介護・福祉

2016年12月20日

18 男の介護 千代野さんとの奮闘記 [著・冨田秀信] 規則

 携帯電話が鳴った。妻のデイサービスからだ。「千代野さんに熱がありますので、早めにお送りしたいのですが、帰れますか?」。私「ならば4時には帰宅しておきます」。どうも心配だったので、東寺の五重塔の見える表通りでデイの車を待つ。やがて車到着。妻は元気がない。私「この先が毎月検診している病院です。私が乗り込みますので、送っていただけませんか?」。2人のスタッフのうち1人は「ハイ、どうぞ」だったが、もう1人が歩道でデイに電話している。長話だ。やがてそのスタッフが「ご主人、規則で無理なんです。この送迎車をタクシーのようには使っていただけないのです」。私「…ああ~そうですか。仕方ないです」と、妻と車を降りた。車は目の前の信号を左折して、3分もあれば施設に戻っただろう。歩道に取り残された我々夫婦はタクシーを拾い、直進で信号3つ目の病院へ。車でわずか2~3分の遠回りが出来ない、規則だから…。
 また、送迎車を待たずに、私がデイに妻を迎えに行くことが時々ある。入口のロビーには利用者の絵や習字、手芸品などの作品が飾られている。習字があったので聞いてみた。「妻も習字が得意だったので、この習字クラブに入れませんか?」スタッフ「このクラブは特養利用者だけで、デイの人は入れません」。私「??」
 ことほどさように規則に縛られている。「規則って何だろう?」と思う。倒れて4年間、介護保険が導入される前の無施策状態では、制度施策を待ち望んだ。しかし、施策が開始されると、その範囲内の自由しか認められないのか? と思う。施策、規則からほんの少しでも逸脱すればダメ。規則厳守のスタッフは、施設側から見れば「良いスタッフ」だろうが、介護家族から見れば「…?」との思いがある。なぜ融通が利かないのか? なぜ利用者の思いを一刀両断してしまうのか?
 無施策状態の4年間、介護の専門家でない素人の思いがパッチワークのように連なっていたころと、今とを対比するが、妻からの答えが聞けないのが悩ましい。


とみた・ひでのぶ…96年4月に倒れた妻・千代野さんの介護と仕事の両立を20年間続けている。神戸の国際ツーリストビューロー勤務

(民医連新聞 第1634号 2016年12月19日)

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