いつでも元気

2004年2月1日

根底が崩れた原爆症「認定基準」 欧州・日本で衝撃の研究発表

――沢田昭二さん(名古屋大学名誉教授)に聞く

厚労省が被爆者の原爆症認定の基準に用いてきた基礎資料は「使いものにならない」ずさんなものだった――そんな衝撃的な研究が注目されています。被爆者の原爆症認定裁判にも影響を与えるその内容について、名古屋大学名誉教授の沢田昭二さんに話を聞きました。

被爆実態とかけ離れた基準

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撮影・板津亮

――厚労省が認定基準の基礎にしているのは、どういうものですか。
沢田 原爆放射線被ばくによって、がんなどが一般人と比べ被爆者にどれだけ多く発症したかを調べた放射線影響研究所の疫学調査と、「一九八六年広島・長崎原爆放射線量評価体系」(DS86)です。
――被爆をどうとらえているのですか。
沢田 被爆者に影響した放射線は三種類あります。(1)一分以内に到達した初期放射線、(2)き のこ雲にふくまれて上昇し、黒い雨、黒いすす、放射性微粒子になって降った放射性降下物からの放射線、(3)爆心地に近いところでは、地上の残留放射性物 質(中性子線をあびて放射性をもった土や建物など)からの誘導放射線―の三つです。
 一・五キロ以内で被爆した人は、主として(1)の初期放射線を浴びました。非常に高い線量を体の外からあびる「外部被ばく」によって、多くが亡くなっています。
 一方、遠距離被爆者は(2)の放射性降下物、後から爆心地に入った「入市」被爆者は(3)の誘導放射性物質によって、低線量ですが、やはり「外部被ばく」しました。
 また、どの被爆者も呼吸や飲食で体内にとりこんだ残留放射性物質から放出された放射線で、集中的に「内部被ばく」しています。
 ところが放影研は、「内部被ばく」の影響は小さいとして無視してきました。これが厚労省の基準が被爆実態とかけはなれる原因になっているのです。

がんの死者は50倍になる

――「低線量被ばく」「内部被ばく」をどう見るかは、集団訴訟の焦点ですね。
沢田 遠距離・入市被爆者も、放射線をあびて、脱毛、下痢といった急性放射線症状を経験し、いまもがんなどに苦しんでいます。しかし厚労省はこれを認めようとしません。
 放影研の疫学調査は、初期放射線による被ばくが〇・〇一または〇・〇〇五シーベルト以下の被爆者(広島で爆心地から二・五キロまたは二・七キロ以遠で被 爆した人)を「非被爆者群」とし、被爆者と比較しています。そのため遠距離被爆者の受けた「内部被ばく」の影響が打ち消されてしまいます。

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酸化プルトニウム微粒子によるマウスの内部被ばくの電子顕微鏡写真 (「ECRR勧告」表紙から)。肺組織に吸い込まれた微粒子中のプルトニウム原子核が一つ崩壊するたびにアルファ粒子が一つ走り、そのエネルギーで遺伝子 などが数十万カ所切断されて軌跡ができる。崩壊がくり返されて星型の軌跡になる。瞬間的な外部被ばくと異なった、持続的な内部被ばくの怖さが見てとれる

 そこで、疫学調査の欠陥をあきらかにするため、放射性降下物の影響を調べました。広島では於保源作という お医者さんが、発熱、下痢、皮膚粘膜出血、脱毛など急性症状の発症率を調べています(一九五七年)。この調査と日米合同調査団の調査(五一年)とをもと に、私たちは遠距離・入市被爆者の「内部被ばく」をふくむ被ばく線量を推定しました。
 その結果、一・三キロ付近で放射性降下物の影響は初期放射線を上回り、放影研が「非被爆者」とした二キロから三キロで被爆した人は、平均して〇・〇一 シーベルトの五〇倍~一〇〇倍に相当する被ばく影響を受けていたことが明らかになりました。この人たちは「非被爆者」どころか、「被爆者」だったのです。
 残留放射線の影響を無視した放影研の疫学調査は根底が崩れたことになります。これを認定基準に使うことはもう許されません。
――放影研のデータには、欧州からもきびしい批判が出たそうですが。
沢田 欧州放射線リスク委員会(ECRR)が出した勧告「ECRR2003」ですね。これは、原 発事故などの調査にもとづいて、放射性微粒子による内部被ばくの重要性を強調し、放影研の疫学調査にもとづいた国際放射線防護委員会(ICRP)基準につ いて「低線量被ばくリスクを見誤っている」といっています。「放影研の基準は、初期放射線のように瞬間的な大量被ばくのリスク評価には使えても、低線量被 ばくや時間をかけた被ばくの場合は適用できない」と。

 批判されたICRP基準は、世界の原発労働者から病院の放射線技師まで、あらゆる分野で放射線被ばく限度 の決定にひろく使われているものです。「勧告」は、それにかわる新しい基準として「公衆の被ばく限度を〇・一ミリシーベルト以下に、原子力産業労働者の被 ばく限度を五ミリシーベルト以下に引き下げること」を提案しました。一九四五年から八九年までにがんで死亡した人のうち核実験や原発事故の影響による人 は、ICRP基準では一一七万人だが、ECRRの基準では五二倍の六一一六万人になる、といっています。

内部被爆の影響は深刻

――「低線量」「内部」被ばくの影響が初期放射線を上回るのは、なぜですか。
沢田 呼吸で吸い込んだ放射性降下物の微粒子が、肺から血管を通って体内のどこかに沈着すると、その微粒子に含まれる何百万個、何億個の放射性原子核が放射線を集中して放出して、周辺の細胞は深刻な影響を受けます。
 一個のアルファ粒子が放出されると、細胞の遺伝子を数十万カ所切断します。修復されて違う遺伝子になると、細胞分裂のときただしいコピーをつくれず、がんになったりするわけです。
 細胞への影響は細胞の種類や細胞分裂の時期によって大きく変化します。内部被ばくでは同じ細胞が何度も放射線をあびます。瞬間的な外部被ばくでは、線量 が大きくても同じ細胞が放射線を二度もあびることはほとんどありません。
 放影研は高線量の初期放射線の影響の結果から、単純に直線で低線量まで伸ばし、「低線量の影響は小さい」という。これは誤りだとECRRも批判しています。

人類的な犯罪だった

――厚労省は低線量の影響について、「わかっていない」ものは「ない」ものとして、被爆者の疾病を「放射線が原因ではない」といいます。これは非科学的ですね。
沢田 国は、被爆者の苦しみをずっと放置してきました。一九五〇年の国勢調査で初めて被爆者調査をしましたが、これはアメリカの調査に協力するためでした。アメリカは日本政府が渡した調査結果をもとに、次の核戦争準備のために被爆者の調査を始めたわけです。
 日本政府は、被爆者に対し何もしなかった。於保医師が「自分の患者にこういう症状がある、調べてほしい」とかけあったが、アメリカのABCC(原爆傷害 調査委員会=放影研の前身)はとりあげない。本当は日本政府がやるべきことでした。もし政府が、日本の科学者に被爆者調査をさせる体制をつくっていれば、 六千万人もよけいにがんで死ぬ事態にはならなかったと思う。日米両国政府の無作為は、人類的な犯罪でもあったといわなければなりません。
 その誤りをただし、国に原爆の被害の全体像をただしく認めさせることは、人類の未来にかかわる課題だと思います。

いつでも元気 2004.2 No.148

 

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