健康・病気・薬

2015年6月16日

路上生活者114人に精神保健調査 “6割に障害”明らかに― 精神医療は貧困とどう向き合うか

 全日本民医連の精神医療委員会が、研究者たちと行った路上生活者一一四人の精神保健調査(昨年一一月二日実施)がまとまりました。今月一四日には、調査を行った名古屋市内で報告会も。対象者の三四%に知的障害が、四二%に統合失調症やアルコール依存症など精神疾患があると分かり(図1、2)、何らかの障害を抱える当事者は六二%(七一人)にものぼりました。実行委員長の松浦健伸医師(石川・城北病院)は「路上生活者の支援のあり方を考える契機にしたい」と話します。(新井健治記者)

 名古屋駅の南東部には、かつて日雇い労働者の寄せ場「笹島」があり、今も路上生活者が多数います。調査は全日本民医連精神医療委員会と地元で路上生活者を支援するNPO法人「ささしまサポートセンター」、岐阜大学医学部、愛知民医連などが共同でとりくみました。調査結果は岐阜大学准教授の西尾彰泰(あきひろ)医師が分析しました。
 採血、内科検診、歯科検診に続き、インテイク(生活歴などの聞き取り)、精神科医診察、心理検査(知能検査)を実施。これだけ総合的な調査は国際的にも初めてで、高血圧や肥満、糖尿病の疑いなどの情報が集まりました。
 医師が当事者に健康状態を説明する結果返しも実施。医療機関への紹介状を渡し、生活保護の申請方法などを説明しました。特に口腔状態の悪化が目立ち、半数が義歯が必要な状態で、何らかの歯科治療が必要な人は八割にのぼりました。

障害と路上生活の関係

 日本の路上生活者の精神保健調査は海外に比べて遅れており、別の団体が二〇〇八~〇九年に東京で行った調査が初。この調査では約六割に精神疾患、約三割に知的障害があると分かりました。実行委員会が一昨年に行った先行調査でも約六割に精神疾患があり、信頼できるデータが揃いました。
 一一四人の内訳は男性一〇六人、女性八人で平均年齢は五四歳でした。
 中等度以上の知的障害がある当事者の約三割が「路上生活から抜け出したくない」と答えています(図3)。その理由として、知的障害と精神障害を併せ持つ当事者の約七割が「施設を利用したくないから」「人間関係を築くのが苦手だから」と回答。複合的な障害に十分な支援がなく、路上生活が長引く傾向にあると分かりました。
 地元支援団体と民医連の橋渡しをした渡邉貴博医師(岐阜・みどり病院)は「障害が理解されず周囲との関係が悪化し、路上に“引きこもっている”状態の人も少なくない。障害者手帳の取得や生活保護につながりにくく、福祉が届かずに苦しみながら生きている。制度の狭間に置かれた当事者には、障害を踏まえたていねいなサポートが必要」と指摘します。

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路上から原点を探る

 全日本民医連精神医療委員会は二〇一〇年から、重点課題の一つに「貧困と精神疾患の調査研究」を掲げてきました。貧困と格差が拡大する中、最も困難な立場にある路上生活者を支援しようと、「第二一回精神医療・福祉交流集会」の一環として調査を実施。「路上から民医連の原点を探る」をテーマに、交流集会では初のフィールドワークとなりました。
 民医連の精神科は医師不足など多くの課題を抱えています。民医連らしい精神医療とは何かを改めて考えようというねらいも。松浦医師は「民医連のアイデンティティーをつかみ、後継者育成につなげたい」と強調します。医学生一五人も参加。青森・弘前大学医学部の黒瀧奎吾さんは、民医連の企画に初めて参加。「路上生活者に接するのは初めて。当事者のニーズに合わせた対策が必要だと感じました」と話します。
 実行委員会は過去のデータも合わせて路上生活者の精神保健状態を明らかにし、障害に合わせた支援方法を実施するよう国や自治体に求めていく方針です。また、今後、学会で発表する予定です。


結果をもとに支援方法を考える

 調査は駅前の県の施設で実施。当日は二一県連から医師三三人を含む看護師、精神保健福祉士、臨床心理士、薬剤師、事務など一七二人がスタッフとして参加しました。地元の支援団体と合わせ、二二八人が受付から結果返しまで三~四時間、当事者にマンツーマンで付き添いました。
 当事者に事前に協力を依頼したのは、実行委員のささしまサポートセンターです。三〇年にわたり路上生活者を支援してきた同センターの信頼と、民医連の組織力で大規模な調査が実現しました。
 同センターの森亮太理事長(杉浦医院院長)は「集団生活が原則の公的施設には馴染めない人や、いったんアパート生活に移行しても再び路上に戻ってしまう人が多く、支援方法を模索してきました。今後はデータに基づき、行政と交渉したい」と話します。
 終了後は班に分かれ、意見交換。「路上生活が、当事者の“自己責任”ではないことが分かった」などの感想が多くありました。
 林道倫精神科神経科病院(岡山)の林英樹院長は「久しぶりのフィールドワーク。多職種で調査ができて刺激になりました。調査結果を当事者の支援に役立てることが大切です」と話しました。

(民医連新聞 第1598号 2015年6月15日)

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