各地のとりくみ

2015年10月31日

七〇年目の夏

若い人のためなら 山梨・巨摩共立病院

genki289_35-02 当病院では新入職員教育の一環として、例年地域の班会に参加し、友の会員さんとの交流を深めています。
 戦後七〇年の節目である今年は、新たな試みとして戦争体験者である友の会幹事の方々に講師になっていただき、当時の戦地での体験などを聴講する機会をつくりました。
 「七〇年経った今でも、当時のことを話すのは辛く切ないが、若い人達のためなら」と、森谷三士さんと高橋仁さんが九〇歳を超えているとは思えないほどのしっかりとした口調で、一四人の新入職員に語ってくれました。
 参加した職員からは、「戦争の重み、悲惨さを改めて感じ、戦争反対の意志を強く持つことができた」「平和を願う地域の皆さんとともに、医療人である自分も、多くの人に戦争反対を訴えていきたい」などの感想が寄せられました。戦地に行った方の貴重なお話が、若い新入職員一人ひとりの胸に深く刻まれた会となりました。
(伊藤要子)

原爆の火を守り続ける 北海道・札幌西・手稲健康友の会

 札幌市西区にある日登寺の境内では、小さな火がチロチロと燃え続けています。これは広島の原爆投下の時の火を若い兵士が持ち帰ったものと言われています。この火を守り続けようと、毎年八月六日に有志が集まって「原爆の火を囲むつどい」をおこなっており、今年は二二回目を迎えました。
 八時一五分には広島の皆さんとともに黙祷し、その後被爆者の体験を聞きます。今年は当友の会員の女性も話しました。兵士として広島に駐留していた方の、原爆投下の時の壮絶な体験談には息をのみました。
 被爆者の方々も高齢になり、語り継ぐことも難しくなっています。この火を守り、平和を願う息の長い運動を続けていかねばと、心から思った被爆七〇年節目のつどい。友の会員の参加も目立ちました。
(坂野悠紀子通信員)

地元の戦争伝える 奈良・土庫病院

 八月二二日~二三日、当病院を事務局とした地域の実行委員会主催で「第二五回中和地域平和のつどい『わたしたちのまちにも戦争があった』」を開催しました。「どんづるぼう地下壕」の模型展示や戦時食再現、すいとん試食コーナーが好評でした。
 最も注目されたのは奈良県初開催となる、広島市立大学芸術学部提供の「光の肖像展」でした。被爆者の肖像画を通じて、共感を広げるというあらたな視点で平和への思いを深めることができました。
 感想文では「奈良でもこんなに戦争の被害があったとは知りませんでした」「戦後七〇年、ますます難しくなっている戦争を伝えることの大切さを感じました」など反響は大きく、会場から「戦争を知らんやろ。すぐ(会場に)おいで」と電話する光景も。二二日のお昼のNHKニュースで紹介されたこともあり、来場者は二日間で六〇〇人になりました。
(高崎大史)

加害の体験も 大阪・けいはん医療生協

 八月一日、門真東・門真西・門真中央の三支部合同で「戦争体験を皆で聞く会」がおこなわれ、すいとんを食べながら一〇人の方が体験を語り、四七人が聞き入りました。
 満州北部からの壮絶な引き上げ体験や、大阪大空襲で命からがら助かった話、原爆の犠牲者が長崎の五島列島まで運ばれ、そこで悲惨な救援をした方の話などが語られました。
 加害者側の体験として、中国の天津で中国人捕虜を尋問するために臨時通訳をしたときの悲惨な状況を生々しく語ってくださった方もいらっしゃいました。
 懇親会では、参加した皆さんの「悲惨な戦争はアカン」「戦争法案はアカン」という共通の思いが交流されました。戦争体験者も歳をとってきており、元気なうちに戦争体験をもっと語っていこうと確認し合い、幕を閉じました。
(大森輝夫通信員)

いつでも元気 2015.11 No.289

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