MIN-IRENトピックス

2016年4月30日

特集 子どもの貧困 ネットワークで発見し、守る

ルポライター 矢吹紀人

 マスコミ報道が増え、注目を集める「子どもの貧困」問題。子どもの貧困率は16.3%(2012年、厚労省)まで上昇し、6人に1人の子どもが貧困の中で育っています。しかし、「身近に子どもの貧困を感じることはありますか?」という問いに対しては、いまだ多くの人が答えられません。医療の現場から見えてきた子どもの貧困と、それに立ち向かう人びとの活動を追いました。
(撮影:豆塚猛)
※写真と本文は関係ありません

多職種が手をとりあって支える
病院・診療所

カンファレンスで見える貧困

写真 長野県飯田市の健和会病院小児科。午前中の診療が終わるとすぐ、和田浩医師が声をかけ、看護師と事務が集まってケースカンファレンスがおこなわれます。
 「この子はぜん息で学校に通えていなかったけれど、落ち着いたみたいだね。お母さんは、仕事見つかったのかな?」と和田医師。
 話は子どもの健康状態だけでなく、家庭の経済状態に及びます。窓口で応対した職員が答えます。
 「まだ働けていないようです。今日の支払いも、待ってほしいということでした」。
 このケースは一年半ほど前、四〇代の母親が脳卒中のリハビリで来院。父親も無職で、子どもはぜん息で半月ほど小学校に通っていませんでした。
 和田医師は「『とりあえずの支払いはいいから、ぜん息をきちんと治しましょう』と母親に言って、治療を始めた子です。看護師が自宅を訪問をして、家庭の状況がわかってきました」と言います。
 小児科で患者の経済状況にも目を配るカンファレンスを始めたのは六年前。多職種で話し合うことで、職員が貧困の問題を理解できました。
 「長野県の小児医療費制度は、いったん医療費を窓口で払って後で返還される償還払い制。後で返ってくるから問題ないだろうと自分も思っていた。ところが、窓口で支払うお金がないので受診を我慢する患者さんがいることが、事務や看護師の指摘でわかりました。患者さんの家庭環境が、カンファレンスで見えてきたのです」。
 子どもの貧困に気づいた和田医師らのグループでは一昨年、全国の民医連の小児科医に呼びかけて、佛教大学と共同で「貧困と子どもの健康調査」を実施しました。
 「貧困群の小児には繰り返し入院したりぜん息の患者が多い。家がほこりやダニで汚れているなど、家庭環境が健康に悪影響を与えている。欧米では以前から言われていることですが、貧困の家庭には、肥満が多いことも明らかになりました」。
 昨年一一月におこなわれた調査結果のシンポジウムでは、貧困問題に詳しい首都大学の阿部彩教授が、「医療従事者が現場から集めたデータは非常に貴重」と評価。和田医師は、「自分たちが実感していない貧困が、まだまだあると教えられた。子どもの貧困には、もっと敏感になっていかなければ」と語ります。

貧困の“連鎖”

 京都市右京区のかどの三条こども診療所には、「貧困の連鎖」のなかで育つ子どもがたびたび来院します。今年三歳になるAくんもその一人。生後七カ月のころに胃腸炎で入院したAくんは、二〇代前半の母親と二人暮らし。生活保護を受給しています。
 母親は幼少時にてんかんを発症し、知的障害があります。中学二年の時に両親が離婚して児童養護施設で育ち、高校は中退。アルバイトも長続きせず、自立生活ができないまま未婚でAくんを出産しました。
 同診療所助産師の新井恵子さんは「保健センターの保健師が家庭訪問すると、哺乳ビンも洗わないまま不潔な状態で使っていたとか。Aくんが来院するたびに生活指導をし、母親の成長を支える中で、少しずつ親としての自覚が出てきています」と言います。
 母親と二人で母の友人宅で暮らしているBちゃん(一歳)のケース。母親は三〇歳で離婚。その後、別の男性との間にBちゃんを妊娠しますが、収入が少なく国保料を払うのもギリギリだったため無低診で京都中央病院にかかり、助産制度()で出産しました。
 同病院のソーシャルワーカーがかどの三条こども診療所を紹介し、出産後のストレス相談などでたびたび来院しています。「母親は疲れ切って、自力では対処できない状態でした。看護師や事務長が同行して福祉事務所へ行きましたが、今も友人宅に住んでいます。無保険で医療費の支払いも滞ったままです」と看護師の田邊侑子さん。
 貧困の中で生きる子どもたちのために、医療機関ができることは何か。同診療所所長の尾崎望医師は「まずは困っている人の発見。そして、その人を守るネットワークを作ること」と答えます。職員は日常診療から見えてきた「貧困を発見するためのポイント」をまとめ(表)、困難を抱える親子を見逃さないようにしています。

