いつでも元気

2017年2月28日

まちのチカラ・三重県御浜町 みかんのまちと熊野古道

文・写真 牧野佳奈子(フォトライター)

 かつて熊野国と呼ばれた紀伊半島南部には、世界遺産の「熊野古道」をはじめ、日本古来の食文化や自然美が残されています。
 熊野古道の一部を有する三重県御浜町は昔からさまざまな柑橘類を栽培してきた町。
 その数は20種類以上にも。
 みかんの里で熊野文化に触れました。

七里御浜では朝日を眺めながら釣りをする人の姿も多く見られる

七里御浜では朝日を眺めながら釣りをする人の姿も多く見られる

七里御浜の街道をゆく

 熊野古道といえば薄暗い山道を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、御浜町にある「七里御浜」には約22kmの海岸線に沿って浜街道が続いています。熊野三山の1つ「熊野速玉大社」に続く道で、昔はいくつかの河口を渡るのが難関でした。
 七里御浜は「日本の白砂青松百選」や、「21世紀に残したい日本の自然百選」などにも選ばれている吉野熊野国立公園の一部。波が荒く遊泳禁止ですが、朝夕の光に包まれて輝く様は息をのむ美しさです。足元は砂ではなく玉砂利。直径10cm以上の大きなものから碁石サイズまで、熊野川で磨かれた丸い石が延々と敷き詰められています。
 参詣道としての浜街道は、海岸と国道42号線の間にある防風林の中に残っていました。時おり脇道から潮風がふわり。海岸を見渡せる堤防の上も歩くことができるので、地元の人は毎日散歩を楽しんでいるようです。

20種類以上を栽培

 御浜町史によると、柑橘栽培は江戸時代に奨励されましたが、それ以前から町のあちこちに野生のみかんが自生しており「橘みかん」と呼ばれていたそうです。戦争で食糧難が深刻になると、柑橘伐採令によって各地のみかん畑は衰退。戦後、地元農家が結束して農園を復旧しました。
 現在、約600軒の農家が大小さまざまな規模で、20種類以上のみかんを栽培しています。最もなじみの深い温州みかんはもちろん、冬は伊予柑、ポンカン、マイヤーレモン、春にはデコポンや甘夏など。夏になるとハウスみかん、9月上旬には超極早生みかんが穫れ始めるといったように、1年を通して収穫期が途切れることはありません。
 町内には農産物直売所が2カ所あるほか、道路沿いの至る所に無人販売所が。特に秋から冬にかけては、安くて新鮮なみかんを求め町外からも多くの人が訪れます。
 直売所でみかんを物色していると、出荷に来た農家の人が「早香は温州みかんとポンカンの交配種。種があるけど甘いですよ」と、味の違いを教えてくれました。ちなみに何種類のみかんを栽培しているのか尋ねると「うちは7種類かね。夫婦で細々とやってるけど、葉っぱを見るだけで種類が分かりますよ」とにっこり。みかんに対する愛着がにじんでいました。

おいしいみかんの隠れ産地

 糖度13度以上の高級みかんを栽培している「有限会社御浜柑橘」の芝博久社長は、みかん作り40年のベテランです。「御浜町は美味しいみかんの隠れ産地なんですよ」と自信たっぷり。
 その主な理由は、他の産地に比べ年間雨量が多く、水はけが良い地質だから。温暖な気候も条件の1つですが、「近年は温暖化の影響で南向きでは暑すぎる。北東向きの畑に変えて寒暖の差を大きくしたり、収穫の90日前から水分調整をして甘みが増すようにしています。昔はたくさん作れば売れたけれど、今は味を追求する時代。本当は品種よりも栽培方法が大切なんです」と芝社長。
 現在は1kg1000円以上の高級みかんが全国的にも増えています。芝社長ご自慢の逸品は、「幻の冬みかん」とネーミングされた早生温州みかん。直径5?6cmと小粒ですが、「小さい方が味が濃縮されて美味しい」とのこと。
 早速試食させてもらい、大きく頷きました。ただ甘いだけではない濃厚な果汁。いつまでも口の中に残るやわらかい風味。「お客さんに感動してもらえるみかんを作りたい」と芝社長。丹念に育てた果実は人の心を動かすことを実感しました。

ハレの日に欠かせない「秋刀魚寿司」

 熊野地方を代表する海の幸はサンマです。晩秋から春にかけて南下してくるサンマは、北海道や三陸沖のものと比べて小ぶりなのが特徴。脂も適度に落ちているため、加工食品に向いているそうです。
 この地方でハレの日に欠かせない秋刀魚寿司は地域によって作り方が違います。御浜町など熊野市より南の南紀地方では背開きにしたサンマを塩と甘酢で締め、家庭によっては柚子の皮などを加え巻き簀で形を整えます。
 尾鷲市より以北では、サンマを腹開きにして練り辛子でアクセントをつけるのが主流。木型で押し寿司にするため形は四角くなります。家庭によっても微妙に味が異なる秋刀魚寿司。熊野参詣の際は、是非ご賞味ください。

弥九郎の犬の里

 海岸から車で内陸に向かうこと約20分。阪本地区で紀州犬を育てている亀田昭治さんを訪ねました。
 同地区は昔話に登場する「弥九郎の犬」の舞台。旧阪本村の弥九郎という猟師が苦しんでいる狼を助けたところ、お礼としてある日、家の前に狼の子が現れました。後に猟犬として多くの手柄を立てたその狼の子が、現在、天然記念物に指定されている紀州犬の先祖ともいわれています。
 亀田さんが紹介してくれたのは、最も人に慣れているチョビちゃん(2歳)。紀州犬の特徴である三角耳と細くて小さな三角目が、野性味を感じさせます。「とにかく喧嘩っ早いから、最初のしつけが大事」とのこと。御浜町内に5?6人の愛好家がおり、合計20頭以上の紀州犬が飼われています。
 亀田さんとチョビちゃんに、近くにある横垣峠に連れて行ってもらいました。横垣峠は熊野本宮大社に向かう熊野古道の一部で、2007年に土砂崩れが発生して以降、途中から通行止めになっています。
 峠の入口に着くと、待ってましたと言わんばかりにはしゃぐチョビちゃん。「放してやりたいけど、イノシシ用の檻があるでなぁ」と申し訳なさそうに手綱を引く亀田さん。案内された先からは阪本地区が一望でき、思わず弥九郎の影を探してしまいました。

幻想的な風伝の朝霧

 さらに内陸にある尾呂志地区は「風伝おろし」で知られています。10月から5月頃に発生する朝霧が山の向こう側から里に向かって下りてくる現象のことで、小雨が降った翌朝の7時頃に発生することが多いそう。真っ白い雲のような濃霧がくっきりと山に被る様は神秘的で、地元の人が何度見ても感動するそうです。
 御浜町は名古屋から車で約3時間。5月上旬にはさまざまなみかんの花が咲き乱れ、町中に甘い香りが漂います。

■次回は徳島県上勝町です。

いつでも元気 2017.3 No.305

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