MIN-IRENトピックス

2016年12月29日

特集 人権と社会保障

 医療、介護、年金など、国民生活を守る社会保障が年々、縮小されています。
 一方、障害者の存在を否定する殺人事件が起きたり、政治家をはじめ人権をないがしろにする発言がたびたびマスコミをにぎわせます。
 2017年の年頭に当たり、人権と社会保障について考えました。

揺らぐ人権意識 背景に貧困の拡大

 昨年7月、神奈川県相模原市の障害者施設で入所者19人が殺害される事件が起きました。
 「障害者なんていなくなればいい」という犯行の動機について、ネット上では称賛する意見も。
 人権意識が揺らぐ背景には、貧困の拡大と政府の進める「社会保障解体路線」があるのではないでしょうか。
 ベストセラー『下流老人』の著者で、昨年10月に都内で行われた「憲法・いのち・社会保障まもる国民集会」でも講演した藤田孝典さんに聞きました。

聞き手・新井健治(編集部)

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昨年10月20日に都内で行われた憲法・いのち・社会保障まもる国民集会(写真・酒井猛)

 誤解を恐れずに言えば、相模原市の事件の犯人と“通底”する意識が、急速に社会に広がっていると感じます。
 私は2004年から、さいたま市のNPO法人代表として障害者や生活困窮者を支援しています。法人には「ホームレスを支援すべきではない」「生産性のない人に税金を使うのは無駄」との意見も寄せられます。「価値を生み出す人間でないと生きていても仕方がない」と、〝優生思想〟につながる考え方がじわり、浸透してきている。
 根底にあるのは「自分たちも辛いんだ」という思いではないでしょうか。非正規雇用が増え、労働者の平均年収はここ20年で50万円以上も下がっています。貧困が拡大する一方、社会保障は縮小が続いています。働いても報われない怒りの矛先が、より弱い層に向いているのではないか。社会の深層に不満、絶望、怒りがうずまいていることを感じます。
 障害者殺傷事件の直後、ネット上では犯人に対して「あなたは誠の愛国者だ。日本に貢献しないくせに、無駄に金がかかるクズどもを駆除してくれる」といった過激な意見もありました。所得が下がっているにもかかわらず、消費税をはじめ各種税金は上がっています。生活に余裕がなく、税金の使い方に厳しい視線が注がれている。「俺たちは損をしている」という被害者意識を抱えている人が多いのではないでしょうか。

社会保障は何のために?

 「社会保障は社会的弱者のためにある」との認識は間違いです。歴史をひもとけば社会保障は社会全体を守るために長い年月をかけて構築されました。生活困窮者が増えれば、強盗や殺人、自殺などが増えて社会は不安定になります。さまざまなシステムで社会の混乱を鎮めてきた結果、私たちは安定した生活を享受できるのです。
 例えば公衆衛生の歴史を見れば、かつて死の病と言われたペストは貧困層から広がりました。社会が不衛生な状況を放置すれば伝染病が蔓延します。伝染病の予防接種に「税金を使うな」という人はいないでしょう。
 もちろん、今ある社会保障は国民がさまざまなたたかいを経て勝ち取ってきたものです。同時に社会保障は、社会の全ての人にとって必要不可欠です。
 ところが、人類の英知が今、世界的な規模で揺らいでいる。安倍政権が進める社会保障の縮小路線はその最たる例。別項に列挙した「貧困を広げる政治」は日本社会を確実に衰退させます。
 読者にはシニア世代の方も多く、想像できないかもしれませんが、一昔前の若者と今の若者の置かれている状況は全く違います。家計の困窮と高い学費から大学生の半数以上は奨学金を受給しており、卒業時点で数百万円にものぼる多額の借金を背負って社会に出ます。
 就職しても非正規など不安定雇用が多く、少ない給料から月々、有利子の奨学金を返済しなければならない。私は著書『貧困世代』で、今の若者を「貧困であることを一生宿命づけられた世代」と定義しました。
 世界を見渡しても、一般的な国は若者を大事にします。これからの祖国を担う人材ですから、当たり前でしょう。ところが日本は、教育にますますお金がかかるシステムになるなど逆行している。日本はいつの間にか〝特異〟な国になってしまいました。

社会福祉士として

 昨年、全国各地で約250回も講演しました。共同組織の学習会など民医連関係は一番多く、50回ほど呼ばれました。講演会では毎回、「社会を変えましょう。そのためには声を挙げましょう」と訴えます。なぜでしょうか。
 それは私の専門性に由来します。私は社会福祉士の国家資格を持っており、困っている人を援助する「ソーシャルワーカー」です。皆さんは「ソーシャルワーカーの倫理綱領」をご存じですか? 綱領前文には「すべての人が人間としての尊厳を有し、価値ある存在であり、平等であることを深く認識する」とあります(別項)。
 また、綱領の社会正義の項目には「ソーシャルワーカーは、差別、貧困、抑圧、排除、暴力、環境破壊などの無い、自由、平等、共生に基づく社会正義の実現をめざす」とあります。ソーシャルワーカーというと、個々の問題を解決するイメージが強いですが、社会を変革することも重要な任務の1つです。
 学生時代から13年にわたって生活困窮者を支援し、さまざまな現場に立ち会ってきましたが、本人の努力に関係なく貧困に陥る社会構造は厳として存在します。ソーシャルワーカーの専門性を高めようとすれば、社会を変えるしかありません。

