いつでも元気

2004年4月1日

高校生の平和の風が「劣化ウラン弾」の学習会を開く 罪のない子どもたちを殺さないで! 北海道

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ピースウィンドの仲間たち。前列左が執行委員長の荒関さん、右が事務局長の田崎くん

 北海道で、高校生が平和の風を吹かせています。高校生ネットワーク「Peace Wind」(ピースウィンド)。事務局長の田崎遊くん(高三)は「憲法九条を持つ日本の高校生は、平和のために何ができるかと考え、行動をおこしていま す。イラクへの自衛隊派兵などみても、ぼくらが声をあげていかなければ」と語ります。
 昨年五月「全国高校生平和大会」に参加した道内の七人が中心になって「何か始めたい」と結成。六月には「北海道高校生平和のつどい・森住卓写真展」、一 〇月には「PEACES SUMMIT」を開きました。その間、ウインダー(会員)は増えつづけ、現在では四五校以上・一五〇人に達しています。

地球を永久に汚染する

 ことし新たに始めたのが「月例平和学習会」。第一回は「劣化ウラン弾について」です。講師の佐藤富士夫さんは非核の政府を求める北海道の会代表世話人で勤医協もみじ台内科診療所所長です。
 一月三一日、会場になった東区民センターは高校生をはじめ、ピースウィンド後援会の大学生や老人、主婦ら二〇人が参加しました。
 講師の佐藤さんは「劣化ウラン弾については『いつでも元気』が森住卓さんの写真で、よくとりあげていますね」と紹介。劣化ウラン弾とは何か、その性能から危険性まで語りました。
 劣化ウラン弾が初めて使われたのは、一九九一年の湾岸戦争のとき。米軍は「砂漠の砂嵐作戦」と称して、戦車から一万発、戦闘機から九四万発もイラクに撃 ち込みました。「劣化ウラン弾の使用はこれまでの戦争の歴史を一変させた」と佐藤さんは強調します。
 劣化ウランは原子力産業や核兵器開発の過程でできる核のゴミ。その硬くて重い性質に目をつけ、兵器にしたのが劣化ウラン弾です。とくに戦車に威力を発 揮。厚い鋼鉄を貫き、摩擦熱で一気に燃焼。乗員を焼き尽くし、微粒子化した放射性ウランは空中に飛び散り、鼻や口から体内に入り土や水にもしみこみます。
 湾岸戦争後、イラク国内だけでなく、従軍した米兵やその子どもにも深刻な被害があらわれました。先天性障害児の出産やがん、白血病などが多発したのです。
 「劣化ウランの微粒子は地球を永久的に放射能汚染する。劣化ウランを武器として使わせないことが大事です」と佐藤さんはしめくくりました。

ほんとに信じられないヨ!

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劣化ウラン弾について学んだ第1回「月例平和学習会」(1月31日)

 高校生たちの感想は――
 劣化ウラン弾についてはじめて知ったという柳真生さん(高三)は「イラクの人たちだけでなくアメリカの兵士にも被害が多いのに驚いた。いままたイラク戦 争で使っているなんて信じられない。被害をくいとめなければ」。
 工業高校に通っている渡場英弘くん(高三)は「原子力は知っていてもウランからできる兵器については学ばなかったので勉強になった。これほど危険なもの を使っていることを知り、参加してよかった」。
 ピースウィンド執行委員長の荒関千夏さん(高三)は「きょうの話はやさしくてよくわかった。アメリカは自分の都合のいいことだけを考えて、罪のない子ど もたちが犠牲になる劣化ウラン弾を使っている。ほんとうに信じられない」。

できることはすべてやろう

 「できることはすべてやろう」がピースウィンドのモットー。次の目標は三月に上映する「友の碑―白梅学徒 の沖縄戦」の映画会の成功です。この映画は、沖縄の地上戦で白梅学徒看護隊として働いた少女たちのドキュメンタリーです。「あのときの一六歳からいまの一 六歳へ」と、戦後五九年の歴史を検証しています。
 「戦後五九年たって、戦争体験者も少なくなったいま、ぼくらが直接話を聞ける最後の世代だが、語り継ぐ最初の世代にならなければならない」と田崎くん。  「全道三六〇校以上ある高校にピースウィンドを広げたい。そのためにも、興味をもってもらえるようなアクションをおこしていきたい」と意欲的です。
文・鈴木太郎(詩人)

いつでも元気 2004.4 No.150

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