いつでも元気

2003年12月1日

特集2 正木健雄さんが語る「どうなっている?子どものからだ」(5)(最終回)

21世紀こそ「子どもの世紀」に
子どもの生存権は守られているか?

子どもの権利条約」を力として

 1989年11月の国連総会で「子どもの権利条約」が採択されました。これは、「20世紀は子どもの世紀に」といっていたのに「戦争の世紀」に終わってしまったことから、21世紀こそ子どもの世紀にしようと願う各国の英知が集められてつくられたものでした。
 この条約は5年ごとに各国政府から子どもの権利の状況を報告させ、国連の「子どもの権利委員会」で審査して、その結果を「懸念」事項として指摘し、政府 に対応を「勧告」するというしくみになっています。
 私たちは、1回目の98年の委員会での審査をまえに、政府が言及していない子どもの状況を報告するために「市民・NGО(非政府組織)報告書をつくる 会」を結成しました。そしていま、2回目の審査に向けて、日本の子どもたちが直面している未解決の課題、新たな課題を報告するために活動しているところで す。

「子どもの自殺が多い」と

 日本政府が1回目の審査に出した報告書は、「日本の子どもたちには権利の問題はない」という内容でした。 国連が、水や食べものなど「健康の土台」に関する報告を各国に求めていたためでもありますが、実際にこの日本で子どもたちを見ている立場の者からは、きわ めて不十分と思えるものだったのです。
 日本がこの条約を国会で批准したのは94年4月で、世界で158番目という遅さでした。この条約にたいする日本政府の姿勢がうかがえます。もっともアメ リカなどは、いまだに批准していないのですが。
 さいわい、子どもの権利委員会は各国政府からの報告だけでなくNGОからの報告も歓迎し、あわせて審査してくれます。そこで私たちは「市民・NGО報告 書をつくる会」として、多くの市民や専門家、NGОの智恵を集めて独自の報告書を提出したのです。
 委員会は98年6月に「最終所見」を発表しました。そこでは「本委員会は、(日本の)先進的な保護制度およびきわめて低い乳児死亡率を考慮にいれつつ も」「子どもの自殺が多数にのぼり、この現象を防止するためにとられた措置が不十分である」と「懸念」が表明されたのです。

1~4歳の死亡率は7位

 90年5月に開かれた初めての「世界子どもサミット」では、いくつかの行動目標が提起されました。そのなかに、「2000年までに乳幼児死亡率を90年の3分の2に減らそう」という目標がありました。
 図1の表にあるように、日本のゼロ歳児の死亡率は世界一少なく、10位のニュージーランドの半分以下という数値です。この事実は、国連からも各国からも賞賛されています。
 しかしながら、同じ表で1~4歳児の死亡率を見ると、一気に7位に落ちています。また棒グラフでわかるように、5歳未満児の死亡率では、子どもサミット で掲げた「3分の2に減らす」という目標を、日本はクリアしていません。
 つまり、一見、解決ずみであるかにみえる日本の乳幼児の「生存」の問題にも、正確に見るとまだまだ未解決でとり残されている課題があるということなのです。

(厚生労働省『人口動態統計』、総務庁統計局『人口総計総覧』から)
『子どものからだと心白書2002』より
図1 5歳未満児の死亡率
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表 子どもの死因は?(2000年)
0歳

第1位 先天奇形・変形及び染色体異常
714人(33.9%)
先天奇形・変形及び染色体異常
671人(38.9%)
第2位 呼吸障害等
330人(15.7%)
呼吸障害等
273人(15.8%)
第3位 乳幼児突然死症候群
187人(8.9%)
乳幼児突然死症候群
130人(7.5%)
第4位 不慮の事故
138人(6.5%)
出血性障害等
95人(5.5%)
第5位 出血性障害等
  112人(5.3%)
不慮の事故
79人(4.5%)
1~4歳

男             
第1位 不慮の事故
211人(25.5%)
先天奇形・変形及び染色体異常
124人(20.2%)
第2位 先天奇形・変形及び染色体異常
123人(14.9%)
不慮の事故
97人(15.8%)
第3位 悪性新生物
65人(7.9%)
悪性新生物
52人(8.5%)
第4位 肺炎
45人(5.4%)
肺炎
44人(7.2%)
第5位 心疾患
44人(5.3%)
心疾患
35人(5.7%)
(厚生労働省『人口動態統計』、総務庁統計局『人口統計総覧』から)
『子どものからだと心白書2002』より
(厚生労働省『人口動態統計』から)
『子どものからだと心白書2002』より
図2 死因となる「不慮の事故」とは?(2000年)
genki146_01_02

なぜ死亡率が下がらない?

 5歳児未満の死亡率が低くならない原因はどこにあるのでしょうか。
  厚生労働省の『人口動態統計』(表)によると、ゼロ歳児の死因の1位は男女とも「先天奇形・変形及び染色体異常」で、2位の死因の倍以上です。

 しかし、1~4歳の範囲になると、「不慮の事故」が男子で1位、女子でも2位となります。図2をみてください。「不慮の事故」でいちばん多いのは「交通 事故」で、この年齢の「不慮の事故」中33・8%(104人)を占めています。

 さらに、交通事故にあう子どもの割合は、年齢が上がるにつれて多くなっています。これは明らかに、日本の子どもたちが「車優先社会」のなかで「生存」の権利を奪われる可能性が高いということ、それが第一級の問題としてとり残されていることの証だといえるでしょう。
 このような「車優先社会」「企業優先社会」「おとな優先社会」を、一日も早く「子ども優先社会」にしていきたい。そのために、憲法よりは弱いが、法律よ りも強い力のある「子どもの権利条約」を活用して、21世紀を「子どもの世紀」にしようというのが国際的な智恵なのです。

