いつでも元気

2017年1月31日

まちのチカラ・東京都利島村 ツバキの島の神秘を訪ねて

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文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)

 島の80%が椿で覆われている利島村。
 冬になると椿の森が紅色に染まり、種拾いの後に落ち葉を燃やす煙があちこちで上がります。
 人口約300人にも関わらず、椿油の生産量は全国1、2位を争う規模。
 その歴史は300年以上とも。
 椿にかける島民の思いを尋ねました。

 

近くて遠いが魅力的!?

 利島を訪問するうえで、最も重要なのは天候。東京からジェット船で約2時間半の距離ですが、利島港は小さく、少しでも波が高いと船を着けることができません。12月から2月は欠航日が多く、1週間近く船が着岸できないことも。そんな時は大島―利島間をわずか10分で結ぶヘリコプターが便利です。
 島に着くと、移動手段は全て徒歩。タクシーもバスもレンタカーもなし。周囲8kmと歩ける距離ではありますが、念のため宿で自転車を借りられないか尋ねると、「自転車は島に1~2台しかないと思います」と女将さん。細く急な坂道が多いため、慣れていないと危険なのです。
 それでも、利島には若い移住者が絶えません。人口約300人のうち、最も多い30代の約85%は村外からの移住者。役場や郵便局、病院、保育園など、島で働くサラリーマンのほとんどを占めるそう。いったい何が若者を惹きつけるのか、移住して7年の清水雄太さんに話を聞きました。
 「私はたまたま農協職員の募集を見て来たのですが、都心からそれほど遠くないのに、コンビニもタクシーもない場所があること自体にカルチャーショックを受けました。来た人は必ず民宿に泊まるので、地元の人と会話して温かい気持ちになれます。与えられた仕事を一生懸命頑張れば応援もしてくれる。今では、出張などで都心に行っても3日で島に帰りたくなりますよ」。

東京都から南に約140kmの距離にある利島村 (写真提供:利島村)東京都から南に約140kmの距離にある利島村

(写真提供:利島村)

 

 

 段々畑に椿の木々

 利島に暮らす人たちの誇りは、なんといっても椿です。島の中央にそびえる宮塚山の裾野には約20万本の椿が植えられており、冬になると紅色の花が艶やかに島全体を彩ります。化粧品やシャンプーなどでお馴染みの椿油は、利島が全国で1、2を争う一大産地なのです。
 「島の魅力は、300年を超えると言われる椿栽培の歴史だと思います」と椿の森を案内してくれたのは、3年前に移住し農協に勤める加藤大樹さん。
 「利島には川がないので農業に適さず、船を着けにくい地形のため観光にも適しません。昔から椿油が重要な現金収入源でした。その切実さが、丹念につくられた段々畑に表れています」。
 ちょうど種の収穫作業をしていた梅田武子さんにも話を伺うことができました。最も大変な作業を尋ねると、「夏場の下草刈りですね」と即答。てっきり、地面を這うように種を拾わなければならない収穫作業が一番大変だろうと想像していたので、少し意外でした。
 椿は年によって種をつける量が大きく変わるそうで、「どんなに草刈りを頑張っても、実生りがよくなるとは限らないですからね」と加藤さん。梅田さんは種を拾いながら、「でも私らの生活は椿のおかげだから」と優しく微笑みました。

美容と健康に優れたヤブツバキ

 ここ10年ほどで注目度がぐんと上がった椿油ですが、国内産の椿油は全体の10分の1程度だそうです。多くは中国や韓国産で、椿の種類が違います。日本に自生するヤブツバキはオレイン酸の含有量が85%と高く、健康にも美容にも優れているのだとか。
 現在は供給が追いつかないほど引く手あまたですが、「次の世代につなげるためには、今が過渡期です」と加藤さんは言います。70年以上前に植えられた椿が植え替えの時期を迎えているものの、成木になるまで約30年かかるため、生産量を維持しながら全体を更新するのは非常に難しいのです。
 翌朝、改めて島を散策すると、椿の森に煙が立ち込めていました。種を拾った後、かき集めた落ち葉を燃やして、肥料にしているのです。薄暗い林床に木漏れ日が差し込むと、煙の粒子が線状に光って神秘的な光景に。その中でひとつひとつ種を拾い集めている島の人たちの姿を眺めながら、「利島産の椿油がいつまでも受け継がれますように」と祈りました。

御神体は宮塚山そのもの

 利島の神秘は、島に広がる原生林の中にもひっそりとありました。島の人たちが元旦に決まった順番で参るという、7つの神社です。
 まずは通称「一番神様」、最初の参拝地である阿豆佐和氣命本宮を参りました。一般道路の脇にある鳥居には、何やら見慣れないものが。賽銭箱がぽつり、社殿の前ではなく鳥居の真下にあるのです。
 入り口の立て看板に目をやると、「御神体は宮塚山そのものです」という記述が。地元の人に参拝の仕方を尋ねると、「鳥居から先は神様の場所だから、私らは上まで登らないですよ」とのこと。約6000年前から人が住んでいたといわれる利島では、貴重な出土品や銅鏡などが、こうした神社や遺跡から数多く発掘されているそうです。
 「二番神様」の大山小山神社にお参りしたら、いよいよ島の中央にそびえる宮塚山へ。登山口から約40分で、大島や伊豆半島、晴れた日には富士山までもが望める展望台にたどり着けます。眼下には深い椿の森。花が満開になる頃には、オーシャンブルーに赤と緑のコントラストが鮮やかなことでしょう。

知る人ぞ知る海の幸の宝庫

 集落を歩くと、きれいに積み上げられた玉石に目を奪われます。利島周辺は潮の流れが速いこともあって、昔は岸壁の下にたくさんの玉石があったとか。船を着けるのも一苦労で、漁はまさに命がけの仕事だったそうです。
 もちろん、そこで獲れる海の幸が絶品なのは言うまでもありません。利島では、漁業資源が枯渇しないように一定サイズ以下のものを海に戻すルールがあるため、伊勢海老やサザエの平均サイズが大きいことも特徴です。
 観光客が少ない分、知る人ぞ知る釣りの穴場にもなっている利島。梅雨の時期には世界最大のユリといわれるサクユリが咲き誇り、夏には野生のイルカと一緒に泳ぐドルフィンスイムも人気です。晴れた日の夜は満天の星空に息を呑むことも間違いなし。
 ここに来れば、東京都の新しい一面を発見できるでしょう。

■次回は三重県御浜町です。

いつでも元気 2017.2 No.304

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