いつでも元気

2003年10月1日

特集1 「黙っていたら何も変えられない」国保法44条を使って「1部負担金減免を実現」(沖縄) 「国保をよくする」運動が全国に

 厚生労働省は三年前、悪質な国民健康保険料(税)滞納者には「資格証明書を発行しなければならない」という義務規定をさだめ、各自治体に押しつけました。
 その後、保険証のとりあげは全国に広がり、北九州市や札幌市などで、医療を受けられずに亡くなる人が出ています。国保料を払うためサラ金から借金し自己破産に落ち込んでしまったという人も。
 保険料が高すぎて払えない、必死で保険料は払ったが病気になったら一部負担金が高くて病院にかかれない…国保行政の歪みが深まる一方です。
 しかし、国民健康保険法は「社会保障に寄与するもの」と、第一条でうたっています。その法の精神にそって、国民のための国保行政を実現させていこうという運動が、全国各地で高まっています。

絶望したときにみたチラシで

 沖縄県豊見城市の尾形恭子さんは、七年前にすい臓がんの手術を受けました。北海道からきて約三〇年。離婚して三人の子どもをかかえ、スーパーで働いているときでした。

 その後、体調を回復し、ようやく見つけた新聞配達の仕事で生計をたててきましたが、昨年二月に今度は腎臓がんで再び入院。手術後は通院で、一カ月に二万四〇〇〇円かかるインターフェロン注射を、半年続けなければならないことに。

 「それまで、国保税は遅れながらも、なんとか払ってきました。入院前には滞納分を清算し、正規の保険証をもらいました。でも、退院後の自己負担分はあまりに重いので、なんとかできないかと市役所に相談にいきました」

 国保法には、第四四条に「自治体は被保険者の自己負担分を免除することができる」という項目があります。けれど、法律など何も知らない尾形さんに、国保課職員は「そういうことはしていません」と答えるだけでした。

 「生活保護でもといわれても、成人した子どもと同居していますから無理。お金を借りようと社会福祉協議会へいっても、?完治して返せる保証のある人でなければ?と断られて…」

 相談にのってくれるところも、話を聞いてくれる人もいない。絶望した尾形さんの目に飛び込んできたのが、配達中の新聞に折り込まれていた「豊見城市国保をよくする会」のなんでも相談会開催のチラシだったのです。

困っている人自身が動いて

 豊見城市では二〇〇一年八月に、沖縄協同病院などの団体や個人が集まって「国保をよくする会」が結成されていました。国保をめぐる深刻な実態や相談が、県議会議員事務所や民医連などによせられていたのがきっかけです。

 会ではまず、相談会を何度も開いて市民の苦しい実態を集約。それをビラにして市民に返し、事実で行政を動かす運動を展開しました。国保税の減免などでは、国保法をもとに暮らしの現実にあった措置をかちとってきたと、事務局長の石田正夫さんは語ります。

 「署名を集めて交渉という運動が必要なときもあるけれど、国保は息の長い運動が大事でしょ。それには、相談会が第一歩なんです」

 そのなんでも相談会の十数回目のチラシが、尾形さんの目にとまったわけです。

 「尾形さんに四四条の説明をしたら、すぐに申請しますと。うれしかったですねえ」と石田さん。「私たち運動する人間がいても、実際に苦しんでいる人自身が行動しないと国保は変えていけないですから」

 昨年四月に市に「一部負担金免除申請」を出しましたが、予想通り却下。不服審査請求で弁明書のやりとりをし、半年間争った末、昨年暮れに沖縄県国保審査会からの裁決が出ました。

国保法第44条「自治体は被保険者の自己負担分を免除することができる」
これは「国民の権利」であり、実施しないのは「国民の権利の侵害」である
(沖縄県国民健康保険審査会)

「全面勝利」の3つの意味

 「その通知が、お役所文書で意味がよくわからない。石田さんに見せたら?尾形さん、全面勝利ですよ!?って。うれしかったですねえ。?ほんとうですか!?って叫びました」と尾形さん。

 尾形さんの負担は、八割減額されることになったのです。

 石田さんが「全面勝利」と評価した裁決は、三つのすぐれた判断を含んでいました。

 ひとつは、国保法第四四条の一部負担金免除が「国民の権利」であり、実施しないのは「国民の権利を侵害する」と明確にしたこと。

 いまひとつは、法律では「自治体は免除することができる」となっていても、それは自治体の自由裁量という意味でなく、国保法の精神からすれば、必ず実施しなければならないとしたこと。

 さらに、「財政が赤字だから実施できない」というのは理由にならない、市民の社会保障が先決だという判断をくだしたことです。

 「国保料などの減免というと、自治体に規定をつくらせる運動をしがち。でも、それではかえって、窮屈にな りやすい。国保法も憲法もきちんと国民の権利をさだめているのですから、規定などなくても現実で行政を動かせるんです。その意味で尾形さんの勝利は、全国 の大きな励ましになると思います」(石田さん)

未収金の多さに驚いたが

 沖縄協同病院医療事務課の神山八重子さんは、ことし六月から未収金回収担当になりました。整理しながらその金額の多さに驚いていたとき、気になる事例にぶつかりました。

 「八二歳の女性ですけど、いままできちんと払ってきた医療費が、ここ二、三回未収になってるんです。調べてみると、家族五人のうち四人に未収があって。連絡をとらなくてはと思っている矢先に、入院になったんです」