 「世界子どもサミット」でたてられた「10年後の乳幼児死亡率を3分の2以下にする」という目標値にならえば、日本では1~4歳児の交通事故死亡数を、 2010年には69人以下にしなければなりません。この目標自体はそんなにむずかしい数値ではなく、各県がゼロをめざせばいいわけです。しかしそのような 行動計画を与えられたら、日本政府はどうするでしょうか。

 本来であれば、これまで犠牲になった子どもたちの悲しく悔しい事故の事実から「原因」を明らかにし、それをなくすための「仮説」をたて、期限を切って 「目標」を定め、計画実行のために必要な予算を優先的に配分して目標に向かって確実に成果を上げるような「行動計画」をたてる必要があります。
 日本政府はそうした対応をするでしょうか。日本の乳児死亡率の低さは、国際的にも誇れるものです。しかしこれは、残念ながら政府が何か行動計画をたてて活動した結果ではけっしてありません。

(厚生省『人口動態統計』から)
『子ども白書2003年版』(日本子どもを守る会編・草土文化)より
図3 男の子の死産が72年から急増!
ドイツでは大きな変化はみられないのに
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男の子の「死産」が急増

 ことしは、子どもの権利委員会から第1回の政府報告書にたいする最終所見が出されて5年目になり、新たに2回目の報告書についてのヒアリング、審査などが政府やNGОにたいしてすすめられています。
 私たち「報告書をつくる会」からも報告書を提出して国連からヒアリングを受けましたが、わずかなもち時間のなかで、何を課題として訴えれば、いちばん効 果的に委員会の人たちの心に響くだろうか。日本子どもを守る会が選んだテーマは「死産性比」でした。
 「死産性比」というのは、「女の子の死産が100人だったとすると、同じ時期に男の子の死産は何人か」といった比率の統計です。日本では、1899年 (明治32)から毎年刊行されている『人口動態統計』のなかにこの「死産性比」の統計があります。

 その経年変化を私たちがわかりやすく書いたグラフが図3です。
 一貫して女の子より男の子の死産比率が高いのですが、女の子の死産100人に対して、明治時代は110人、昭和になると120人、戦後の1950年代後半から130人と、男の子の死産率が段階的に高くなっています。
 ところが72年を転換点として男児の死産比はさらに急増し、90年には190・2人、97年にはなんと210・4人と、この増加傾向にいっこうに歯止めがかからない状態なのです。

72年に何があったか

 前号でも述べましたが、私たちの生活環境で72年に大きく変化したことをあげると、「リモコン式カラーテ レビ」の販売でした。リモコンが出るまえはテレビを見ないときは必ず本体のスイッチを切りましたが、リモコン式ではいつでもスタンバイできる状態で、テレ ビからは一日中電磁波がでているのです。
 一方で、日本で発明された「カップラーメン」の容器に使われている「ビスフェノールA」が怪しいという「化学物質説」や「環境ホルモン説」も出されてい ます。また、72年ごろといえば、日本で初めての「マクドナルド」1号店が東京・銀座で開店したという事実を指摘する人もいます。
 このように、「原因」についてはいまはまだわからないところが多いのですが、「死産性比」の「シグニフィカント(顕著)」な急増に子どもの権利委員会で も注目してくれれば、現代の日本の、とくに男の子が、誕生前から「生存の権利」を脅かされているという事態に国際的にも注目が集まるのではないかと考えて います。

熱中症による死亡も

 生存に関わることとしてもう一つふれておきたいのが、熱中症です。連載第1回でお話ししたように、恒温動物になりきれず、体内に蓄積した熱を放散する働きが十分発達していない子どもたちがふえています。
 75年ごろから熱中症で倒れる子どもが目立ちはじめ、とくに、スポーツ活動中や学校行事などでの死亡事故が多いのが特徴でした。日本体育協会では「気温 や湿度がこれ以上になったら試合をしてはいけない」などの基準をつくって対処していますが、問題は練習のときです。
 「低体温が多い」というイメージだけあって、いままでと同じような練習をさせていると、思いがけないときに熱中症で倒れたりします。
 現代の子どもたちが「発達」の場面でもいろいろな歪みをもっていることをおとなたちがしっかりとらえていないと、「生存」さえも脅かす事態になりかねない状況だということです。

統計から何を見るかが重要

 現代の子どもたちの「からだの変化」を、さまざまな統計からみるという連載を5回にわたって続けてきまし た。何度も述べましたが、日本では子どものからだに関する統計が世界でも例をみないほど多く残されています。問題は、その統計をどう読みとり、子どもたち を守り発達させる動きにつなげていくかです。
 子どもの権利委員会が98年に出した最終所見の最後の項目に、次のような勧告がのせられています。
 「これ(政府報告書や国連子どもの権利委員会からの最終所見など)を広く普及することによって、政府、国会、および関心を持つ非政府組織を含む公衆一般 の間に、条約および条約の実施と監視に対する認識を喚起すべきである」
 この勧告は政府だけでなく、国民一般に対しても議論をおこすことを求めています。子どもたちの「生存」「保護」「発達」に関わる変化をぜひ国民的レベル で科学的に議論し、この21世紀を、真に「子どもの世紀」にするための運動をおこしていこうではありませんか。 (終わり)

■子どもの権利条約市民・NGO報告書をつくる会は
郵便番号155-0031東京都世田谷区北沢2-10-15A303DCI日本支部気付(電話は火・金の午後のみ。03-3466-0222)

いつでも元気 2003.12 No.146

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