見守る輪の大切さ

 Bちゃん母子に出産前から関わってきた京都中央病院ソーシャルワーカーの植松理香さんは、この仕事を始めて二〇年以上のベテラン。「四、五年前から、出産後に子どもを育てる環境が整わない母子のケースが目立ってきました」と語ります。
 それは、社会全体に貧困が広がっている証明であるとともに、行政との連携が密に取れるようになり、困っている人たちが見えるようになってきたからだとも。
 「京都市が二〇一〇年から児童虐待防止のとりくみを始め、保健センターの担当者と話す機会が多くなりました。当院の助産師が行政から委託を受け、生後四カ月以内の乳児がいる家庭を訪ねて育児のアドバイスをする『赤ちゃん訪問』をすることもありました。生活環境や母親の精神状態が不安な時に、保健師が連絡をくれたり、こちらから気になるケースを伝えたりと、日常的に情報交換しています」と植松さん。
 一〇年ほど前、父親が精神疾患で、母親にもパニック障害があり、生まれた子を自宅に帰すのが心配な親子がいました。しかし、産科として関わった京都中央病院だけでは、退院後の生活を把握することも、援助することもできませんでした。
 「今は、ちょっと心配なケースはかどの三条こども診療所に紹介して、子どもの日常診療につなげています。さらに問題がありそうな場合は、保健センターの保健師にもかかわってもらう。子どもを見守るネットワークをつくることが、子どもの貧困に向き合ううえで大切です」と植松さんは言います。
 貧困にあえぐ人たち、子どもたちにとって何より大事なのは、理解し手を差し伸べてくれる人とのつながりを切らさないこと。そのためにも、親子を取り巻く人の輪を分厚く、強くしていくことが大切なのではないか。植松さんは、そう語ります。

…生活保護を受けていたり所得の低い人を対象に、出産費用の一部または全額を公費で負担する制度

【貧困を発見するポイント】

(1)保険証がよく変わる
   →転職を繰り返し、その間に収入が不安定になる
(2)医療費の支払いが困難・滞納している
(3)治療拒否
   →任意のワクチン接種など、有料の治療をためらう
(4)子どもや親の言動・表情
   →子どもがおびえていたり、無表情である時は、虐待やネグレクト、発達障害などの可能性がある
(5)継続的な治療が必要だが、定期的な受診がない
(6)毎年更新が必要なひとり親家庭医療費助成制度の更新がない
   →京都府では三年前から所得制限を設けており、基準を少し超てしまった家庭が医療費に困窮するケースも

