いつでも元気

2003年8月1日

特集2 正木健雄さんが語る「どうなっている?子どものからだ 」(1) 恒温動物になりきれていない?!

 「朝からアクビをする」「授業中にちゃんと座っていられない(背中ぐにゃ)」…。保育や教育の現場から、子どもたちのからだが何かおかしい という声が吹き出てきたのは1970年代なかごろから。78年、NHKテレビも「警告!こどものからだは蝕まれている」という特集番組を放映しました。番 組づくりに関わった日本体育大学名誉教授の正木健雄さんは、養護教諭、保育士が実感している「子どものからだの“おかしさ”」を全国規模でアンケート調査 (43項目)。これをきっかけに「子どものからだと心・連絡会議」をつくり、25年間、調査をつづけています。
 「体育学」の見地から正木さんが調査してきた、子どもたちのからだの変化、実態について連載します。
 第1回は「体温」の問題です。

低体温が90年代に急増
 78年にはじめて行なった実感調査では、学校や保育園で最近増えていると実感されていた「朝からアクビ」「背中ぐにゃ」などが、全国規模でおきているこ とが確かめられました。その後も現場からの声で、「すぐに“疲れた”という」とか「授業中じっとしていない」などのアンケート項目を追加し、子どものから だの変化を追ってきました。
 「体温の低い子がいる」という“実感”は、はじめは、それほど多くなかったのですが90年にワースト10に入りました。
 この変化に私たちも注目し、全国養護教諭サークル協議会に依頼して、91年、92年とデータを集めてみました。その結果、学校にきても35度台の体温の子が、全体の1割弱ほどいることがわかりました。
 日本には、結核が広がっていた1930年に東京で調査した、子どもの体温の調査記録があります。そのデータと比べると、比率で約3倍にふえていました。
 たしかに、低体温の子はふえている。しかし、それでも全体の1割にもならない数なので、問題にするほどのことではないのではないか。そんな議論をしてい たころ、澤田佳代子さんという学生が、驚くようなデータをもってきたのです。
 それは教育実習でうけもった中学3年生1クラス分の、1週間の体温の日内変化を調べたものでした。たしかに、「異常」はおきていました。

熱中症につながる高体温

図1 健康中学生の1日の体温分布の変化
37度以上の子が、朝6.7%、午後には56%もいるのにビックリ!
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中3の1学級で1週間調べてまとめたもの(調査・澤田佳代子)
*図はいずれも『子どものからだと心 白書92』より

図1にあるように、朝おきたときの体温が35度台の子は16.8%いました。しかし、この子たちも 学校にきて遊んだりしているうちに、昼ごろにはほぼ全員が36度台の平常値に入ってきます。つまり「低体温の子が多い」という先生たちの実感は、朝、家で 計ってきた数値を聞いて感じていたものだったわけですね。
 このデータで私たちが驚いたのはむしろ「高体温」の子の方がはるかに多いという結果でした。朝おきていきなり37度以上の子が6.7%いますし、午後に なると56%もの子が37度以上になっています。
 このような傾向は、先生たちも把握していないものでした。そこに恐ろしさがあると、私は感じたのです。
 低体温の子は、体内で熱をつくるのが弱かったり遅かったりして、からだを動かす1日のリズムに体温が追いつかない子です。そういう子は、保育園にきても 「寒い」と訴えることが多かったりします。でも、それなら服を着せればいいのだし、からだを動かしているうちにはなんとか体温も上がってくるので、それほ ど問題になることは考えられません。
 一方、高体温の子は、からだにこもった熱を発散する力が育っていない子です。こういう子は、午後になってはげしく運動したりすると、熱を発散できずに体 温がグングンあがっていってしまいます。
 クラブ活動などで、こういう子どもの実態に気づかず、先生が「これくらいの運動は昔からやっていた」と練習をさせたらどうなるでしょう。場合によっては 脳の温度が42度台にもなってしまい、熱中症で意識がなくなり、ひどいときには死亡事故にまでつながりかねません。

生後3週間以内の寒さ体験
 なぜ低体温の子がいるのかを、医学的な見地から調べていきました。
 人間は誰にでも、ある程度まで体温が下がれば、体内で熱をつくって体温をあげようとする機能がそなわっています。「体温が何度まで下がったら熱をつくり 始めるか」の基点が高くセットされていればすぐに熱をつくり始めますが、低くセットされているとなかなか体温があがらず「低体温」になってしまうのだとわ かりました。
 ではなぜ、熱をつくり始める基点が低くセットされる子がいるのか。その基点はいつの時点で決定されるのか。それを調べていったところ、なんと生後3週間 で決まってしまうということがわかってきたのです。
 これは、北海道大学の伊藤真次先生の研究ですが、人間は生まれてから3週間以内に「寒い」という体験をしないと、低体温の傾向になってしまうというので す。よく、冬に生まれた人や北国で生まれた人は寒さに強いというでしょ。そういう人たちは、やはり自然と、生後3週間以内の寒さ体験ができていたのです。
 それでは、低体温の子がふえてきている理由は何か。現代ではほとんどの子が、室温を25度に調整された病院で生まれます。家に帰ってきても、25度程度 の環境で子育てが行なわれます。その「快適な環境」が、子どもたちの発熱機能の発達の機会を奪っているのではないかと私たちは予想したのです。

