いつでも元気

2002年7月1日

特集2 健やかに育ち、働き、健やかに老いるために

genki129_02_01

体をうごかすこと・運動の効用
…最近の研究成果から

森永伊昭
青森・健生病院副院長(日本医師会認定健康スポーツ医、日本整形外科学会認定スポーツ医)

 高齢化社会のテーマ=健やかに老いる
genki129_02_09

 戦前や戦争中、日本人の衛生状態・栄養状態は非常に悪く、長時間の激しい肉体労働を強いられ、軍国主義のもとで戦争にかり出され、短命でした。いまは衛 生状態が良くなり、社会保障も整備され、医療も進歩し、日本は世界一の長寿国となりました。
 高齢化社会が来ているのです。
 その一方で、現代人は「体を動かす」ことが少なくなりました。
 第一次産業は機械化、家事労働は省力化、交通機関は便利になり、糖尿病、肥満、高血圧、高脂血症、動脈硬化症、心筋梗塞など運動不足病が増えました。子 どもたちの体力は年々低下しています。外で体を使って遊ぶ機会が減り、テレビゲームに夢中になる機会が増えたためです。
「健やかに育ち」「健やかに働き」「健やかに老いる」というテーマが今日ほど大事になっている時代はありません。それを考える参考に、最近のいくつかの研 究をもとに「体を動かすこと」「運動」がいかに健康に大切か、というお話をします。
 なお、「身体活動」「運動」という言葉は、おおよそ(表)のように考えてください。

 過激な運動には注意を

図1genki129_02_02

図2genki129_02_03

  まず、運動は健康や寿命に関係が深い、という研究から――。
 106万4004人を「運動しない」グループから「激しく運動する」までの4グループに分け、死亡率を調査した研究(図1)があります。
 60歳以上では「まったく運動しない」グループの死亡率が、運動グループよりかなり高く、「若干運動する」グループの約2倍からそれ以上でした。「運動の程度が強いほど死亡率が低くなる」という結果がはっきり出ました。
 「歩く」という軽い運動でも長寿と関係ある、という研究もあります(図2)。平均年齢68~70 歳の707人を、1日の歩行距離で「1マイル(1・6km)未満」「1~2マイル」「2マイル以上」の3グループに分け、12年間追跡調査した結果、1日 2マイル以上歩くグループの死亡率は、1マイル未満のグループのほぼ半分でした。しかもよく歩くグループは、がんによる死亡が少ないのです。
 しかし、運動は量が多ければ多いほど効果が高いわけではありません。
身体活動量が一週間当たり3500??までは身体活動量が増えるほど死亡率が下がりますが、それ以上運動量を増やしても死亡率は低下しません。逆に過激なスポーツは寿命を縮める可能性があります。

 運動はがんや成人病の予防に

図3genki129_02_04

図4genki129_02_05

 運動は、がんや成人病の予防に役立つことがわかっています。
 NHKテレビ番組「ためしてガッテン」が放映した「がんの予防14か条」は重要な順に並んでいます。第2条が「運動を続けること」、第3条が「肥満を避けること」などです。
 番組では「14か条を守れば肺がんの3分の1、大腸がんの4分の3、子宮がんの2分の1は減らせる」といっていました。肥満の防止・治療には運動が効果的で、重要な第2、第3位が運動に関係しているのです。
 成人病では、運動不足により心臓発作が増え、運動することで脳梗塞や糖尿病を予防することができます。心臓発作は危険因子が増えるほど、発生率が高くなります(図3)
 運動時間が長いほど脳梗塞の防止効果を高めますが、週2時間以下の運動でも危険性を半分以下にできることがわかっています。
 糖分をとりこむ機能に障害がある(耐糖能障害)と、糖尿病になったり、心筋梗塞で死亡する危険が高くなりますが、中国の研究では、「運動療法により、耐糖能障害の人が糖尿病になる率を46%低下させることができた」といいます。
 別に、48歳の男性6596人を60歳まで12年間追跡調査した研究があります。糖尿病の人の死亡率は、糖尿病でない人の3倍、通常の治療をした耐糖能 障害の人は2倍でした。しかし食事・運動療法を行なうと、耐糖能障害の人の死亡率を糖尿病でない人と同じレベルに低下できることがわかりました(図4)

 運動は続けることが重要

 健康の維持・増進には、運動を生涯つづける生活習慣を身につけることが必要です。
 ハーバード大学卒業生の調査では、卒業後の運動量が多いほど、冠動脈疾患(心筋梗塞、狭心症など)になる危険性が小さくなることがわかりました。運動を続けることで冠動脈疾患予防効果があるのです。
 しかし、学生時代に一流スポーツマンだった人が卒業後スポーツをやめると、予防効果がなくなってしまうこともわかっています。

 今が運動を始めるチャンス!