 人とつながる安心感
無料塾・こども食堂

「ここに来て成績が上がった」

 名古屋市北区、地下鉄平安通駅近くのマンションの一室。窓の外にネオンの灯りがともる夕方になると、中学生たちが一人、二人と集まってきます。
 名古屋市が二〇一三年から始めた生活保護世帯の学習サポート事業。その委託を受け、北医療生協が二年前から開いている「寺子屋学習塾」のうちの一つ、平安教室です。
 取材にうかがった二月上旬は高校入試の真っ最中。教室が始まる一〇分前に顔を出した中学三年の女子二人組のうち、Mさんはすでに推薦で志望校に合格していました。「この塾は、自分から希望して来ました。先生の教え方が上手で、社会の点数が上がりました」と、落ち着いた表情で話します。
 仲良しのRさんは、来週が志望校の推薦入試。今日は面接のスピーチ原稿の書き直しを手伝ってもらうのだとか。「自分のやりたい勉強をみてくれる。五教科を教えてもらい、特に数学の成績がよくなりました」と、明るい笑顔です。
 北医療生協「くらしの委員会」で約三年前から、「子どもたちに光をあてた活動をしよう」と話し合っていたところ、ちょうど名古屋市が学習サポート事業を始めました。
 生活保護世帯などの中学生を対象に、市内二四カ所で始まった事業で、同医療生協は三教室を受託しました。昨年度は約三〇人が教室に通い、週二回、一回二時間で授業料も教材費も無料。勉強を教えたり教室を運営するサポーターは、医療生協の理事や組合員、近所の大学生らで、現在は約四〇人が登録しています。

生きるための力をもっと

 無料塾の大きな目的は学習支援ですが、「自分たちは、もう少し広い視野を持って運営している」と北医療生協担当職員の矢田哲史さん。
 「貧困や家庭の事情が原因で、学校でおいてきぼりにされたり、人との関係がつくれない子どもたちに、学ぶおもしろさ、人とかかわることの楽しさを知ってもらいたいのです」。
 平安教室では休憩時間に当番の子がおにぎりを作り、みんなでテーブルを囲んで食べます。ワイワイにぎやかなこの時間が、ときには三〇分を超えることもあるとか。「でも、この時間も大切なんです」と、平安教室統括サポーターの本田直子さんは言います。
 「困った時は『助けて』と言っていいんだという経験、人とつながっていいんだという経験、そして時には自分が助ける側にもなれるんだという経験。そういう時間を、子どもたちがここでたくさん持ってくれたらいいと思っています」。
 翌日、市街地から少し離れたところにある「あじま教室」にもうかがいました。やってきた中学生は一〇人。近くに大学がないこの教室には、学生サポーターがほとんどいません。この夜も五人の組合員らが、手分けして勉強を見ていました。
 あじま教室統括サポーターの山本朋子さんからは、事前に「この教室には、姉も自分も不登校で自閉症の男の子、特定の場面で話すことができなくなる場面緘黙症の女の子、中三なのに九九から教えている子など、いろいろ複雑な問題を抱えた子がたくさんいます」と、聞かされていました。
 いったいどんな子たちなのだろうと思いましたが、教室が始まるとみんな教科書に集中します。ここでも、大人との信頼関係が、子どもたちを少しずつ変えているようです。
 「家庭の状況やプライバシーはいっさい聞かないので分かりませんが、貧困であるがゆえに、生きるための当たり前のことを身につけられずに育っている子どもが、たくさんいるように感じます」と山本さんは言います。

温かい食事をみんなで

 最近マスコミなどでも話題になっている「こども食堂」。昨年は全国のこども食堂をつなぐ「こども食堂ネットワーク」も結成され、各地でとりくみが広がっています。
 東京都練馬区の「ねりまこども食堂」は一年前、代表の金子よしえさんが中心になって始まりました。栄養が充分でなかったり、一人寂しく夕食を食べる子がいると知った金子さんが「ご飯を提供するぐらいなら自分にもできる」と、知り合いに呼びかけ、月平均二回開催し、毎回約五〇食を作っています。
 「昔なら近所のおばさんが『一人なら、うちでごはん食べな』って声をかけてくれたでしょ。本当なら、こども食堂なんていらない社会になってくれたら。そういう時代が来ることを願って、できることをやっているだけです」。
 親は仕事。今夜も一人でコンビニおにぎり。そう思っていた子が夕闇にこども食堂の灯を見つけ、みんなといっしょに温かいごはんを食べられたら、どんなに励まされることか。
 本当に望ましいのは、子どもたちが貧困などに苦しまない世の中です。そうした社会に一歩でも近づけていこうと、貧困に立ち向かう人びとの活動が全国に広がっています。

写真・五味明憲

いつでも元気 2016.5 No.295

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