昔からの子育ての知恵は
 たしかに25度の環境は赤ちゃんにとっても快適です。でも、生後3週間以内に、どこかで寒さの体験をさせることも必要。そんな話をあちこちでしていた ら、ある若い助産師さんがこんな話をしてくれました。
 「先輩の助産師さんが、生まれたばかりの赤ちゃんをそのまま寝かせておき、くちびるが紫色になったころに『よしよし』っていって布で包んであげたんで す。なぜそんなことをするのかわからなかったんですけど、寒さの体験をさせる意味があったんですね」
 昔の人は理屈でなく体験からそういう方法を知り、子育ての智恵として伝えてきたのでしょう。
 アメリカのインディアンは、赤ちゃんが生まれるとすぐに川につけて寒さに強い子に育てるといいます。他の国にも宗教的な「洗礼」のようなもので、生まれ た子のからだに水をたらしたりする儀式もあります。世界的にみても、そうやって元気な子を育てる智恵が、私たちには受け継がれていたのだと思えます。

能動汗腺の発達は3歳まで
 では、高体温の子はどうしてできるのか。これは、汗を出す腺が開かずに熱が体内にこもるのだろうと予想したのですが、すでに第二次世界大戦中の研究がありました。
 名古屋大学の久野寧先生が、「どんな兵隊が南方の進軍に耐えられるか」を調査したのです。それによると、汗腺は生後3歳までに汗をかく体験をしないと発 達しないのです。やはり、九州など南国生まれの人が、暑さには強かったようです。
 こちらも快適な環境が、発汗体験の機会を子どもから奪ってきているといえるのではないでしょうか。
 私たちはいま、クーラーを使わないで涼しい環境の保育園をつくれるような研究もしています。
 
体温調整ができない子ども
 図2は先ほどの学生の調査結果です。Fくんの一日の体温変化をみると、朝おきたときから昼ごろまでで2度近くも変化しています。これまで人間の体温は、ふつうなら1日に0.5度ぐらいしか変化しないとされていました。だから「平熱」という概念もなりたっていたのです。
 しかしこのときの調査で、0.5度以内しか変化しない子どもは1割程度の少数で、逆に、1度以上変化する子が4割もいることがわかりました(図3)。4割の子が「低体温であり、かつ高体温」ということです。
 これはもうひとつの、もっと大きな問題であると私たちは考えました。「恒温動物」になりきれていないということを意味しているからです。
 先にも述べましたが、人間は生まれたあとで「寒さ体験」をして体温を上げる機能をつくったり、発汗体験をして暑さに耐えられる機能を身につけたりして、 体温調節する力を獲得してきました。しかし快適な環境を求めるおとなのおかげで、子どもたちはそういう機能を身につける機会を奪われてしまっている。
 人間として当然だった、「恒温動物」として発達することができずに、大きくなっていく子どもたちがふえているのです。

図2 Fくんの1日の体温変化
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図3 中学生の1日の体温変化の分布
1日のうちに1度以上体温が変化する子が4割もいた!
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自律神経も育ちにくく
 では、体温調節機能が発達せずに育った子はどうなるか。そういう子でも、本来なら自律神経のバックアップで体調を維持できるはずです。ところがいまは、その自律神経も育ちにくくなってきているのです。
 床に寝た状態で急におこされると、血圧が下がって脳貧血になります。すると脳から信号が送られ2分ほどで元の血圧に戻るのが、自律神経のふつうの働きです。この血圧が、なかなか元に戻らない子がふえている。
 84年からこの調査を行なってきたところ、現在では8割の子にこの不調があるというデータが出ています。しかも以前は、低年齢で自律神経が不調でも大きくなるとうまく働くようになる子が多かったのに、いまは逆に、大きくなるにつれて悪くなる子が多いのです。
 人間が成長すれば、自律神経は放っておいても発達するのがあたりまえでした。だから、育った自律神経の失調症を治すために運動療法が発見されたのですが、育たなかった自律神経を育てる方法というのは考えられていないのです。
 つまり、いま子どもたちは、人類がかつて経験しなかったような身体的事態に直面してきているといえるのではないでしょうか。

毎日汗をかく子は元気
 この問題が出たとき、どんな生活をしている子が自律神経の調子がよいかを調べました。すると、毎日元気に汗をかく子、夜10時ごろまでに寝る子、寒くても外で遊ぶ子は自律神経の調子もいいことがわかりました。
 その後、進化の過程のどこで、自律神経が飛躍的に発達してきたかという研究がすすみました。
 自律神経には交感神経と副交感神経がありますが、交感神経は鳥類、哺乳類になって大きく発達したことがわかってきました。どちらも敵に追われたとき逃げ 足が速い類です。危機に直面したとき逃げようとからだを動かすのが交感神経の働き。逆にいうと、危険な目にあわないと発達しない神経なのですね。
 そこから出てきた自律神経の調節を発達させる4つ目の仮説が、「つかまると食べられるかもしれない」と本気で鬼ごっこをすれば、交感神経がたかぶるだろ うということでした。子どものとき、ドキドキ、ハラハラ、ワクワクと逃げ回った鬼ごっこのスリルを思い出してみてください。
 すなわち、事態は深刻なのですが、子どもらしく汗をかき、屋外で一生懸命遊ぶという単純なことが、自律神経の働きも高めてくれるということがわかってきたのです。(つづく)

聞き手・矢吹紀人

いつでも元気 2003.8 No.142

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