図5genki129_02_06

 日本の大都市でのスポーツ実践率の調査では、最もスポーツを実践している年齢層は35~39歳の壮年期(47%)でした。
 別の研究では、76歳の人526人に、どの年齢時の身体活動が現在の身体活動と能力に影響があるのかを調べました。10~20歳の運動習慣は現在の能力 に反映しませんが、男性では35歳以降、女性では50歳以降の運動習慣が現在の能力に影響があることがわかりました(図5)
 中高年のみなさん。「もう手遅れ」とあきらめることは決してありません。今が運動を始めるチャンスです。

 日常生活動作能力の低下を防止

 小金井市の元気な69~71歳の人422人を対象に、10年後、日常生活の動作能力がどれくらい低下したかを調べました。すると、運動習慣のある人はない人と比べ、女性で5分の3程度、男性で5分の2しか能力が低下していなかったのです。
 長生きできても、寝たきりではおもしろくありません。運動習慣は高齢者の生活をも豊かにします。
 70歳以上のすべての人におすすめの運動は「歩くこと」です。習慣として一生続けていくことで身体能力を維持することにつながるのです。
 歩行は安全性、簡便性、有効性から、一生の習慣とするのに最適な運動です。自分の意志で行きたい場所に自由に歩いて行くことは「元気で長生き」「健やかな長寿」を支えます。

 運動は体調、精神面にも好影響
図6genki129_02_07

運動は、体が軽くなる、肩こりがよくなる、人づきあいが好きになる、協調性、積極性などの体調面や精神面に有用です(図6)。運動は更年期症状を改善します。脳に刺激を与え、精神活動を活性化し、記憶力、思考力、集中力を高めるといわれます。

 骨そしょう症と運動

 骨そしょう症になると、骨がもろくなり、背骨、股関節部、手関節部などの骨折の原因になります。
 骨そしょう症は、骨密度が20~40歳の平均の約70%以下となる状態です。骨の強度は骨密度の二乗に比例します。正常な背骨は1000??以上の圧迫力に十分耐えられます。
 骨密度が50%になると骨強度は25%に低下し、背骨は250??程度の力しか支えられなくなります。腰を曲げると背骨に200~300??の力がかかるので、けがをしなくても背骨がつぶれてしまうのです。
 成長期の運動は、骨密度を高める効果が高く、骨形成をうながします。成人してからは骨密度は増えにくく、努力しても数%程度しか増えません。多くの場合は年をとるにつれて骨密度が減少するのを抑えるだけです。
 運動も、種類によって骨密度への影響が違ってきます。ジャンプ、キック、ターンなど、骨に衝撃が加わる運動は骨密度を増す効果が大きく(柔道、レスリン グ、ハンドボール、テニス、バレーボールなど)、ジョギング、ウォーキングなどでは骨密度がさほど高くなりません。また水泳などの、重力がかからない運動 は骨密度が増加しにくいのです。

 運動によって転倒予防効果

 体力の中でも平衡機能(バランス力)の老化は一番早く、60代前半でピーク時の20%になります。一番遅 くまで老化しにくい機能は筋力です。バランス力や筋力が低下すると転倒しやすくなり、転倒は骨そしょう症の人が骨折する原因です。運動は筋力、バランス 力、柔軟性のすべて、とくにバランス力を改善させます。
 高齢者にも無理なくできるウォーキングなどの運動は、骨密度増加効果は少なくても骨折を防止することにつながります。

 おすすめは有酸素運動

 健康の維持・増進におすすめなのは「有酸素運動」です。
 有酸素運動とは、筋力は弱いが長時間持続できる運動で、歩行、ジョギング、ゆっくり泳ぐ、サイクリング、テニス、バレーボール、ゴルフなど。エネルギー 源として主に脂肪が用いられます。ねばり強さ(持久力)を鍛えることができます。長生き、健康増進、生活習慣病の予防や治療に適切な運動です。
 「無酸素運動」はその反対に、瞬発力を要する、短時間で強い筋力を出す運動です。ごくわずかな時間しか持続できません。短距離の全力疾走、重い物を持ち 上げる、懸垂などです。エネルギー源としてグリコーゲンなどの糖質が用いられ、力強さ(筋力)を鍛えることができます。生活習慣病の治療、高齢者には向き ません。

 「めやす」をまとめると

 健康の維持・増進を目的とする運動の実際を「めやす」としてまとめると ――。
▼頻度:週3日以上(~5日、できれば毎日)。
▼強度:中等度(たとえばウォーキング、自転車、水泳)、仕事や家事の身体活動を含んでいてもよい(たとえば日曜大工、庭いじり)。
▼時間:続けて20~60分(できれば最低30分)、しかし最低続けて10分ずつ1日3回、合計30分でもよい。
▼運動の種類:有酸素運動。

 ニコニコペースがちょうどいい
図7genki129_02_08

 健康の維持・増進に適切な運動は50~60%の運動強度です(図7)。あまり苦しくなく、楽しみながら持続できる中等度の運動です。走りながら楽しく会話できる程度の運動で、「ニコニコペース」ともいいます。50歳代以下では1分間の脈拍数120、60~70歳代では100程度の運動です。
 運動をこれから始める人、中高年者、体力の弱い人は、もう一段階低い40%の運動強度、話しながら走っても呼吸が乱れない「ルンルンペース」から始め、運動直後に脈を測る習慣をつけることをおすすめします。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 日常生活の中で積極的に体を動かし、高い体力を維持すると、元気になります。長生きもできます。
 ただし、運動は両刃の剣、毒にも薬にもなります。局所に負担がかかりすぎれば「使いすぎ症候群」という障害を生じます。過激な運動は「燃え尽き症候群」など精神面にも悪影響をおよぼし、寿命を縮める危険があります。
 病気の人が治療をなおざりにして、「健康にいいから」と運動だけ行なうのは、大きな勘違いです。

いつでも元気 2002.7 No.129

リング1この記事を見た人はこんな記事も見ています。


お役立コンテンツ

▲ページTOPへ