MIN-IRENトピックス

2016年1月5日

Interview 女優 サヘル ローズさん 子どもたちのアンテナになりたい 「いま生きていることを大切に」

 「語り手がいなくなっても事実は消せない。過ちを繰り返さないためには、事実を知ること」。そう語るのは、日本で女優として活躍するイラン出身のサヘル・ローズさん。孤児院で育ち、八歳の時に養母とともに来日。医療や福祉の番組にも出演し、講演会などでも積極的に子どもの問題を発信しています。

“おせっかい”でいい

 八歳の時に養母と二人、知人を頼って日本に来ました。一時、頼る人もお金も住むところもなくなり、公園で寝泊まりしていました。声をかけてくれたのが小学校の給食のおばちゃんでした。ご飯を食べさせ、母の仕事も探してくれました。校長先生は一対一で日本語を教えてくれて、スーパーの店員さんは、試食コーナーに通いお腹を満たしていた私たちに、お菓子の入った紙袋をそっと渡してくれました。困っている私たちを見て見ぬふりはしませんでした。
 最近は一人で暮らす人も増えていますし、足腰が弱くなっても助けを受けられないお年寄りの方もいます。家族で助け合うことが「当たり前」ではなくなっているような気がします。
 弱っていたり困っている人間にとっては、見て見ぬふりが一番悲しいし、傷つきます。人間なのだから、迷惑をかけたりかけられたりはお互い様。おせっかいかなと思っても、本人は「自分のことを見てくれていたんだ」と嬉しくなるものです。困っている人がいたら、声をかけて、行動に移してほしいと思います。

すべての人に生きる権利

 この世に生きるすべての人に、生まれた瞬間から生きる権利があります。貧しい家の子にも養護施設で暮らさざるを得ない子にも。
 いろんな事情で家族と暮らせず、夢を抱くことさえできない子どもたちがたくさんいますが、あまり知られていません。多くの人に関心を寄せてもらうためには、高く大きなアンテナで発信する必要がある。例えば養子を育てている女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが発信すれば、世界のマスコミが報道するでしょう? 私もそんなアンテナになりたいのです。
 そういう思いで講演活動を続けています。先日も五〇〇人の方が来てくださいました。一人でも二人でもいいから、養護施設で暮らす子どもたちに関心を持ち、生きていることを見つめ直してもらえたら嬉しい。それが、同じように施設で育った私にできること。私たち親子を助け、育ててくれた日本への私なりの恩返しです。

「当たり前」ではない日常

 二〇一五年はNHK・Eテレの「ハートネットTV」で、戦後七〇年の社会保障を振り返るシリーズに出演しました。戦争の傷跡やその問題点、七〇年たってもなお解決されていなかったり、今になって改めて直面している問題もあることが分かりました。
 医療をテーマにした放送回もあり、戦後、誰もが受けられるよう改善されてきたことを学びました。一方、今も医療が十分届いていない現実があります。医師は不足し、病院にかかりたくても金銭面の問題でがまんせざるを得ない人もいます。つながりやささえ合いを見直す時ではないかと考えさせられました。
 日本ならお薬を飲めば治る病気で命を落とす人が世界にはたくさんいます。「いま生きていること」は当たり前ではなく、誰でも医療にかかれるのは、先人が努力して築いてきたからだということを知ってもらいたいです。
 ハンセン病がテーマの放送回も印象的でした。元患者さんの平均年齢は八四歳になり、事実を語れる人が少なくなっています。私たちが次の世代に伝えていかなければならないと思います。同じ過ちを繰り返さないためにも事実を知ることが不可欠だから。だけど今、伝えるという循環が止まっているようにも感じています。

なぜ人が武器を手にするか

 当事者ではない人たちに伝えることは簡単ではありません。中でも戦争のことは、実体験した人でなければ分からないのかもしれません。けれども、戦争が残した傷跡を知り、生きたくても生きられなかった人がいたことを知ることはできます。
 今も世界中で戦争や紛争、テロが続いています。戦争の記憶はとても辛いけれど、消せないし、消してはいけません。知ること、伝えることをやめてしまったら、同じ誤ちを繰り返してしまう。戦争の話を記憶の中にとどめること。そうすれば、生きることに真剣になると思います。
 最近、「やられたらやり返す」という風潮が強くなり、憎しみの種が落とされているように感じます。怖いのは、一〇年後、二〇年後、その種が毒となって広がること。戦争になれば真っ先に弱い人たちが犠牲になり、その声は届かず、失われた命は報道すらされません。
 何が正義なのかを一概に決められないのが今の社会です。いろんな角度から見て、いろんな人の意見を聞いて考えてほしい。そして「ゆるす」ことができる人に。そんな心をみんなが持てたら、世界は変わっていくのではないでしょうか。
 もう一つ言いたいのは「差別はしないで」ということ。人はみな同じなのです。日本の子どもも世界の子どもも、同じようにお母さんから生まれてくるのです。
 生まれた時から武器をおもちゃにする子どもはいません。無邪気に遊びたいし、学校に通いたい。人が武器を手にするようになるのは、社会がそうしているからです。そこを変えていかなければなりません。
 そのためには、国のトップに任せておくだけではなく、私たち一人ひとりが事実を知ること。それが第一歩だと私は思います。


さへる・ろーず
 1985年、イラン生まれ。養母と8歳で来日。高校時代にJ―WAVEでラジオDJデビュー。現在、「探検バクモン」(NHK総合)や「スーパーJチャンネル」(テレビ朝日)にレギュラー出演。著書は『戦場から女優へ』(文藝春秋)

(民医連新聞 第1611号 2016年1月4日)

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