いつでも元気

2016年10月31日

まちのチカラ 13 長野県 栄村 文・写真 牧野佳奈子(フォトライター) マタギ文化が根付く 紅葉の秘境

長野県と新潟県の県境にある栄村は、冬になると3m以上も雪が積もる豪雪地帯。
「池塘」で知られる苗場山の麓には、マタギ文化が今も残る秘境の秋山郷が広がっています。
山の恵みを受けながら、ひっそりと佇む村を訪ねました。

紅葉が美しい秋山郷の天池(栄村提供)

紅葉が美しい秋山郷の天池(栄村提供)

 上越新幹線の越後湯沢駅から在来線で約1時間半、JR長野駅からだと約2時間で栄村の中心部にある森宮野原駅に到着。そこから車で40分、中津川に沿って曲がりくねった山道を上っていくと、標高約800mの地点に「小赤沢集落」があります。紅葉シーズンには大勢の登山客でにぎわう、秋山郷の中心的な地域です。
 取材初日、集落の祭りを終えた住民が慰労会を開いていました。秋山郷の魅力を尋ねると「やっぱり紅葉。360度こんなに赤くなるものかと思うほど鮮やかですよ」「僕は冬が魅力だと思う。厳しいからこそ助け合いの力が強くなります」「春になると、2?3日だけ新緑がキラキラ光るんですよ。あれは何ともいえないほど美しい」。
 その地に暮らしていなければ分からない四季折々の自然美の話を、羨望の思いで聞き入りました。

山頂に湿原広がる苗場山

地図 日本百名山のひとつ苗場山には、山頂に大小6000もの「池塘」があります。池塘は湿原の泥炭層にできる池沼のこと。苗場山の名前の由来も、自生するカヤツリグサ科の植物が池面に映って苗代のように見えることからつきました。
 登山初心者でも日帰りできると聞き、登ってみました。3合目にある登山口からゆっくりスタート。途中、ナナカマドやトリカブトが彩りを添え、小鳥が軽やかにさえずります。6合目手前から徐々に険しくなり、ロープを引いて岩をよじ登ることに。約3時間かかって9合目までたどり着くと、急に視界が開けて辺り一面の広大な湿原が現れました。
 湿地には木道が整備されているので、高山植物を眺めながら散歩気分で山頂を目指せます。苗場山は農業の神様として地元の人たちに慕われてきたそうで、道中に神社や石像があります。山小屋に泊まって朝日を拝めば、より神秘的な池塘が雲海に浮かんで見えることでしょう。

マタギ文化を継承する

苗場山の山頂では、池塘と高山植物を眺めながら遊歩道を歩くことができる

苗場山の山頂では、池塘と高山植物を眺めながら遊歩道を歩くことができる

 秋山郷には熊狩りをはじめ、「マタギ文化」が根付いています。「50年ほど前までは70人ほどのマタギが狩猟だけで生計を立てていましたが、今はそうはいきません」と話すのは福原和人さん。栄村でマタギの技術と精神を受け継いでいる唯一の猟師です。今は村議会議員の傍ら民宿を営んでいます。
 マタギの精神とは、まず昔ながらの掟を守ることです。猟の時期は女性との会話を慎み邪念を払うこと。狩猟当日は必ず、神棚に祀る山の神様にみそぎを唱えること。熊狩りの際は「逃げた」などの禁句を発しないことなど。それらを守ることによって、自然と無口になり無駄のないチームワークができるといいます。
 秋山郷のマタギのルーツは秋田県。江戸時代に信州まで来た旅マタギが定住してマタギ文化を広め、次第に秋山郷ならではのマタギ文化も育まれました。
 例えば収獲した熊はその場で解体せず、撃ったマタギの家まで引きずって持ち帰ります。その道中に歌う「熊ひき歌」は、狩猟や祭りの際に今も歌い継がれています。
 「熊は縁起物ですから、村の人たちと喜びを分かち合ってきたのです。しかし今は猟師自体が減ってしまい、熊猟に出るにも班が組めなくなりました。マタギ文化を継承する前に、まずは狩猟の意義とやりがいを教えなければならない。その上で山の恵みに感謝し、命の重みを受け止める精神を伝えていきたいです」と福原さんは語気を強めました。

冬の仕事は「ねこつぐら」

 秋山郷から再び里に下り、「歴史文化館こらっせ」に行きました。栄村の民具などが展示されている文化交流施設です。2011年の長野県北部地震の後、倒壊した家々から民俗学的に貴重な文書や民具が集められ、廃校になった小学校を改築して建てられました。
 その展示室に「ねこつぐら」という不思議な工芸品が。稲わらを編んで作った猫用の寝床です。犬小屋は一般的ですが、猫の小屋というのはあまり聞いたことがありません。さっそく作り手の一人、藤木金寿さんを訪ねました。
 作業場を見せてもらうと、葉をきれいに剥いだ稲わらが並んでいます。直径50cmほどのねこつぐらは、わら細工とは思えない美しさ。「昔は『ぼぼつぐら』という赤ちゃんのゆりかごもあったんですよ」と藤木さん。雪に閉ざされる冬の期間、様々なわら細工を編んで生計を立ててきたそうです。
 明治時代からあったねこつぐらですが、脚光を浴びるようになったのは昭和60年代以降の猫ブーム。一時は60人以上の作り手が年間500個ほど製作していたそうです。
 今でも「猫つぐらの作り方」が書籍やインターネットで紹介されており、愛好家の間で人気を集めています。「夏は涼しく、冬はあったか」と藤木さんが言う通り、猫にとっても一度入ったらやめられない寝心地なのでしょう。

7・85mの積雪記録

 森宮野原駅に行くと、「日本最高積雪地点」と書かれた大きな標柱が立っています。この場所で1945年2月、駅における最高積雪量7m85cmを記録しました。
 ここ数年の積雪量は3mほどですが、それでも日本屈指の豪雪地帯。村の人口約2000人のうち半数は65歳以上と、雪下ろしもままなりません。
 そこで、村は冬期に「雪害対策救助員」という臨時職員を採用し、高齢世帯や母子家庭の雪下ろしをしています。「道踏み支援」という制度もつくりました。村民が玄関から幹線道路までの雪かきを役場に依頼すると、役場から近所の人に有料で作業を委託する制度です。
 住民福祉課の斎藤稔さんは「もともと栄村は近所のつながりが強いのですが、若い世代の負担が増えすぎて、助け合いだけでは支援が行き届かなくなったのです」と説明します。
 他にも村をあげてのヘルパー養成など、高齢世帯を孤立させないための行政サービスには余念がありません。その成果もあってか、震度6強を記録した長野県北部地震では、地震から1時間半後の午前5時半に全村民の安否が確認できました。

秘湯巡りで疲れを癒す

 旅の最後は、もちろん温泉です。栄村には、山にも里にも良質の温泉が。特に秋山郷の最奧にある切明温泉は、手掘りで入れる川原の野天風呂で有名。他にも鉄分が豊富に含まれている小赤沢温泉、気候によって湯の色が変わる屋敷温泉など挙げればきりがないほど。
 江戸時代の文人・鈴木牧之は『秋山記行』の中でこう書きました。「門先の温泉に這入に、精々として程能く熱う快し。實に無人の佳興に入りて命の洗濯する心持なり」。

■次回は秋田県東成瀬村です。

いつでも元気 2016.11 No.301

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