いつでも元気

2016年10月31日

医療と介護の倫理 身体抑制と患者の権利

堀口信(全日本民医連 医療介護倫理委員会 委員長)

 「治療の妨げになる行動がある」「事故の危険性がある」といった理由で、ひもや抑制帯、ミトンなどの道具を使い、患者さんをベッドや車いすに縛ることを身体抑制(身体拘束)といいます。
 部屋に閉じ込めて出られないようにする、あるいは向精神薬を飲ませて動けなくすることも含みます。私の勤務する病院でも安全上やむを得ない場合、同意をいただいて身体を抑制することがあります。病院の倫理委員会で身体抑制について話し合いました。

檻を連想させる柵

 倫理委員会の前に、職員と地域住民にアンケートを実施しました。「徘徊防止のために、ベッドや車いすに手足を縛りつけることを抑制だと思う」と答えたのは職員で3分の2、地域住民では3分の1でした。地域住民は病院での抑制の実態をよく知らないのかもしれません。
 そこで病院外から選出の委員に、病棟の現場を見てもらいました。「ベッドを柵で囲った場合、檻を連想させる」「車いすで使用するベルトは、自動車のシートベルトと違って拘束感が強い」などの感想がありました。

やむを得ない抑制

 安全上やむを得ない理由で行う身体抑制はどこまで許されるのか、倫理委員会で意見交換をしました。「手術直後に人工呼吸器や点滴、酸素などの管を抜く恐れがある場合」は、全員が身体抑制もやむを得ないと考えました。
 「転倒して脳出血や骨折を起こす危険がある場合」については、ケースによっては抑制が不適切になるという意見でした。「認知症のため、徘徊や便こねのような不潔行為をする恐れがある場合」の抑制は、のぞましくないと倫理委員全員が考えました。

車いすで動き回る患者

 事例を紹介します。脳梗塞後に、リハビリのために入院した高齢男性のケースです。立ち上がりや歩行はできませんが、車いすをこぐことはできます。車いすに乗ると自分で操作して移動し、職員を探します。車いすから立ち上がって転倒することもあります。
 車いす乗車中にベルトで固定をすると、かえって興奮したり立ち上がりが増えてしまいます。認知機能は低下しており、転倒の危険性を理解できません。今後は介護施設に移る予定ですが、転倒の危険性が高いために紹介した介護施設から受け入れを断られています。
 患者さんの行動を観察すると、ご家族や職員と一緒の時や食事中は危険な行動をとらないことが分かりました。病棟内でも職員同伴で車いすを操作している時は落ち着いていますが、独りになった時に他者との交流を求めて動き出してしまいます。

抑制は必要最小限に

 車いすで自由に行動して、他者とふれ合いたい本人の願いと、転倒の危険を避けるために身体を抑制することの折り合いをどうつけるのか、職員は悩んでいます。
 このような患者さんを、日常的にみている病院職員からは「転倒してけがをした場面に居合わせてとても辛かったし、家族の信頼をそこねてしまった」「本人の意思を無視した抑制は、本人のプライドだけでなく意欲も奪ってしまう」といった声も寄せられています。
 「転倒や事故防止=安全確保」と、「行動の自由=人権」という二つの価値観の間で、常に揺れ動いているのが身体抑制です。本人や家族の意志を尊重し、必要最小限の抑制にとどめることが重要です。

いつでも元気 2016.11 No.301

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