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2016年7月5日

戦争反対 いのち守る現場から 精神科医・立教大学教授 香山リカさん いま言わなくてどうするの?という気持ちです

 今回は、香山リカさんに聞きました。精神科医として著書や講演などで現代の悩みに寄り添いながら、戦争政策や人権侵害に機敏に発信をつづけている香山さんの思いは―。

 「いま『戦争反対』と言わなくて、いつ言うんですか?」という思いはあります。一九六〇年生まれの私には、これは当たり前の考えでした。物心ついた頃は戦後から二十数年目、戦争を体験した大人たちがたくさん居て、恐ろしい記憶とともに、また素朴な声として「戦争反対」はありました。
 それまで危険思想のように扱われていた「憲法改正」論が出るようになったのが一九八〇~九〇年代。〇二年の日韓ワールドカップ開催を機に、「押しつけ憲法を変えることは、自立のために必要だ、普通の国になろう」という論調が強まりました。「問題は力で解決すればいい」といったタカ派的なトーンではありません。私が固定された常識だと思っていたことが、下の世代では違っていました。以降、日本は右傾化してきました。

医療者の職業倫理から

 いま私は医師として発言していますが、以前は医師であることと言論活動を意識的に分けていました。医師でなくても憲法改正や戦争に反対だし、私の患者さんのためにも社会評論を医療に持ち込むまい、というポリシーでした。
 でも、よく考えれば切り離す必要はなかった。昨年の安保法制反対の運動の中で、日弁連(日本弁護士連合会)の村越進会長(当時)が、産経新聞の記者から「全員加盟の組織の長が政治的発言をするのか?」と質問された時、こう答えたのです。「私たちは人権を守る専門職です。その責任を果たすために安保法制の制定に反対するのです」と。
 私も命を守る医療者の職業倫理から、発言せざるをえません。

学問に近づく「戦争」

 「専門職の倫理」という点では、もうひとつ、大きな問題が浮上しています。それは、学問の軍事利用の動きです。
 日本の科学者の代表機関である日本学術会議の大西隆会長が、今年四月の総会で自衛目的の研究を認める考えを示しました。「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない」「軍事目的のための科学研究を行わない」という声明をこれまで二度発表し、軍事研究を否定していた学術会議の路線を転換するものです。「安全保障と学術に関する検討委員会」も設置されます。反対の研究者もメンバーに入りますが、楽観できません。国が研究予算を削減する中、大学の中には、「軍事研究をしない」という内規を微妙に変えて、防衛省の研究制度に応募するところもすでに出ています。
 「『戦争と医の倫理』の検証を進める会」※が、学術会議のこの動きに反対する会見を開いたので、私も世話人として列席しました。日本の医学者は先の戦争で、中国人を大量に捕虜にして生体実験を行ったり、毒ガスや生物兵器開発の実験台にするなど『悪魔の飽食』(森村誠一著)などで知られる、非人道的な研究を行いました。ところが日本の医学界はそれへの謝罪も史実の検証もしていません。善良な研究者でも「研究のため」と、してはいけないことに踏み出し、暴走する恐れがあります。日本が戦争に舵をきった場合、普通の医師たちも「気づけば戦争に荷担していた」となりかねません。あれはほんの七〇年前の出来事なのです。

路上に立つ1人になる

 危険な流れがある一方、発言を始める人も増えています。これまで大学という守られた場で言論し、集会や路上に出ることのなかった研究者たちが昨年、安保法制に反対する国会前の抗議や集会でスピーチする姿がありました。私も時にはスピーチし、時には一般参加者としてあの場にいました。
 私自身、集会やシンポジウムを「呼ばれて行くところ」だと思っていました。市民運動の人たちにこの話をすると「『大御所』感覚だな」と指摘されました(笑)。頭数(あたまかず)として参加するようになったのは、原発再稼働反対に多くの人たちが参加した三・一一以降です。

*    *

 なかなか現状が変わらないように見えて、重い気持ちになる事もありますが、自国の戦争犯罪を検証し、歴史から学ぼうと努力しているドイツでも紆余曲折はあったそうです。その話をしてくれた、ドイツ研究者の石田勇治先生(東京大・教授)はこう言いました「思わぬところに突破口がある」と。私たちが動いている限り、突破口はあるし、状況は変わるんです。文・木下直子


かやま・りか 1960年、北海道出身。精神科医、東京医科大卒。「九条の会・医療者の会」呼びかけ人。NHKラジオ「香山リカのココロの美容液」パーソナリティ。『リベラルですが、何か?』(イースト・プレス)など、著書多数


「戦争と医の倫理」の検証を進める会…731部隊など日本の医学者が戦争中に行った人体実験などの非人道的な行為を検証する目的で、二〇〇九年に医学者や医師が立ち上げた。民医連医師も参加している

(民医連新聞 第1623号 2016年7月4日)

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