲料の多飲が原因です。
 2つ以上のタイプが合併した認知症もめずらしくありません。アルツハイマー型と血管性の合併は、しばしば認められます。認知症全体の約30%の人がアルコールを多飲し、認知症を悪化させていると考えられています。

図1
【クイズ2】アルコールを飲むときには「適量」が大切です。次のどちらが「適量」でしょうか?
(1)日本酒1合またはビール500ml
(2)日本酒3合またはビール1000ml
 正解は(1)です。日本酒なら1合、ビールなら500ml、純粋アルコール量として25 mg以下を適量と言います。この程度に抑えていれば依存症にも認知症にもならないでしょう。節酒(お酒の量を減らすこと)は認知症重症化の予防策としてきわめて大切です。もしアルコールの害悪が一掃されるならば、100万近い家庭に幸せが戻ると推定されます。

どのように診断するのか?

【クイズ3】軽度な認知症の診断法として最も大切なものはどれでしょうか? 
(1)MRI検査
(2)問診と簡易知能検査
(3)血液検査
 MRI検査は、脳腫瘍や慢性硬膜下血腫が原因でないことを確認するための検査としては大切ですが、軽度な認知症の場合には異常を示さないため、役に立ちません。また血液検査は特別な病気(ビタミン欠乏症、甲状腺機能低下症など)の発見には有用ですが、認知症の診断には無力です。軽度な認知症の診断法としては問診や簡易知能検査が大切です。正解は(2)です。
 簡易知能検査法(物忘れテスト)としては、長谷川式簡易知能評価スケールやミニメンタルステート検査が広く使われており、有用です。簡易知能検査で「異常あり」となった場合、認知症の可能性が高くなります。同時に、日頃の言動を家族などから聞き取ります。「探し物をしていないか」「お金が盗まれたなどと誰かを疑っていないか」「同じものを買ってこないか」「同じことを何回も聞いてこないか」「出かけて迷ってしまったことはないか」「薬は自分で管理しきちんと飲めているか」「着替えや入浴をできているか」などです。家族が困惑する言動がある場合、認知症であることがほとんどです。すなわち認知症は問診・診察・簡易知能検査などで診断します。
   現役世代で仕事を持っているような人の認知症の診察では「仕事の継続が可能かどうか」「役職を引退すべきかどうか」などの判断を求められることがあります。
 また一般的な診察・検査ですっきり診断がつかないこともあります。そのような場合、詳細な神経心理検査と脳SPECT検査をおこないます。脳SPECT検査には脳血流検査とダットスキャン検査の2種類があり、前者はアルツハイマー型認知症と前頭側頭型認知症、後者はレビー小体型認知症が的確に診断できます(図2、3)。

