いつでも元気

2016年11月30日

まちのチカラ・秋田県東成瀬村 栗駒山麓に広がる赤べごの里

文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)

東北地方のほぼ中央に位置する栗駒山の麓に、人口約2600人の東成瀬村があります。
昭和40年代までは「赤べご」の放牧で知られ、「秋田県のスイス」にたとえられるほど畜産が盛んでした。
今に引き継がれる村の魅力を探しに行きました。

genki302_25_01 秋田・宮城・岩手の3県にまたがる栗駒山は、紅葉シーズンには大勢の登山客でにぎわう名峰です。村の中心部から、成瀬川に沿って走る国道342号線を車で約50分。標高1100m付近にある登山口の手前に、須川温泉があります。
 栗駒山荘の露天風呂からは栗駒国定公園の大パノラマを眺めることができ、天気の良い日には真正面に鳥海山も望めます。特に夕日に染まる樹海は息をのむ美しさ。登山客はもちろん、温泉客も気軽に国定公園の自然美を堪能できます。近くにある須川湖も足を伸ばしたいスポットです。

盛大に行った放牧式

 東成瀬村は、明治後期から昭和40年代にかけて「赤べご」の放牧が盛んでした。赤べごとは、赤褐色の毛が特徴的な日本短角種の牛のこと。寒さに強く、山の中でも放牧できるため主に東北地方で飼育されています。
 村の北東部にある焼石岳の麓では「昔はどの家にも赤べごがいた」というように、村人の多くが短角牛を飼育していました。春になると盛大に放牧式を開き、2頭の雄牛がボスの座を争う「角合わせ」も行ったそうです。
 山の中に一度放牧したら11月頃まで放し飼いにし、見回り係が山を歩き回って牛の安全を確認していたとか。「自分の牛をどうやって牛舎に帰らせるんですか?」と尋ねると、「牛も人間と一緒だ。慣れてくれば勝手に帰ってくる」と地元の人。見回り係は、どの牛がどの家の飼い牛かも判別できたというから驚きです。

幻の短角牛を味わう

 牛肉の価格変動などが原因で短角牛の畜産は衰退しますが、近年の健康志向で再び脚光を浴びるようになりました。短角牛は脂肪分が黒毛和牛の3分の1と少なく、アミノ酸が豊富で健康に良いそうです。
 とはいえ畜産農家が減少したこともあり、現在は秋田県横手市に本社がある株式会社「菅与」のみが、村内で短角牛を飼育しています。菅原一範社長は「妻が東成瀬村の出身なので、村に貢献したいという思いもありました」と、事業を始めた3年前を振り返ります。今では約500頭が「なるせ赤べご」として育てられていますが、短角牛全体の生産量は黒毛和牛の1%に過ぎないと言います。
 「お客様からは、脂肪が少ないので飽きずにたくさん食べられると好評です。ただ生産が追いつかないので、幻の短角牛とも言われています」。
 その幻の肉塊を、横手市内のレストランで食べることができました。噛みごたえ十分なのに舌の奥でふわりととろけ、村の自然がぎゅっと濃縮されていることを実感。まさに“肉らしい肉”と、一人で唸りながら味わいました。

雪中田植で占い

 村の伝統的な風習を小学校で教えている人がいると聞いて訪ねました。佐々木友信さん、82歳。もともとは商工会などで働いていましたが、郷土史の研究に関わったことがきっかけで伝統文化に興味をもったそうです。
 今はなくなってしまった伝統行事のうち、「雪中田植」は旧正月に欠かせない大切な文化でした。「藁とヨシと大豆を1束にして、雪の上に12束立てます。1週間放っておくと、雪が降ったり風が吹いたりして12束がさまざまに傾く。その傾き加減から、天候や作付けを占ったわけです」と佐々木さん。
 ちなみに藁は“住”、ヨシは麻の代わりで“衣”、大豆は“食”を表し、「衣食住の全てが豊かになるように」との願いも込められていました。最も良い結果は、全ての束が雪をかぶって適度にうなだれた形になること。逆に直立していれば冷害の恐れがあり、倒れた束が多ければ悪天候に注意との啓示だそうです。
 「昔の風習には、必ず何か意味があるんですよ。それを『なるほど』と理解することが大切。子どもたちが伝統文化を学び、故郷に愛着をもってくれればいいですね」。

仙人と不思議な力士像

 村内には「仙人山」や「仙人水」など、仙人の呼称が付く場所がいくつもあります。なぜ仙人なのか。佐々木さんによると、1600年の関ヶ原の戦いの後、秋田に転封された元水戸城主の佐竹義宣を追って、2人の家臣が秋田に向かったそうです。2人は東成瀬村で水戸から背負ってきた仙人像を山の祠に納めたとか。そこから仙人の名前がついたと言われています。
 村内4つの神社にある力士像も不思議な存在です。社殿の四隅の柱の上にあり、すべて顔が違うという凝った意匠。いかにも屋根を持ち上げているようなその姿から、地元の人たちは「すまっこしょい(隅を背負っている)」と呼んで親しんでいるそうです。
 仙北市の宮大工が造ったなどいわれはいくつかありますが、「近隣の町では見たことがない」と佐々木さん。なぜ東成瀬村だけなのかという謎はベールに包まれたままです。

トマト加工で元気な女性たち

 最後に、村の女性たちでつくる「なるせ加工研究会」を訪ねました。特産品の1つであるトマトを使った商品開発のほか、村の指定管理を受けた「夢・なるせ直売所」を運営しています。
 代表の谷藤トモ子さんは、「もともと生涯学習の一環で加工品づくりを始めたのですが、まさか加工所や直売所まで運営することになるとは思っていませんでした」と照れ笑い。現在は60代の女性を中心に、常勤2人、パート14人体制で約30種類の加工品を製造販売しています。
 高齢化が進む村の現状について尋ねると、「今は60歳を過ぎても元気な人が多いですよ。ただ、ずっと家にこもっていると老けてしまうので、適度に働ける場所があることは大事だと思います。忙しくしていれば、体が痛いことも忘れられるしね」とにっこり。
 女性の元気は地域全体を明るくするといわれます。まさに東成瀬村も、女性パワーが活力の源になっているのだと感じました。

■次回は高知県馬路村です。

いつでも元気 2016.12 No.302

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