いつでも元気

2003年7月1日

みんいれん半世紀(7) 密着ターゲス 「血糖値が改善しないのはなぜ?」と北の大地で農民に1日つきそった「当別の経験」が

 一九九三年、札幌で開かれた第一回全日本民医連看護活動研究交流集会(看活研)。そこで地元、北海道民医連は「糖尿病密着ターゲス」を報告しまし た。糖尿病患者の一日に「密着」して、生活と労働の実態を知り、症状を改善させたというこの報告が、全国の民医連看護職員の大きな反響を呼びました。

全道での実践からうまれた
 猫塚真里子さん(52歳、現在老健施設柏ヶ丘副施設長)、第一回看活研での「密着ターゲス」の報告者です。
 「“糖尿病密着ターゲス”ということばができたのは、一九八六年の北海道民医連看護学会でした。ターゲスは一般に血糖値の一日の変動のこと。私たちの “密着ターゲス”では、起床から就寝まで、患者さんの一日に密着して、食前食後の血液をとって血糖値を調べました。食事内容を記載し、本人の生活史・労働 歴・糖尿病歴を聞きとり、ターゲス終了後、食事カロリーと運動消費カロリーを出して、主治医が結果の評価をするという方法で行ないました」
 「八六年の看護学会では、当時札幌看護専門学校の教務主任であった久保知代恵先生(現在東葛看護専門学校副校長)が中心になって、『当別小川通(とうべつおがわどおり)診療所の経験から学ぼう』と呼びかけたところ、体験のレポートが五三も集まりました。
 そのなかには、一日の労働を運動消費カロリーとして換算する科学的方法を確立した、もみじ台診療所の画期的な実践もあります。密着ターゲスは、全道の看護師たちのこうした実践の積みかさねで確立していったものです」(猫塚さん)
 当別小川通診療所の「経験」とはどのようなものだったのでしょう。

「この食事量では生きていけない」
 一九八四年夏、当別小川通診療所の看護師たちは、血糖値のコントロールがうまくいかない糖尿病患者の療養指導に頭を悩ませていました。
 「診療所で考えていてもわからないので、とにかくお宅に伺って、本人や家族と話し合ってみようということで、何軒か訪問して療養指導をしました」と、当時の婦長、片山后代(きみよ)さん(51歳)。「行ってみると、診療所では聞けなかった本音が患者さんから出てきました」
 農業を営む59歳の女性Aさんも血糖値が年々高くなっていました。入院をすすめても「忙しいから」と応じてもらえません。血糖値を抑えるため、食事量を 一四〇〇キロカロリーに制限されると、Aさんは「これでは生きていけない」とつぶやいて帰っていきました。お宅を訪問してみると、「お腹がすいて昼前には 畑にへたりこんでしまう」といい、低血糖状態になることがわかりました。
 「低血糖症状をおこしていることは訪問してはじめて聞いたことでした。いままで知らなかったのがショックで、スタッフで相談し、いったいどんな生活をし てこんな状態になるのか、Aさんに一日つきそって、血糖値の変動をとってみることになりました」(片山さん)
 Aさんは、五ヘクタールの畑、ヤギ・ウサギに百羽の鶏の世話を一人でしていました。朝四時半起床で働き、昼食までもたず低血糖になるのです。実態がわか り、あらためて一日のカロリーを算出して、低血糖時の間食のとりかたを指導し、コントロールできるようになりました。
 当別での実践は、八四年の看護学会で、「生活に密着したターゲスをとって療養指導がうまくいった」症例として報告されました。

なぜ全国の注目あつめた?
 九〇年代には、小さな血糖測定器が開発され、患者自身が自宅で血糖を、簡易にはかることができるようになって、血糖コントロールも容易になってきたとい われます。当別の実践に学び、八〇年代に北海道で展開された「密着ターゲス」運動がなぜ、九三年の第一回看活研で全国の注目をあびたのでしょうか。
 「八〇年代おわりから九〇年代は、民医連が施設的にも患者数でも、大きく発展した時期です」と背景を語るのは、全日本民医連の工藤トミエ副会長。「新し い看護師を大量に迎え入れ、民医連看護の理念をどう伝えていくかは、全国的な課題でした。看活研自体、その問題意識で開いたのですが、北海道の密着ターゲ スの報告を聞くと、そこには、ほんらいの私たちの視点である、生活と労働の場から患者さんと病気をみていくという原点がみごとに実践されていた。原点を再 認識させるとりくみだったんです」

一生忘れられないものに
 「密着ターゲス」のとりくみは、全国にひろまり、二〇〇二年には『いのちに寄り添う2002 第三分冊・糖尿病患者とともに歩む│「密着ターゲス」のと りくみ』(同時代社発行)としてまとめられました。
 その編者のひとり、玉井三枝子さん(51歳、札幌・丘珠病院総看護師長)は、「密着ターゲスのとりくみは、民医連看護を身につける教育の場として全国で とりくまれています」といいます。
 「ただ患者宅を訪問するだけではない、問題意識をもって事実を見る?科学の目?を密着ターゲスは教えてくれます。事実は患者さんにあり、患者さんの土俵 に入って、何を食べ、どう動き、どんな労働のきつさで、血糖値の変化はどうなのかをしっかりみてほしい。もちろん診療報酬の評価もないし、一人外へ出すわ けですから、あとの体制もとらなくてはならない。でも、患者さんに必要ならやらないわけにいきません。行く以上は、患者さんの役に立つ、返せるものをつか んできてほしい」と玉井さんは訴えます。
 「私もむかし、肝炎がよくならない漁師の患者さんに一日船に乗って、ついていったことがありますよ。こうした経験は一生忘れられないものになります」

文・矢作京介

いつでも元気 2003.7 No.141

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