 神山さんの頭に浮かんだのは尾形さんの話でした。四四条にもとづく一部負担金減免が、可能なケースなのではないかと考えたのです。
 「実際にはいろいろな条件があって、その人の場合は無理でした。でももしかしたら、窓口で高額な医療費を払っている人ほど、一部負担金に苦しんでいるの かもしれない。そう思いました。国保の権利をもっと多くの人に知らせていく運動を、国保をよくする会などの力も借りて、これから展開していきたいと思って いるところです」

 不服審査請求で勝利した尾形さんは、国保の勉強会など外出する機会が多くなりました。

 「娘が?お母さん、楽しそうね?っていうんですよ。だって、黙って耐えていたら何も変えられなかったでしょ。恥ずかしくても自分で動いたからって思って、これからはやりたいことをやっていこうときめてるんです」

 沖縄県は国保審査会の裁決に従って市町村を指導。他の自治体でも実施の動きが始まっています。

 医療費や生活に苦しむ国民がみずから立ち上がり、社会保障を変えていく。この運動が全国でひろがっています。

医療110番に深刻な現実が

 熊本県社会保障推進協議会はことし五月末の二日間、「医療費・介護費一一〇番」を熊本県民医連事務所で実施しました。今回よせられた相談は合計で二〇件。いままでよりはるかに多い数字で、医療や介護をめぐる事態が深刻になっていることを感じさせました。

 相談のなかでは「医療費自己負担分が払えない」が七件も。医療費に関するものから、いくつかの例を見てみましょう。

■六三歳男性について、水俣市在住の息子さんからの相談。「年金は月額一三万円。すい臓がんがあり、毎週一回の受診で医療費の負担が重い。父は病気のショックと医療費の支払いで生きる元気をなくしている」

■八二歳の女性について、熊本市在住の息子さんから相談。心臓が悪く、手足も不自由なので半年以上前から入院中。「入院費の請求が毎月一一万円弱。これまで母の年金で払ってきたが、四月からは自分も負担しないと足りなくなった」

 病気の家族をもつ深刻さ、高額な医療費にあえいでいる実態が浮かび上がります。問題はそれだけではありません。

 どちらの相談者も、一部負担の上限制度(注)の説明を聞くと、「そんな制度があったのですか」と感謝しました。法律にさだめられた救済制度も知らないまま、途方に暮れている人たちが多いのです。

医療費にも生活にも苦しんで

 一一〇番を実施した、熊本県社保協の高畠茂穂事務局長(熊本県民医連)は語ります。「制度を知らないた め、ほんとうは権利があるのに行使できないでいる人があまりに多いと実感しました。その点では、自治体の啓蒙、広報活動が弱いという事実もあります。申請 主義だから、知らない人、役所にいかない人は権利を行使できないわけです」

 相談のなかには、こんな例も。

■三八歳女性。植木町在住。「四月から胃腸の病気で入退院のくり返し。勤め先の保育園を自己退職扱いで解雇された。次の保育園では、病気を理由にパートにされ、国保にかわった。国保税は高くて払えない。病気と生活両方で不安」

 医療費に苦しむ人は、長期不況で生活まで破壊されているケースが少なくありません。「ところがいまの行政では、そういう、ほんとうに困っている人に光があたらない。どこに相談したらいいかもわからない人ばかりというのが現実なのです」と高畠さん。

 そのような実態から、熊本県社保協と民医連では「医療や介護について悩む人たち」への相談に対応する日常的な態勢づくりを検討。「相談所」開設や訪問活動も具体化しようと動き始めています。

写真・小橋川共男

(注)一部負担の上限制度 一カ月の医療費自己負担分が一定額をこえた場合に、こえた分が払 い戻される制度。一定額とは、70歳未満の場合、一般7万2300円プラス24万1000円をこえた場合はこえた額の1%、低所得者3万5400円(高額 療養費制度)。70歳以上の場合は、一般高齢者で通院1万2千円、入院4万2百円(高額医療費償還制度)。くわしくは病院・診療所で問い合わせください。

国保メモ

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『国保崩壊』「いのち切り捨て」政策の悲劇を追った矢吹紀人さんのルポルタージュ。(あけび書房刊、1700円+税)

 国保加入者は2002年末に5000万人を超え、国民の4割近くが加入。ここ数年、倒産やリストラによる失業者の増加もあり、100万人以上ずつ増えて いる。「所得なし」世帯が4分の1を占め、4割弱の働き盛りの中間所得世帯が、保険料全体の7割を収めている構造に。400万円前後の所得に40~50万 円もの保険料がのしかかる。
 国保料の滞納世帯は7年前と比べて44%も増加、02年6月で412万世帯になった。同6月1日現在で、有効期限が1カ月とか3カ月とかの短期保険証は 77万7964世帯に、全額自己負担の資格証明書は22万7152世帯に発行されている。100万世帯が制裁措置を受けていることになる。
 国保財政赤字の最大原因は、国庫補助の削減にある。84年まで医療費の45%だったのを38・5%に減らした。これを元に戻せば、「払える保険料」が実 現できる。

 いつでも元気 2003.10 No.144

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