図2、3

認知症による心の変化

【クイズ4】多くの認知症の人の心の中を占めている感情、心情は次のどれでしょうか?
(1)不安感と恐怖感、不信感
(2)幸福感と充実感
(3)無感情・無感覚
 認知症の人は、記憶の脱落によって自分と社会のつながりや絆を徐々に失っていきます。すると自分をとりまく環境変化や人間関係の変化などを適正に理解できなくなり、ちょ
っとした変化が不安・恐怖をもたらすと考えられています。認知症の人の心の感受性は概して鋭敏であり小さな変化を不安、恐怖として感じるようになり、やがて不信感が充満します。正解は(1)です。
   人と人との絆の記憶が消え、人への関心が薄れ、寂しさと孤独の世界
をさまよいます。死んだ親や親友を幻覚で呼び戻し、心を慰めています。
 過去から未来への時間の流れを把握することは難しくなり、日時や時間の感覚は失われていきます。住環境の変化、たとえば入院やショートステイ入所などはわが家から追い出され、牢獄に閉じ込められたような錯覚をもたらします。やがて怒りや絶望感、拒否感が生まれ、介護困難な症状を生み出します。
【クイズ5】周囲の人の気持ちを思いやり、共に仲良く生きていく精神を「社会性」「協調性」と呼びます。この「社会性」「協調性」といった心の働きは脳のどこに宿っているでしょう?
(1)前頭葉(前部帯状回)
(2)頭頂葉(角回)
(3)側頭葉(上側頭溝周辺皮質)
 脳科学研究の新しい潮流、社会脳科学では「社会脳」という考え方で人間の心理や行動を説明しています(図4)。社会脳は主に前頭葉を中心とするエリアに存在し、「人への関心を持つ」「人の気持ちを理解する」「人の苦しみをわが苦しみとする(同情・共感)」「欲望を抑え理性的な判断をする」「協調性を保つ」「物事を自制・我慢する」「自分の言動を反省する」などの働きを担っています。社会性や協調性は、社会脳の最も大切な働きで、前頭葉(前部帯状回)に宿っていると考えられています。正解は(1)です。
   認知症は、社会脳と呼ばれる領域をしばしば破壊し進行します。社会脳理論は2013年5月、アメリカの学会で認知症の診断に有用な理論と認められ、社会脳の障害(社会的認知の障害)は認知症の診断基準に採用されました(DSM第5版)。
   前頭葉の内側面を障害された認知症の人は、目の前にいる人を無視してしまう症状が出ることがあります。向かい合って話をしていても途中でプイッと出て行ってしまいます(立ち去り行動)。家族が相談事で話しかけても生返事しか返ってこないため、家族間の不信感の原因となります。側頭葉や扁桃体が壊れると目の前にいる人が悲しんでいるのか、怒っているのか、すなわちどのような感情を持っているか分からなくなります。
 こうした社会脳の障害と認知症の人にあらわれる問題行動はよく一致します。多くの方々がこの社会脳理論を学び、認知症の人の心の障害がどのように生まれてくるかということを理解いただけるならば、認知症ケアは大きく前進するでしょう。

図4

認知症の人への接し方

【クイズ6】認知症の人との信頼関係を築くうえで大切なことに○、不適切なことに×をつけましょう。
(1)目を見つめ、笑顔で穏やかに話しかける
(2)一方的に話す
(3)スキンシップを大切にする
 認知症ケアの基本を成す「認知症の人との接し方、話し方」はいろいろな形で定式化されつつあり、「和光病院式ケア」「ユマニチュード」「バリデーション法」などが参考になります。
 認知症の人と接するときはまず、安心感や信頼感を持ってもらうことが重要です。「正面からしっかりと見つめる」「にこやかに笑顔で明るく話しかける」「スキンシップを大切にする」などが大切です。「笑顔でしっかり見つめる」ときには、上から見下ろさず、また後ろや横から呼びかけず、正面から近づき笑顔で見つめます。「話しかける」は、相手が心地よく感じる言葉を穏やかな声で話しかけます。笑顔も大切です。「触れる」は、手をとる、痛むところを優しくさする、などです。いきなり肩や背中などを触ることは不快感をあたえるので、気をつけましょう。正解は(1)○、(2)×、(3)○です。
 認知症の人との会話の仕方としては「バリデーション法」が参考になります。(1)思い出を交え、語り合う、(2)同じ内容を繰り返す、(3)一方的に話さず、相手の感情・表情に合わせる、(4)オープンクエスチョン(イエス・ノーの答えではなく自由に答えられる質問)を混ぜる、(5)落ち込んでいる人には「極端な表現」法(注2)を交える、(6)相手のしぐさに合わせ相槌をうち会話をする、などが大切です。
 たとえば、認知症の人が「私は不幸せだ」と言ったときに「世界で一番不幸せ?」などと聞き返し、極端な表現を通して最悪の事態を想像させ、自分と比較するように誘導します。すると認知症の人は自分のことを客観視でき、「世界で一番でもないけれど…」と、自分が思うほど状況はひどくないと感じてくれます。

 毎日1時間の運動(散歩など)、認知症予防食(野菜、魚介類、大豆製品など)の摂取、高血圧・糖尿病の治療などで認知症は30%減らせます。さあ、認知症を学び認知症を減らしましょう!

イラスト・井上ひいろ
いつでも元気 2015.04 No.282

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