差別の背景に中間層の疲弊

 濃淡の違いはあれ、誰もが内面に差別や偏見の感情を持っています。ゆとりがない社会であるほど、そうした感情は表に出てきて弱者への攻撃になります。
 差別感情の背景には、中間層の疲弊があります。これは日本だけの問題ではなく、昨年11月のアメリカ大統領選でトランプ氏が当選した理由も、貧困にあえぐ白人中間層の不満があると分析されています。
 少子高齢化の日本で、高度経済成長は幻想にすぎません。低成長を前提にしたうえで個人の支出を減らす政策を考え、1980年代には存在した分厚い中間層を復活しなければ、日本はどんどん不安定な社会に向かうでしょう。
 中間層を復活するには、社会保障の対象範囲を広げる必要があります。生活保護や医療、介護だけでなく、教育や保育、住宅にも政府がお金を使うべき。障害者や生活困窮者だけでなく、すべての人を助ける政策です。
 特に都市部の住宅問題は深刻です。公営住宅を増やしたり、家賃補助をつけるなど、誰もが住み続けられる権利を保障してはどうでしょうか。
 「人権を守ろう」と声高に叫んでも抽象的で、「家賃を下げよう」と言った方が分かりやすい。「スマホが高すぎる」「電車賃を安く」でもいいかもしれません。教育や住宅が権利ではなく、商品化している現状こそおかしいと考えるべきです。

思いを言葉にする

 アベノミクスをはじめ、政府はその都度、うまい言葉をつくり出して世論の支持を得ています。リベラルな人たちは、理念はあるが戦術が足りないのではないでしょうか。憲法や社会保障をストレートに語ることも大切ですが、中高生でも分かる言葉で、社会の実態を世論にしていくことが今、求められています。
 私が『下流老人』や『貧困世代』を出版したのも、貧困を“可視化”したかったからです。社会や政治家に貧困の実態を伝え、問題提起し、政策を変えさせる分かりやすい“言説”が社会保障の運動にはもっと必要だと感じました。
 私は希望を失っていません。少しずつですが、社会は良くなっている面もあるからです。例えば子どもの貧困問題では、子どもの医療費無料化を進める自治体が、ここ数年で急増しました。
 先ほど述べた若者の奨学金問題でも、文部科学省が返済義務のない給付型奨学金の創設に向けた有識者会議を開くなど、改善に向けた動きが出てきました。これも粘り強く世論に働きかけ、世論が動き、それを受けて政府が動いた成果です。
 「俺1人では無力だし、何を言っても変わらない」と言う人もいます。しかし、ブログやツイッターでつぶやいたたった一言が、世論に影響を与える事例も見てきました。「思いを言葉にする」ことが、この社会を変えるきっかけになるのは間違いありません。


 ふじた・たかのり 
1982年、埼玉県生まれ。NPO法人「ほっとプラス」代表理事。聖学院大学客員准教授、反貧困ネットワーク埼玉代表、ブラック企業対策プロジェクト共同代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員(2013年度)。著書に『ひとりも殺させない』(堀之内出版)、『下流老人』(朝日新聞出版)『貧困世代』 (講談社現代新書)など。昨年12月に『続・下流老人 一億総疲弊社会の到来』(朝日新聞出版)が発刊されたばかり


 貧困を広げる政治
・生活保護受給世帯への生活費10%削減
・介護保険法改定による軽度者の排除
・非正規雇用の増大と格差の拡大
・少子高齢化の進展と保育問題
・奨学金問題と若者の貧困


 ソーシャルワーカーの倫理綱領
(抜粋)

前 文
 われわれソーシャルワーカーは、すべての人が人間としての尊厳を有し、価値ある存在であり、平等であることを深く認識する。われわれは平和を擁護し、人権と社会正義の原理に則り、サービス利用者本位の質の高い福祉サービスの開発と提供に努めることによって、社会福祉の推進とサービス利用者の自己実現をめざす専門職であることを言明する。

価値と原則

1.人間の尊厳
 ソーシャルワーカーは、すべての人間を、出自、人種、性別、年齢、身体的精神的状況、宗教的文化的背景、社会的地位、経済状況等の違いにかかわらず、かけがえのない存在として尊重する。
2.社会正義
 ソーシャルワーカーは、差別、貧困、抑圧、排除、暴力、環境破壊などの無い、自由、平等、共生に基づく社会正義の実現をめざす。
3.貢献
 ソーシャルワーカーは、人間の尊厳の尊重と社会正義の実現に貢献する。

いつでも元気 2017.1 No.303

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